小さな火

王生らてぃ

本文

 昔、私の家は火事になった。

 原因はよくわかっていないけれど、どこから出た噂なのか、隣の家に暮らしていた楓ちゃんのせいだという話が少しずつ広まり始めた。楓ちゃんが火遊びをしていて、それがうちに文字通り飛び火したのだと。昔から楓ちゃんの体には、やけどのあとがあったし、鞄の中からライターが出てきたこともあった。

 もちろん私の両親も、私もそんなこと考えてもいなかったけれど、楓ちゃんはそれが原因でひどくいじめられたみたいだ。楓ちゃんは何も言い訳をせず、私にも何も言わなかった。



「楓ちゃん、」



 楓ちゃんは今日も学校をさぼっていた。路地裏でひとり、煙草を口にしていた。

 いつも通りの場所。



「なに。なんか用なの」

「はい、これ。今日の分のノート、そろそろテストだから、たまには学校に来ないと……」



 楓ちゃんは私が差し出したノートをバシッとひったくると、懐からコンビニの百円ライターを取り出して、しゅぼっとノートに火をつけた。それを路地裏のコンクリートの地面に投げつけると、スニーカーでがしがしと踏みつけた。



「毎回毎回、こんなことして楽しいの?」

「楽しいとかじゃないでしょ。楓ちゃんのためなんだから」

「私がなんて呼ばれてるか知ってるでしょ。放火魔、不良、あんたの家に火をつけた非行少年ってさ、なのに、なんであんた、私に付きまとってくるのよ、当てつけのつもり?」

「違うよ」

「じゃあなんで……」

「別に楓ちゃんのこと、何とも思ってないから。ただ、休んでる人にノートを届けてるだけよ」

「家に届ければいいだろ」

「どうせ家にいないんだもん」



 楓ちゃんは煙草をぺっと吐き出して、スニーカーで火をにじり消した。

 じっと私のことをにらみつける。



「私の家が火事になったことと、楓ちゃんとは、関係ないでしょ?」

「関係なくないんだよ」

「じゃあ、あの火事は楓ちゃんがやったの?」

「……、」

「違うんでしょ? じゃあ、なんでそんな風に私に突っかかってくるの? それこそ、あてつけなんじゃない?」



 楓ちゃんは何も言わない。

 ただ、じっと私のことをにらみかえすだけだ。



「それじゃあ、ね、たまには学校来ないとダメだよ」

「もう、あんたの顔なんか見たくないの! これ以上私に付きまとわないでよ!」

「んーふふ、やだ。だって私が見捨てたら、楓ちゃん、とうとうひとりぼっちになっちゃうでしょ? そんなのかわいそうだもん」

「そういうの――」

「あの火事、楓ちゃんのせいじゃないんでしょ? だったら気にしなくていいのに、周りの噂なんか、知らん顔しとけばいいじゃない。でも、そう簡単な話じゃないんでしょ? だから私は、楓ちゃんのこと、許してあげてるの」



 私は笑う。楓ちゃんはじっとにらみつける。

 これがいつも通りの私たち、ふたりの日常だ。

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小さな火 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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