3-2.新しい出会い
出社したオフィスは朝から賑わっていた。
どうやら中途採用で新しい社員が入って来るらしい。しかも一人は第二新卒だと言う。
ヨルは自分のデスクについて今日の業務内容を確認する。
朝礼が終われば、出向先に向かい、プログラマとしての業務が待っている。
納期もかなり先で、スケジュールには余裕があるからか、心にゆとりを持てた。
「おう。トウドウ」
挨拶をしたのはこの会社の社長である
このマサという男は派遣で現場仕事を転々としていたヨルに目をつけ、会社に引き抜いた、いわばヨルの恩人だった。
こうした不定期な朝礼の時以外で話をすることは少ないが、ヨルはマサという人間を信頼している。
「あ、マサさん。おはようございます」
ヨルが律儀に立って挨拶を返すとマサは苦笑いして「まあそう肩肘はるなよ」とヨルの肩を叩いた。
「今日もしっかり働いてくれよ」
「ええ。もちろん」
そんなやりとりをしていると、人事を担当している人と、リクルートスーツを来た、いかにも新入社員然とした出立ちの男女がやってきた。
新入社員は男性二名。女性一名。
小さな会社の採用規模としては妥当なところだろう。
女性は中でも一番幼く見えることから、きっとこの子が第二新卒なんだろうと推察した。
男性二人の挨拶は緊張しているのか言葉も途切れ途切れで、内容は無難なものだった。
なんとか無事終わったことに胸を撫で下ろし安堵しているようだ。
その時視線が女性の新入社員の方にチラチラと行った。それも仕方がないのかもしれない。
女性社員は、目鼻立ちの整った顔立ちでスタイルもよく、快活そうで、それでいてどこかあどけなさを残した可憐な容姿をしている。
誰からも好かれるであろうことが、ヨルでも分かるほどだ。
女性社員が挨拶をする。
「本日付で配属になりました
明瞭な声はオフィス中に届き、視線を集めた。
ツグミは注目されて照れ笑いをしている。
その容姿と何気ない仕草が男心をくすぐっている。
守りたくなる女の子とはこういう子のことだろうか。
職場の男たちは浮ついていた。
すると、ヨルの隣にいたマサがオフィスを見渡し、ひとつ頷いた後、耳打ちしてきた。
「なあ、トウドウ」
「なんですか?」
「お前、あいつの指導係頼む」
「え……。は? まだ俺、この会社に来て半年くらいしか経ってないですが……」
「だからだよ。同じ新人同士成長してくれってことだ。それに見てみろあの男どもを」
ヨルもマサの指す方向を見てみると、めっちゃタイプとか、アタックしちゃおっかな、おい、抜け駆けはよせよ、と早くも争奪戦が開幕している。
「ちょっと意味がわからないです。あの人たちの方がササキさんに好意的でいいんじゃないですか?」
「お前の目は節穴か。指導は基本二人一組。あんな奴らが指導係になって二人きりになったら何しでかすかわからん」
「はあ……」
説明されてもまだ、ヨルはなぜ自分が指導係を任された理由が分からなかった。
「そこでだ。お前、あいつに興味ないだろ」
「ええ。まあ」
確かに、可愛らしいと思うが、恋愛対象にはならない。もちろん手を出すつもりもない。
「職場恋愛なんてされて破局して将来有望な新人が辞めていく損失なんてごめんだからお前に任せるんだ」
「あの子、そんな優秀なんですか?」
「……ああ。ほらよ」
と、マサは手にしていたバインダーの中から、ツグミの履歴書を差し出してきた。
個人情報を平気で渡してくるのはどうかと思ったが、素直に受け取り、目を通す。
それは、良い意味でこの会社に見合った学歴や経歴ではなかった。
あまりに場違いなほどの学歴。資格も申し分ない。しっかりとした指導さえすればすぐに戦力になるだろう。なぜこの会社を選んだのかわからない。正直ヨルの手に余るほどだ。
「だから、色恋に走るやつらに任せたくないんだ。お前は女性に興味なさそうだし、知識も技術も申し分ないからな」
「はあ……。まあやるだけやってみますよ。マサさんに拾ってもらった恩義もありますし」
「助かる。この経歴で第二新卒っていうんだから、不景気だよなあ。ま、おかげでうちの会社に来てくれたんだ」
心なしかマサは嬉しそうだ。
ヨルが書類を返すと、マサは「そういえばさ」と言った。
「なんですか?」
「何かが足りないってやつは、分かったのか?」
ヨルはマサのことを信頼している。
曖昧な違和感のことを昔、酒の席で話したことがあったのだ。それをマサは心配してくれていた。
「いえ、まだ分からないままです。きっと、俺の勘違いですよ」
「そうか。ならいいんだ」
「……? なんか歯切れ悪いですね。マサさんらしくもない」
「お前、足りないんじゃ無くて、思い出せないんじゃないのか?」
マサはヨルの目を真っ直ぐ見据え、問いた。
「……? いえ、そんなことないと思いますけど」
ヨルは思い出せない感覚などないため、思ったままのことを言った。
「……そうか。ならいい、気にすんな」
「はあ……」
するとあっさりマサは引き下がって「じゃ、指導係頼むな」と去っていき、みんなの前に立った。
社長としての挨拶を簡単に済ませ、拍手がオフィスを埋める。
静まってから、再度マサは口を開いた。
「お前ら。騒ぐのは結構だが、
そのマサの言葉に男連中は、すぐさま抗議をしだした。
なんでトウドウなんかに。とか、あんな根暗やめた方が。とか、仕事はたしかにできる方だけど。もっといいやつ他にいるって。と、ヨルに聞こえるようあからさまに大きな声で皆不満を口にする。
それらは自然と耳に入ってくる。
新入社員の男二人も露骨に態度には出さないが、明らかにヨルを妬んでいる目をしていた。
ヨルはそれを気にするつもりもない。ただ仕事をするだけだ。
たとえ少し容姿のいい子と二人一組で仕事をするといっても心が動くことなんてないだろう。
ツグミはヨルを見つけた途端に「あ」と口が開き、ぱあっと笑顔を咲かせた。やけに嬉しそうだ。
「先輩〜」
小走りで寄ってくる。
自分の可愛らしさの活かし方をわかっていて、どんな反応をしたら愛されるかを理解しているようだ。
「指導係、よろしくお願いしますね♪」
ツグミは上目遣いをしながらにっこりと笑った。
故意かそれとも無自覚なのか手を前で組むことによってたわわな胸が余計に強調されている。
「ああ。よろしく」
それを軽くあしらい、一日の流れを簡単に説明した。
「私は何したらいいですか?」
「とりあえずササキさんを紹介するために挨拶回り。出向先に向かいながら今請け負ってる案件のシステムの説明とか資料まじえて口頭で教えてくから、軽く頭に入れておいて。俺も入社して半年足らずで今の現場の仕事も2ヶ月弱くらいだからわかんないことも多いけど」
「はあい」と甘えたような返事が返ってきた。
「あ、呼び方。ツグミでいいですよ」
ツグミは言った。
「ツーちゃんとかグミちゃんでも、お好きな呼び方でどうぞ」
ヨルはようやくマサの判断が正しかったのだと、ここで気づいた。
たしかにこれは他の男に任せなくてよかったのかもしれない。
確実に男を虜にするあざとい愛され女だ。
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