ふたり雨の下で
オオキ ユーヒ
1章
1-1.堂々因という人間
友達や恋人はなく、頼れる身よりもいない。誇れる特技も費やす趣味もなく、毎日を抜け殻のように生きているだけ。
何故生きているのか? と問われてもそこに意味などなかった。
面積約2194平方キロメートル。
人口約1400万人が住む日本の首都。
それが東京という名の雑多な街の集合体だ。
その一角にある借り上げアパートの二○一号室で、ヨルは一人暮らしをしている。
六畳一間と板張りの台所が生活空間だ。
一度リノベーションされた室内は、柱がささくれていたり、壁紙が黄ばんでいたり、畳が剥げていたり、年季を感じる。家具はテーブルとベットが置いてあるだけで生活感はあまりなく、殺風景だ。
そこでヨルは目を覚ました。
格子窓を開けると湿気をはらんだ風が入ってきた。排気音が遅れて聞こえる。
ヨルは半目のまま片方の手で頭を掻き、まぶたを擦った。
ユニットバスで顔を洗うと目が開いてきた。目鼻立ちは整っているが感情のない表情は冷たい印象を抱かせる。
歯を磨き、喉に水を流しうがいをして吐き出した後は髪を雑に整えて、スーツに袖を通し、スマートフォンをポケットに入れ、職場から支給されているノートPCをリュックに入れれば準備は済んだ。
リュックを背負い玄関を開ける。
古びた玄関は錆びているせいか耳につく嫌な音を発して閉まった。
風が頬を撫でる。季節はもう秋だ。
外はどんよりと重い空気をしていて、暗い空模様は街の空気をいっそう淀ませているように感じた。
東京という街はとてもつまらない。この土地が、この雑多な街に住む人たちを退屈に思う。繋がっているはずの広大な空さえ、東京にいると窮屈に感じる。
多くの人がどう思うかは別だが、少なくともヨルはそう思っている。
少し高い上背で前を見る。
スーツ姿の男性。似たような格好ばかりの女性。学生服の少年少女。皆が駅へ向かって歩いている。自分もそれに倣っている。
いつのまにか自分も人混みを縫って歩くことが上手になっていて、誰かと肩をぶつけても気にしなくなっていて、ここに住む人たちはみな足早で限りある時間を生き急いでいるように見える。
ホームに立ち、待つこと一分。ぎゅう詰めになった人々を乗せた箱がやってくる。
毎日の通勤ラッシュは何度詰め込めこまれても不快だ。ドアからすぐ横に滑り入り、隙間を埋めるように人が入ってきて、電車は発車した。
車内では皆一様にイヤホンをしてスマートフォンを触って、誰もがそれぞれの意思で行っているはずなのに洗脳されているかのようにも見える。
みんな陳腐な何かに囚われているようにすら思えてしまう。
ヨルは小さくため息を吐いた。
窓にはコンクリートジャングルが流れる。
街路樹は都市景観のために植えられたものだが、そもそも人が住まなければ元は自然だった。
コンクリートジャングルの中にひっそりと植えられたそれらは贖罪のつもりだろうか。
少し歩けば億万長者がいて、少し離れた高架下など暑さ寒さを凌げる場所には家もない人がいる。
そんな格差社会のなかで、ヨルの格はといえばよくて中の下だ。
プログラマとして頭脳労働で最低限のお金を稼いで、週休は隔週一日。有給はあってないようなもので、労働力を消費されているだけ。
不景気で就職難の昨今、路頭に迷わないだけマシだと言い聞かせて、自分を押し殺し働いている。
学歴も経歴もないから黙って使われるしかない。
──なぜ生きているんだろうか。
ふと、そんな思考が頭をよぎる。
脈絡もなく理由もなく唐突に。
そんな思考は職場の最寄り駅へ到着するアナウンスによって途切れた。
ここから歩いて10分ほどの雑居ビルが職場だ。
ドアが開く。湿気った空気がホームへ降りる人波に逆らって流れ込み、肌に絡む。
そして、ぽつりとそれが頬につき、空を見上げた。
「……雨か」
しとしと、ぽつぽつと、雨が降る。
土やアスファルトの匂いを含んだペトリコールがヨルの鼻をくすぐった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。