#005 夢破れた料理人①
「うぅ、その、あまり見られるのは……」
「隠すな。普段はともかく、今、お前にその権利はない」
「は、はい」
顔を真っ赤に染め、渋々裸体を晒す。その体に目立った外傷はなく、健康状態も良好。肌は色白だがエルフほどでは無く、髪も半端な栗色。一般的な人族の容姿をしている。
「ちゃんと、未経験のようだな」
「なぁ!? そんな事、わざわざ言わなくても! 私、そういうのは……」
「そうもいかない。この手の奴隷は経験の有る無しで大きく値段が変わる。中には、奴隷とグルになって膜を擬装する者まで居るんだ」
「え? あの、そうなんですか」
彼女は畜産家の末娘として生を受けた。家は貧しかったものの食うには困らず、発育も充分過ぎるほどに育っている。
成人後は村を出て街に移り住んだのが…………はじめた仕事が上手くいかず、借金を理由に2年で奴隷落ちしてしまった。
「"オニキス"さん。もう、いいですよ」
「あっ、すいません」
メイド服を受け取り、卑猥な椅子から飛び降りるオニキス。
クロノはあえて問題の多い奴隷を買っているが、今回は理由があって問題のない奴隷を購入した。しかしながらその手の奴隷には詐欺がつきもの。クロノは普段以上に警戒していたが、今のところ問題は無いようだ。
「それで、さっそくなんだが料理の腕前が見たい。頼めるか?」
「それはもちろん。でも……」
「「??」」
彼女は(破産したものの)元料理人であり、クロノはハーレムでの炊事担当候補として彼女を購入した。
「その、奴隷の私が図々しいのは承知しているのですが…………その、殿方やエッチな事が本当に苦手で、その、最初にも言いましたけど、給仕は出来る限り頑張るので、あまり夜伽は、その…………とくに、体を売るのは」
「それは、成果次第だな。まぁ、娼婦に関しては間に合っているが」
オニキスの借金は少額であり、春を売る事で(直接的な)奴隷落ちを回避できた。それをしなかったのは、何よりソレを苦手としていたためであり、奴隷落ちする際に奴隷契約に制限を設けた。
その契約は『売春奴隷として扱わない事』であり、娼婦として働かせられない事になっている。ともあれ、あくまで娼婦なので主人との性行為は可能。さすがにそこまで禁じてしまうと女性奴隷として価値が下がり過ぎてしまう。
「オニキスさんって…………もしかして男性恐怖症なのですか?」
「え? それは…………そうなんでしょうか??」
「いや、聞き返されても」
疑問を浮かべながらも、思い当たる節があると言った表情を見せるオニキス。
精神系の病を"病気"と認知するには、それ相応の文明レベルと学が必要になる。そのため、彼女や周囲の人々は『男性に対して過敏な人見知り』程度の認識しか持てなかったのだ。
「まぁ、その辺は追々ってことで」
「そうでした。それでは、厨房へ」
*
「えっと、どうでしょう?」
「「…………」」
厨房にある『食材を自由に使っていい』という課題に対し、オニキスが作ったのはシンプルな野菜炒め。庶民的ではあるものの、見た目は充分合格点に達している。
「普通に、美味しいですね」
「そうだな。お前も食べてみろ」
「はい。……あっ、美味しい」
味見した本人が、予想外の美味しさに驚く。
「なるほど。そういうことか」
「何か、分かったんですか? ご主人様」
「まぁな」
「そ、その……」
「ん?」
「私、料理には自信があったんです。村でも評判で、それで……。……」
オニキスの料理は村でも評判だった。しかしながら村で料理店を開業したところで客足は見込めない。そのため出稼ぎも兼ねて街に移り住んだのだが…………結果は破産。そこには務めていた料理店で『店長の誘いを断る』などの理由もあったが、オニキス自身も味の低下は理解しており、その後もチャンスをモノに出来ずに終わってしまった。
「まず、お前の料理は素材の質に頼り切っている」
「それは…………ごもっともです」
街に出回る食材の質は悪く、村の味を再現するのは、そもそも不可能なのだ。
「あと…………味が平面的過ぎる。料理方法も単純だし、使う調味料や下ごしらえの知識も……。……」
止まらないクロノのダメだしに、オニキスの瞳が涙で満たされていく。
この世界で"知識"は、簡単に手に入るものではない。そしてその多くが、そもそも無知を自覚する前に終わってしまう。
「その、なんと言ったらいいのか…………その……」
「…………」
オニキスとともに言葉を詰まらせるアイリス。
クロノは料理人ではないが、その莫大な知識量をもって並みの料理人よりも美味い料理を作ってしまう。その腕はアイリスも知るところであり、同じ気持ちを体験した者として、オニキスに同情してしまう。
「まぁ、御託はこの辺にして、とりあえずコレを食ってみろ」
「え? あ、はい」
そう言って鍋から鳥肉をだし、切り分けるクロノ。
「見ての通り、お前が料理していた横で用意したものだ。腕も手間もかけてはいない」
「その、いただきます。……え? あれ? なんで????」
何の変哲もない、ただ煮ただけの鳥肉を頬張る。しかしオニキスの瞳からは、止めどなく涙が流れ落ちてしまう。それは我慢していたものも含まれるが、それ以上に、その味が感動的なものだったのだ。
クロノが作ったのは、いわゆるサラダチキン。塩を振って下処理をした鳥肉を、海藻でとったダシ汁でゆっくり煮ただけの簡単料理。しかしこの世界の肉料理は、下処理が甘いせいで固くて血なまぐさいのが当たり前。それをいかに誤魔化すかが『この世界の肉料理』であり、クロノのソレは全く別次元の代物であった。
「料理に必要なのは"知識"だ。どうすれば美味くなるのかを知り、その知識を効果的に使う。それが出来れば…………俺なんて簡単に超えられるから、まぁ、がんばってくれ」
「は、はい! 頑張ります!!」
オニキスの表情は晴れやかで、クロノに対して感じていた恐怖心も…………気づけば行く分か和らいでいた。
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