六極の魔王 〜元ひきこもり大学生、生きるために一から魔法を学びます〜

傷月維章

第1話ヴァロームの棺が開いた

「ヴァロームの棺が開くゾォぉおおおおお!」


 大部隊の最前線、男騎士が叫んだ。


 ヴァロームの棺と呼ばれた黒い棺桶。

 それは高さ10mを超え、王国付近の遺跡、地下深くに直立していた。


 中には300年以上前に封印された『六極の魔王』のうちの一体が眠っていると言い伝えられている。


 数年前、ある予言者が『近いうちに封印が破られる』と予言した。

 最初は誰も信じていなかったが、実際に『六極の魔王』が眠る6つの封印のうちの1つが破られた。

 その後、その予言者はさらに4度の予言をし、計5つの封印が破られた。


 そして、予言者が『最後の封印が破られる』と予言したことで、王国はヴァローム対策本部を設置し、以下5部隊を結成した。


 剣の第一部隊、

 槍の第二部隊、

 弓の第三部隊、

 バリスタの第四部隊、

 医療の第五部隊。


 棺には魔王を封印するための鎖が何重にも巻き付けられていた。

 しかし、驚異的な力によってその鎖が引きちぎられ、今、封印が解かれたのだ。


「第一、第二部隊、構え!

 第三、第四部隊は距離をとって遠方射撃、用意!」


 後方から指示を下した女は、ヴァローム対策本部、本部長『クラハ・ヴィシュラン』その人である。


 第一部隊長である屈強な男騎士『バルザレフ・オルグレー』は最前線で剣を構え、棺への距離を詰める。

 総数1000を超える大部隊の誰もが固唾を呑んで棺が開くのを見守っていた。


 しんと静まり返る中、ヴァロームの棺が開いた。


 中から出てきたのは、20歳前後の普通の青年だった。

 外見は人間そのもの。

 その姿はあまりにも平凡だった。


 部隊の誰もが困惑していた。

 ただ一人、大部隊の最高責任者、クラハ・ヴィシュランを除いては——。


「放てぇえええええ!!!!!」


 何が出てきたとしても、おそらく彼女の判断は変わらなかっただろう。

 出てきたものは、それがどんな見た目であったとしても『魔王』だからだ。


 困惑していた隊員たちはその一声で我に返る。

 第三、第四部隊がそれぞれ攻撃を開始した。


 200を超える弓と、50を超えるバリスタから、一人の青年へと次々に矢が放たれる。

 その衝撃により、ヴァロームの棺の周囲を照らすように設置された松明の火が、いくつか消えた。


 腕利きの兵たちによる遠距離攻撃、

 直撃は免れないと誰もが思った。


 しかし、衝撃で起きた土煙りが晴れた先にあったのは、まるで無傷の青年の姿だった。


「効いていないのかッ……」


 隊員の一人が絶句した。

 猛攻撃を受けてもなお平然と立っている。

 やはりただの青年ではないということか。


 周囲の彼への見る目が『青年』から『魔王』へと変わった瞬間だった。

 躊躇いがあった兵達は、その確信により武器を固く握り締める。


「第一、第二部隊! 突撃!」


 クラハの毅然とした指揮は、なおも変わらずだった。


「ウオオオオオオ!!!!!!!」


 第一部隊長バルザレフが先陣を切った。

 彼が握る両刃の剣は長さ1.5m、重さ10kgを超える大剣である。

 剛腕から振るわれるその威力は測り知れない。


 魔王はまるで何も恐れていないという様子だった。

 バルザレフは構わず彼の前へと詰め寄り、無防備な首元目がけて剣を横に大きく振った。


 そして、彼の首は飛んだ。


 最後まで表情ひとつ変えぬまま、はあっけなく切り落とされたのだ。


「え……」


 バルザレフは唖然としていた。

 あまりにも早い終幕に理解が追いつかなかった。


「やった……」


 目の前を見る。

 首の切断面から出る血飛沫を見て、一息吐いて理解した。


「魔王を倒したぞぉぉおお!!!!!!」


「「「うおおおおおおおおお!!!!!」」」


 部隊全体が雄叫びを上げる。


「よくやったバルザレフ、首を持って撤収する」


 クラハの状況判断は迅速だった。

 だが、それは早計だった。

 遠距離攻撃による損傷がなかったことを考慮するならば、しばらく様子を見るべきだった。


「ま、待て……様子がおかしい」


 分断した魔王の首と胴体が闇に包まれ、完全に視認出来なくなった。

 そして間も無く、魔王を包む闇が晴れた。


 バルザレフは剣を握り直し、

 目の前で起きている事態を口にした。


「復活した……だと!?」


 切断したはずの首は完全に元の状態に戻っており、

 血飛沫の跡も残っていない。


「全隊! 警戒を怠るな!」


「なんだってんだ! クソッ!」


 バルザレフは再度、魔王に剣を振るった。

 今度は頭部から縦断するように。


 魔王の肉体は左右に真っ二つとなった。

 部隊の誰もがそれを見ていた。


 だが、分断した魔王の左半身と右半身が闇に包まれ、

 闇が晴れた先には、やはり元の魔王の姿があった。


 復活した——。


「またかよ!」


 魔王は相変わらずキョトンとした様子で、攻撃を仕掛けてくる気配はない。


 それから一時間が経過した時点で、数え切れぬほど魔王の死と復活が繰り返された。

 部隊の全員が戦意を喪失しかけていた。


「いつまで続くんだ、これ……」


 隊員の一人がつぶやいた。

 第一部隊から第四部隊が順々に攻撃を仕掛け続けたが、どれも無意味だった。


「もしかして、長い夢を見せられているのか……?」


「そうだ、俺たちは魔王に幻覚を見せられているのかもしれない……」


 隊員達がそんなことをぼやき始めた。

 さすがの本部長クラハも、これはやむ無しと判断する。


「全隊に告ぐ! 一時休戦とする!

 変わらず警戒を怠るな!」


 そう告げると、後方の全部隊を見渡せる場所に位置していたクラハは、地面にへたり込む隊員を背にするように、前に歩を進めた。

 その様子を、隊員たちは何も言わずに見守っていた。


 彼女の足はついに魔王の目前へと辿り着いた。

 本来であれば、本部長自らが最前線に出るなど危険な行為。


 しかし誰一人として、彼女を止める者はいなかった。

 それもそのはず、魔王に全く攻撃してくる様子がないからだ。


「貴様、敵意はないのか」


 クラハは凜とした態度で魔王へと問いかける。

 魔王との距離約10m、決して油断できる距離ではない。

 鞘に収めてはいるが、クラハの右手はしっかりと剣の柄を握りしめていた。


「私はクラハ・ヴィシュラン。

 ヴァローム対策本部の……

 貴様を討伐する任の責任者を任されている」


 そのとき、

 魔王はそれまで一切開かなかった口をとうとう開いた。


 そして発した——。


「縺ェ縲√↑繧薙□縺薙%縺ッ」


 魔王が口を開き発したそれは、人間がおよそ聞き取れるものではなかった。


「言葉が交わせぬか、ならば」


 やはり任を遂行するしかない。

 クラハは柄を握る右手にほんの一瞬力を込める。


 すると、目前にいた魔王の肉体は、

 文字通り一瞬で、数十箇所を切り刻まれた。

 出血は致死量を超え、その場に倒れ伏した。


「す、すげぇ……」


 近くで見ていた部隊員が感嘆の声を漏らす。

 抜刀し、それを振るい、鞘に収めるまで、まさに早業。


 だがやはり、魔王には無意味だった。

 闇が傷を修復するかのように魔王を飲み込み、

 元の無傷な状態に戻してしまう。


「クッ、近くで見ると尚のこと気味が悪いな……」


 クラハは引き攣った笑みを浮かべる。

 魔王を睨みつけ、しばらく考える。

 そして、彼女は最終手段を講じることを決意する。


「こいつを生捕にし、王国の牢獄へと収監する」


「しょッ、正気ですか!」


 バルザレフは否定的な態度を示す。

 それは大多数の意見の代弁でもあった。

 敵意がないとはいえ、魔王と呼ばれる得体の知れない存在を王国に連れ帰るというのは危険すぎるからだ。

 だが、クラハの決断は揺るがなかった。


「ここに野放しにしてもおけまい。

 何か起きた時の責任は私が取ろう。急げ」


 ここで彼女の命に背けば、王国への叛逆となる。

 部隊はクラハの命に従うこととなった。


 魔王は拘束されることに抵抗する態度を見せたが、その力は封印の鎖を破ったとは到底思えないほど貧弱で、拘束は第一部隊員2名のみで難なく遂行された。


 こうして魔王ヴァロームは生捕とされ、王国地下の牢獄に監禁された。

 後に、国の意向として正式に、再封印の準備を進めるという方針が決まった。


 国に連れ帰り牢獄に収容するまでの間、魔王は犬のように吠え叫び続けたという。

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