回る道

じゆ

回る道

じりじりと空からも、地面からも身を焦がしに来る。

汗は頬を伝い、砂に黒いシミを作る。

乾いた空気がのどを刺す。

響く足音が弱まる。

思わず肩から掛けた鞄の中から水筒を取り出そうとして再び歩く。

さっき飲み干してしまったのだった。

気を取り直して先に進んでいる鋼鉄な体に追いつこうと歩みを早める。

再び、砂を蹴る足音と金属音が響く。

周りは砂漠のようで中に朽ちた建物が点々として、

足元には埋もれかけた道が続いている。

まっすぐ続いてやがて地平線の一点へと収束している。

金属音の方向に目をやると、ただその一点を見つめている。

彼からは呼吸音も聞こえない。


日が暮れかけたころ、がしゃがしゃ、とした音が止んだ。

周りを見て、比較的形が残っている建物のほうへ向かう。

傾いた建物の一部の下で彼は立ち止まるとあたりを片付け始めた。

僕も自分の水筒に水を汲みに行く。

この辺りでは数日に一回ひどく雨が降っては、それから異常な日照りとなる。

このような建物にはその時の雨が残っていることが多いのだ。

鉄骨が飛び出たこの建物支柱あたりに水たまりを見つけて、

でこぼこになった水筒を砂にまみれた鞄から取り出す。

砂ができるだけ入らないように黄ばんだ上澄みをすくう。

彼のもとに向かうと彼は火を起こしてくれていた。

以前取っておいた木材がぱちぱちと鳴る。

そのうえでさっきの水を煮沸する。

「疲れたね。」

やっと腰を下ろして僕は彼に言う。

「疲れたね。」

彼はその見た目から想像できないような滑らかな話し方をする。

ぱちぱちとした音を聞きながら僕は空を眺める。

圧迫感のある黒々した雲が相も変わらず漂っていた。

一瞬人の顔に見えたと思ったら今度は不気味な異形な生物に見える。

頃合いになったので、鍋を火から離す。

日が再び黒い闇向かって伸びていく。

その中僕は彼の背中に回って砂が付いた背中を拭いてあげる。

そのまま彼のスピーカーにささやく。

「また明日。」「次には。」「いいな。」「ずっとね。」

「おはよう。」「うん。」「行かないと。」

スイッチを押してまた、彼の横に座る。

眠たくなるまで彼の手を握って、彼の膝に頭をゆだねる。

不規則になるぱちぱちという火を見ながら彼の膝の感触を味わう。

こうしていると火で温かいはずなのに足先からぞくぞくが流れるのだ。

彼の顔を見上げると揺れる火に合わせて鋼鉄の顔に陰影が揺れる。

その中で彼は、やっぱり火をじっと見つめていた。


僕が足を動かす度に足元の砂がしゃりとした音を鳴らす。

眠りかけたとき彼に声をかける。

「おやすみ。また明日も一緒に歩いて行こうね。」「また明日。」

「探し物はいつ見つかるのかな。」「次には。」

「そうだったらいいね。」「いいな。」

「君はそれまで一緒にいてくれる。」「ずっとね。」

「それじゃあ、このまま見つからなくてもいいかもね。」

火のほうを向いて膝を抱える。火にささやく。

「おやすみ。」


乾いた風が砂を運んでくる。

目を覚まして、伸びをする。

「おはよう、膝ありがとうね。」「おはよう。」

のどの痛みに昨日水を飲んでいなかったことに気づく。

わきの鍋から手ですくって水を飲む。

砂が黒くしみるように渇いたのどが潤う。

「やっぱりおいしくないよねこの水。」「うん。」

「そうだよね早く天然の水が飲める場所に着きたいね。」「行かなきゃ。」

「そうだね、行かないと。探し物を見つけに。」

「一緒に行こうね。君と一緒ならどこへでも行ける気がするんだ。」

彼は何も言わない。

ああ、と気づく。昨日はこれ以上は設定していなかった。

僕たちの間に吹く乾いた風が心に開いた穴を貫く。

メッキをはぎ取るように。

浮きだっていた僕の胸をあざ笑うように。

思わず彼のほうを向いて抱きついた。

冷たいからだが僕の興奮をありありと伝える。そして僕の熱を奪う。一方的に。

その時ふいに彼がいなくなった。

僕の中にあったのはこの建物ように朽ちた金属の塊だった。


次の時には僕はこぶしを振り上げ、それにたたきつけた。

周りを壊し、剥ぎ取る。

中に隠された何かを手に入れるように、取り戻すように。

けれどもそこには何もなかった。手にはただ穴の開いた金属の塊しかなかった。

自分と同じ温度の塊を壁に立てかける。


重たくなった水筒を擦り切れた鞄に入れて元の道に戻る。

歩いていく僕の後ろには砂を蹴る音しか聞こえない。

彼もまたいなくなっていしまった。

乾いた風が僕の心を吹き抜く。

僕はただこの穴をふさぐものが欲しいだけなのに。

あの火のそばで感じたものがそれだと思ったのに。

僕の耳には足元の砂の音しか聞こえない。

道の先を見つめると、やっぱり先は一点に向かって消えている。

あの先に行けば見つかるだろうか。

僕はその点を見つめてまっすぐの道を歩んでいく。


あれからどれほど歩いたかわからない。

空の黒が騒がしくなってきたので、脇にあった建物跡に向かう。

どこかいい場所がないかと中を探しているうちに、程よい場所を見つけた。

天井もあるし、壁もある。しばらくの大雨には耐えられそうだ。

腰を下ろそうとしたとき、先客がいることに気が付いた。

よく見ると、壊れた人形だ。

人形なのに何か気まずくなって、とりあえず会釈をして、

少し離れたところに座る。

暗くなる前に火をおこし、寝床を作る。

しばらくして、最初はぽつぽつと降り始めた雨が横殴りの豪雨となった。

天井を打つ音が激しく、いつまでも鳴りやまない。

胸には建物が持つかどうか不安が渦巻く。

その不安に耐えかねて僕は口を開く。

「雨すごいですね。」

「さすがに大丈夫ですよね。」

「僕ずっとあの前の道を歩いてきてるんですよ。」

「雨もしんどいですけど、止んだと思ったら今度は暑さが襲ってきますからね。」

「でも、どんなにしんどくても、やっぱりこの、心の穴が埋まらないんです。」

「この穴を埋めたいんです。そんなものが欲しいんです。」

話し相手もいないのに、僕は話し続ける。

そのうち、あの人形が僕の話に相槌を打ってくれてる、

僕と話してくれてるように感じてきた。

同時に、懐かしい感触が足元から登ってくる。

安心したのかなんだか眠くなってそのまま眠った。


目を覚ますと天井を打つ音は弱まっていている。

僕は部屋の壁にもたれる人形に近づく。

その人形は真ん中の胸の部分が穴が開いていた。

かわいそうに思って、その穴を埋める何かを探しに行く。

建物の入り口に出ると、雨はまだ降っていた。

建物の周りを探しながら歩き回っていると、ちょうどいい大きさの塊が見つかった。

部屋に戻って、その人形の穴にはめると、ぴったりとまではいわないが

うまい具合にはまった。

その時、またぞくぞくする感覚が体を流れた。

この感覚は、この人形を直せば味わえるのか。

じゃあ動けるようにしたり、話せるようにしたら。

そう思って僕は雨がやみかけた空の下で

来た道を戻る。

欲しいものを手に入れるために。






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回る道 じゆ @4ro

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