クローゼットの闇 獏

@Talkstand_bungeibu

第1話 一期一会 獏

 僕は俗に言う女装男子だ。ピンクのセーターや茶色のスカート。大切にハンガーにかけて、クローゼットにしまっている。

 親に女性用の衣服が見つかった時には、それはそれは何とも形容しがたい気まずい空気が漂ったものだ。「この子で末代かしら」世の移り変わりを認識してか、ピッチングのようにストレートに投げつけてくることはなかったが、それでも小声で漏らしたその言葉は魚の骨のように心の淵に刺さっている。


 振り返ってみれば、僕が初めて女装に手を出したのは2年前のことだったように思う。なんのきっかけか、男女複数人集まって遊びに行った休日。クラスメイトの女子が着ていたピンクのセーターがどうにも可愛くて、別の女子に「あの子のセーター、どこで売ってるものか知ってる?」と尋ねてしまった。

「え、どういうこと」

 さもありなん。うかつに聞くとこうなる。その口調と向けられた眼差しから不審がありありと見えており、「いや、実は女装に興味があって」と、とっさの方便が口をついて出た。


 嘘から出た実。「女装に興味があるのは嘘じゃない」と嘘をつくための偽装工作。いざ女装に挑戦してしまえば意外と「そういう奴か」で済まされてしまった。何より、年頃の男女の間に漂う微妙な隔たりを跨ぎやすくしたという意味では、却って良かったかもしれない。

 本屋で女性用の雑誌を買うことには躊躇いがあるけれど、「その雑誌見せてよ」とクラスメイトにお願いする方がずっと気が楽だったし、共通項から話もしやすかった。案外、女装に手を出してからの方が充実した日々を送れていたかもしれない。


 今日は白のカッターシャツとネイビー基調に花柄のスカートを買ってきた。それは一週間前に、遠くへ引っ越すクラスメイトの送別会を開いた際に見かけたものだ。その衣装に身を包んだクラスメイトはとても綺麗で、深く心を打たれたものだ。

 ところで、僕は結局のところ女装には全く興味がない。それでも僕は女性用の衣服を買い、大切に保管する。ピンクのセーターに茶色のスカート、今日買った白のカッターシャツとネイビー基調に花柄のスカート。それぞれの衣服越しに、ここにはいないはずのあの子の面影が、ハッキリと見えていた。

「思い出は大切にしないとね」そう呟いて、僕は今日買った服を丁寧にしまい、クローゼットの戸を閉めた。

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