第19話 修行成果

私は「時の加護者」アカネ。

加護者と呼ばれる「3主の力」について、現世と異世界の関係、そしてヨミの狙いを知った私は、さっそく「運命の加護者」シャーレに会おうと腰をあげようとした。しかしシエラから待ったがかかった。出発前に私にはやらなければならないことがあるらしい..


—時の空間 時の社—


王国フェルナン出発までに私がやらなければいけないこと、それはなんと「修行」だった。この先、ヨミや「元の民」と戦う中で必要となるというのだ。


私は「時の社」の劇場用ドアのひとつを格闘技練習場にした。


「ねぇ、シエラちゃん、私、アニメとかには詳しくないけど少し知ってるよ。あのさ、異世界に来ただけでスーパー強くなるとかってないのかな? 」


「ちょっと、何言ってるのかわからない 」


そのセリフは知ってるくせに! と突っ込みたくなった。


「アカネ様、理解してないですよね。アカネ様の力は絶対的な力です。ただ、それを頭でも体でもなく魂で感じ取らなければ、その真の力は発揮されることはないでしょう」


「それって、もしかしたら魔法とか!? 」


「あはははは。何を言うかと思えば、まったくアカネ様ったら 」


眉の形が小馬鹿にしているような表情のシエラを前に、何だかとっても恥ずかしい気持ちになってしまった。


「まぁ、まぁ、そんなに顔を赤らめないでください。そんなものあっちの世界でもなかったでしょ? それはこちらも同じです」


「だってさぁ、時の魔法みたいの使ってるじゃない! 」


「違います。時というのは事象なのです。だから決して止めることも戻すこともできません。アカネ様が与えられた力は時の事象を支配する力です。わかりやすくいうと時を操ることができる力です」


「それって魔法とどうちがうのよ」


「はいっ、まずは柔軟から始めましょう! 」


私の質問を勝手に切り上げて、柔軟体操からの修業が始まった。


どれくらい練習したであろうか.. 2時間くらい?


基本の柔軟と体幹トレーニングを徹底的に行い私の身体は大改造された。前屈で遥か遠い場所だった床には両手がぺったり付き、両足は広げたまま床に着くほど、まるでプリマになった気分だ。


さらにキックのやり方、体の置き方なども繰り返し、繰り返し、自分の軸足が着く石の床がすり減るくらいに練習した。


しかし、それにしても変だ。このカポエイラのような格闘術をまるで久しぶりに乗る自転車のように、少し練習するとすぐに当たり前のように体得してしまう。


普通なら「私ったら天才!? 」と思うところだろうが、どうやらシエラの存在が関係しているらしい。


『アカネ様、忘れないでください。僕はアカネ様の分身なのです』


練習を始める前にシエラが言ったこの言葉を今はなぜか理解できる。


「シエラちゃん、少し休憩しない? 」


「アカネ様、お疲れですか? 」


「えっと.. まぁ、少し疲れたかな。2時間も練習すればね」


「ふふふ.. アカネ様、本当に2時間ですか? 2時間で格闘技をほぼマスターできたとでも? 」


..変だ ..確かに 何かおかしい。


「シエラ、あなた、私に何をしたのよ? 」


「僕は何もしてないですよ。ただ、よく思い出してください」


思い出そうとすると、その思い出すことがたくさんあって.. 吐き気がしてきた。


「どういうことなの?これは、2時間なんてとんでもないわ.. 嘘でしょ」


「10日で成虫になる永久蝶とこしえちょうが4分で飛び立ったのを覚えておいでですか。あの蝶の中ではあの4分は確かに10日だったのですよ。その現象と逆のことが今、ここに居る私たちには起きていると言ってもいいのです。この空間は時の圧縮が高いのです。ふと一瞬の考えごとが実は30分も考え込んでいたということも珍しくありません。この空間では1日で10年も経過いたします」


「な、なによ、それ。じゃ、私が2時間と思っていた時間は.. 」


「そうですね.. 1年を少し下回るぐらいですかね。300日としてその間、寝食せずにぶっ通しで練習していたってことです」


そうだ、だんだんと思い出してきた。柔軟体操や体幹トレーニングだけじゃなかった。最初は確かにぎこちなかった。シエラに一から教わり繰り出すパンチや蹴り。


「アカネ様、拳2割、脚8割です。僕のをよく見て!」


シエラと組み手をしていくうちに彼女の蹴りを出すタイミングがわかっていった。点と点をつなぐとそれはダンスになっていったんだ。私はそのダンスが楽しくて夢中で..ずっと、ずっと踊っていた。


私は確かに300日間くらい練習していた。思い出せば思い出すほど自分の身体に力が充実していくのを感じる。


「でも、何でお腹も減らなければ、疲れ..いいえ、寝ないなんてあり得ないじゃない? 」


「それはこの空間の時間進行が圧縮時間だからですよ。この空間から元の空間に戻れば、時間は本当に2時間しか経っていないからです。アカネ様の身体は300日を2時間分の体力で過ごすことができたということです」


「まったく荒唐無稽ね.. 」


「そうですね。でもこれが『時の歪み』の正体なのです。加護の恩恵が無ければ急に年老いてしまったり、身体が崩壊してしまう原因です」


やはり、恐ろしい空間だ。加護の恩恵無ければ、1日で10年も年を取っちゃうってことだ。


「さ、アカネ様こちらを履いてください。これは先代アカネ様が使用していた凶暴な野獣ネイルコーデンの皮で作った長靴です」


それは脛まで覆うクロス紐の皮製の長靴だった。履いてみると、これが何も履いていないかのように軽い。だけど何だろう..この感じ。脚と地面が共鳴している!


「シ、シエラ。脚が! 脚が!」


「アカネ様、渾身の力で空を蹴ってみてください」


「うん!いくよ!」


—ヒュ..  バガァン!!


空気が爆発するような轟音と白い衝撃波が発生した。


私の蹴りが音速を超えた。

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