第17話 時の社

私は「時の加護者」アカネ。

ビーシリーで買い物を終えた私たちは2時間ほどで聖地「レギューラの丘」に到着した。

通常4時間はかかる道のりも、私の従者となったラインとソックスは足の速さが半端ないことになっているらしい。また、森を抜ける間、猛獣に襲われなかったのもラインとソックスが彼らより強いというフェロモンを放っているからだそうだ。


—聖地レギューラの丘—


目指していた割に「レギューラの丘」はただの牧草地で肩透かしを食らった気分だった。


「アカネ様、カバンの中から懐中時計を出して」


すっかり懐中時計の存在を忘れていた。カバンの中の教科書に挟まっていた時計を取り出してみると、時計が動き始める。すると持っていた時計が、私の手の中に溶け込まれていく。


『キャー』と声を出して2,3度手を振ったが時計が手の中から出ることがなかった。


「なによ、これ..シエラ! 」


半べそになりながらシエラに聞くと、時計が元の安全な場所に身を隠したのだそうだ。手の甲に浮き出た時計の針は時間針が秒針の速さで動き始めた。霞が晴れるように空間が広がっていく。水色の空間の中には劇場が建っていた。


「これはまた変わったものが出てきましたね。アカネ様、何ですか、これは? 」


「え? 劇や音楽を聴くためのホールみたいだけど、何でこんなところにあるの? 」


「これは『時の社』です。この外見はアカネ様の印象に残るものが具現化しているのです」


なるほど..あの時私がいた場所が帝国オペラハウスだったから、それが影響したのかも。さすがに地上54階帝国オペラタワーはでてこなかったのね。


私たちが全員入ると空間が閉じていった。


『さて、そろそろかな』


そう言うとシエラは懐から大きな葉っぱを取り出した。


「アカネ様この葉の先には永久蝶(とこしえちょう)の卵が付いています。この蝶は約10日で卵から蝶になっていきます。蝶になると永遠に生きるほどに寿命が長く永久蝶と呼ばれています。見ていてください」


葉の先に着いた卵から幼虫が生まれると、みるみる大きくなり脱皮を何度も繰り返す。小指くらいの大きさになるとシエラの足に登りサナギになった。それはまるで生物ドキュメント番組で行う成長映像の早送りのようだった。


「シエラ、これはどういうことなの? 」


「ここはアカネ様の時計により開かれた圧縮時空間です。この空間はアカネ様の許可のない者が侵入すると圧縮した時間の影響を受けてしまいます。圧縮時間の恐ろしいところは本人に自覚がないところです。大昔、一度だけ王国の隠密に侵入されたことがありました。僕たちに悟られずに侵入したのだからかなりの手練れだったはずです。だけど数日後、物陰から出て来た隠密は80歳を超えたヨレヨレの老人でした」


「お、おそろしいわね..」


そう言っているうちにシエラの膝のサナギは大きな永久蝶になって飛び立った。


「アカネ様、心で『蝶の存在を許す』と唱えてください。そうしなければあの蝶の寿命は短いものとなってしまいます」


私は言われた通りにした。


「さ、社の中に入りましょう」


劇場の入口を入っていくと白く長いロビーが12段ほどの階段を介して奥まで続いていた。劇場のロビーのくせに椅子やソファーの類はなかったが一番奥にひとつだけ何かが置いてあった。近づいてみるとアンティーク調の机と椅子が1セットあった。


「そちらは、ある方からいただいてアカネ様が大切にしていた机ですよ」


ロビーの壁には両側にそれぞれ2つ、合計4つの劇場用の分厚い扉がある。


「ねぇ、この扉の向こうは何があるの? 」


「さぁ? アカネ様が今願うものが出てくるのだと思いますよ」


「私が今、願うもの? 」


試しにひとつ開いてみた。重厚な扉は思ったよりも軽く開く。恐る恐る見てみる。


「これは!? 」


何とそこに出て来たのは杏美ちゃんと一緒に入ったビルディング53階にあった東京の景色が一望できる「喫茶店 真天珈(まてんか)」だった。窓もしっかりあるので覗いてみると、東京の景色が見えるではないか。空間的にめちゃくちゃなつくりだ。


「またまた珍しいのがでましたね。うわっ、凄く高い! あっちの世界の景色ですね」


これが出て来た理由はたぶん私の小腹がすいているせいなのかもしれない。あぁ、ケーキセットが恋しい。


「ねぇ、これって施設しか出てこないの? 」


「そうですよ。生物とか食材とかは無理です。それは別に用意する必要があります」


さすがにそこまで都合よくいかないか..それよりも気になったことがあった。


「ねぇ、シエラ、あなた今『あっちの世界』って言ったよね。あなた私の世界を知ってるわね」


シエラはいたずらっぽい笑顔で答えた。


「はい。もちろん知ってますよ! 」

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