俺は再出発出来るのか

紫陽花の花びら

第1話

 目の前に何かが落ちて来た。

危ねえ! 上を見たが、そこに見えたものはどんよりした空だけ。オフィス街で物が降ってくるなんてねえよ。

俺は足元に落ちてる手帖を拾った。スマホのアラームが鳴る。

アポの時間か、これから四件の営業だ。

拾った手帖を上着のポケットに捻じこみ、俺は戦いに向かった。

「お疲れ様です。成果は?」

後輩の本木に声をかけられた。

「本木くん? 桐山だよ!四件頂きました」

周りの目が気持ち良い。褒めろ、讃えろ。

報告書を入力し俺は上がった。

 夕飯を定食屋かコンビニに為るかで悩み歩いていると、拾った手帖のことを思い出した。

あれを読むなら部屋に帰って方が良い。俺は、缶ビールとカツカレーを買い帰宅した。

 シャワーを浴び、カレーをチンして、冷蔵庫からビールを出し

高揚感MAXで手帖を置いたテーブルに急ぐ。

 まずはビールだ。プルトップを引き上げ、お疲れと自らを労い、カラカラに乾いた喉に流し込む。

「かっ~うま!」

さて、手帖手帖っと。

丁寧に表紙を開くと、達筆で覚書と書いであるが、何頁捲っても白紙。なんだ? 中ほどまで捲ると、端に「忘れられた城、それはものに非ず」と書かれている。

何処の城だ? 城跡か? 最後の頁には「第13番聖典」と記されていて益々判らん。

気色悪い、ホラーか? 全国の城跡は、大概公園などになって地域貢献しているんだぞ。

忘れられた城? 聖典? このふたつを結ぶと隠れキリシタン? 謎は解けた! 馬鹿! 短絡過ぎる。

然し、俺の脳ミソで想像できるのはここまでだ。

後はクグる! もしお宝関係だったら? 良し! 明日有休申請だ。長崎、天草を訪ねる旅でも為るか。

うん? 長崎は、別れた妻愛香の実家がある、が、関係ねえ。

 有休も取れ、俺はのんびり長崎~天草の旅に出かけた。

 長崎に着くと、やはり思い出為れた。愛香と実家へ挨拶に行き、歓迎を為れた事やお土産にカステラを持たされ、それが美味かった事。然し三年で愛想尽かされた俺。

最大の原因は、愛香が流産為た時の俺の一言が決定的となった。

「まだいらないな」

深い意味は無かった。気楽に考えろと言いたかった。

でも本音は、もう少し遊びたかったのだ。愛香はこの時気持を固めたと、置き手紙に書いていた。

そして三年目の春、離婚届と指輪を置いて出て行った。

 ああ折角の旅行で、こんな事を思い出すとは遣りきれん。

 翌日俺は気がつくと、大浦天主堂の近くをフラフラと、まるで何かに引き寄せられるように歩いていた。

確かここは愛香の実家の近く。

そんな事を考えていると、ヨチヨチ歩きの赤ん坊を連れた女性が近づいてくる。

えっ? あっ! 俺は思わず声をあげた。

その女性は声に反応して、視線を赤ん坊から俺に向ける、

「なぜ……」

愛香だっ。

俺の頭は爆発した。

 愛香は赤ん坊を抱きあげ、

「しばらくね。元気…」

声が震えている。

「……驚いた。元気だったか? 結婚したのか……可愛い子だなっ」

愛香は真顔で

「まさか、信じて貰えるかな?

あなたの子よ。離婚してから妊娠が判って、仕方なく実家に帰ってきたの」

「えっ!連絡くらい……」

と言いかけてやめた。

愛想尽かした男に連絡なんか……

「圭祐よ」

「圭祐……可愛いな2才位?」

俺たちは、眠った圭祐をバギーに乗せ天主堂に入った。

俺は焦燥感に駆られながらも、愛香の話を聞いていた。

たまたま散歩がてら来たら、まさかあなたがいるなんてと、優しい微笑みを見せる愛香に、抑えていた未練が頭を擡げてくる。

 俺はここまで来た経緯を、手帖を見せながら話し始めた。

愛香はあのページを見ると

「なぜあなたが持ってるの! これおじいちゃんのよ。随分前に消えたって、親が言っていたの」

 空から落ちてきたと何度言って信じない愛香。

「まあいい。で、この第13番の聖典って判るか」 

首を横に振る愛香。

「でも、この城はキヅキって読むって、おじいちゃんが良く言っていた。キヅキの意味はその時で解釈が違うって」

「キヅキ? 忘れられた気づき?」

そう言えば、聖典をクグッた時

一瞬目にとまった13の数字の説明があったのを思い出した。

本来13は聖なる数字だとかで強いパワーがある。今はその真実が歪められ伝わっている。

この真実にキヅけと、愛香の祖父は、忘れられたキヅキには必ず欠けているものがあると言いたかったかもしれない。 

俺はそう解釈するぞ!

無性に涙がこぼれてくる。

「如何したの? 大丈夫?」

心配そうに見つめる愛香。

「やり直したい。やり直したいんだ」

「そんな急に言われても……」

「判ってるよ。無理はしない。でも圭祐の事もあるし。何より君と」

「私いつも思っていたの。何かが足りないって、でも気づけたわ。私たち2+1=3 誰か欠けても幸せじゃ無いって」

家族は気づき、築いて行くもの。

上手く行く時も、行かないときも

お互いの心に寄り添う事ができれば良い。


程なくして、俺桐山圭太は長崎に移った。




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