第58話晒し上げ
「学園生徒の諸君、来賓の皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日はーーー」
長い話をダラダラと喋る学園長を聞き流しつつ、暇つぶしにフェルを撫でる。
俺と一緒にいるくせに、ピンチになるといつの間にか距離を取って安全圏にいる。
その効き察知能力を分けて欲しい。
「くぅん?」
「なんでもない」
あのフェンリルとつながりがあるからかわからないが、たまに俺の心が分かるような素振りを見せることがある。
まあ、可愛いからなんでもいいんだけど。
「それでは、アリアンツ公爵家当主、ヒョードル様にご挨拶をしてもらいましょう」
来たか。
「ノアくん、任せるよ」
影からリオラが顔を出す。
「うん、人間扱いしない可能性もあるから……」
「大丈夫、気持ちは伝わってるよ」
リオラとの関係を世間に認めさせるためには、明確な主従関係を示す必要がある。
そのためには、ある程度のことは見せないといけない。
そんな罪悪感は、リオラに抱きしめられることで和らいだ。
「おはよう、未来ある学園の諸君。私はアリアンツ公爵家のヒョードルだ。僭越ながら、挨拶をさせていただこう」
「おい、貴様がノアだな」
ヒョードルの挨拶が始まると同タイミングで、俺を挟み込むように二人の兵士が立つ。
「そうだけど」
「一緒に来てもらおう」
「……なんで?」
「いいからこい!」
同行を渋る俺の腕を掴み上げる兵士。
しかしそれを止める者がいる。
「待ちなさい。聖女たる私の前で身勝手なことは許しませんよ。彼に同行を願うなら理由を言いなさい」
聖女エリシア。
「一応だけど、あたしもちゃんと見てるよ」
「……証人になる」
王族の双子姉妹、リアとルア。
「ま、そういうことよ」
火の大魔法使いフレア。
「ぐっ……」
一兵卒でも知っている面々に、彼らは怯む。
彼女たちの目の前で説明をせずに俺を連行すれば、万が一の場合証人として起きたことを証言され、彼らは首を絞められることになる。
もみ消すには高すぎる位の人物たちに睨みをきかされ、兵士たちは渋々口を開いた。
「……この男にはヒョードル・アリアンツ公爵から捕縛命令が出ています。魔族と繋がりがあるという情報があり……」
「そうなんだ。それは確かなの? 冤罪だったならどうするつもり?」
フレアが問い詰める。
「それは……フレア様がなら分かるでしょう」
貴族ならこうするだろ、と言外に兵士は告げる。
「ふぅん」
フレアは否定も肯定もせずに視線をヒョードルへと戻した。
「よし、連行する」
それをどう捉えたか、兵士は俺の上腕を掴んで、目的の場所へと連れて行った。
そこは、闘技場の出入り口だった。
まあ、なんとなく予想はできている。
同時刻に行われている第一皇子主催の社交会に参加できない位の低い貴族や、彼ら以外の陣営の貴族、その他のギャラリーに俺と魔族、そしてメディアス家の関わりを知らしめるために俺を使うつもりなのだろう。
「そして皆様に伝えておきたいことがある。公爵家の一角であるメディアス家が魔族と繋がっているという情報が入った。これは信頼できる勇者パーティの騎士からの証言である」
ほらきた。
「この男が魔族と繋がる裏切り者だ!」
「うわっ……」
乱暴に衆人環視の中に投げ出され、俺は前につんのめる。
倒れた俺を見下ろすヒョードルの顔は、醜い笑顔だ。
「公爵令嬢ミーシア・メディアス様の奴隷! 貴様が魔族と懇意にしているのは分かっている!」
ざわり、と会場が騒がしくなる。
王国は魔族領と接していることもあり、魔族への敵対心が高い。
それゆえに、魔族と協力関係であるということは嫌厭されている。
「正直に話してみろ! 隠し事はアリアンツの名にかけて許さんぞ!」
メディアス家と魔族に繋がりがある、と吹聴してから、俺と魔族の繋がりを強調する。
俺を切り捨てるというメディアス家にある程度の逃げ道を作ることで、窮地に追い込みつつも暴挙に出させにくくなさせているのだろう。
そして、俺を甚振ることで嗜虐心を満たそうとしている。
どうせ必死に否定して、それでも信じてもらえない滑稽な姿が見たいんだろうよ。
「……魔族と繋がりはあるぞ」
「は……?」
お望みの姿なんて見せてやるもんか。
「俺は魔族と繋がりがある」
「そ、そうか! 認めたぞ! さて、メディアス家の潔白を晴らすためにどうやって関わったのか、目的は何なのかを答えてもらおうか!」
勝ち誇るヒョードル。
「……その魔族は、俺の奴隷だ。勇者パーティに同行して魔族領に行った際に、俺たちが倒して奴隷にした。そっちに証言した騎士と勇者は負けて、女性たちを置き去りにして逃げていったから知らないだろうけどな」
「なっ!?」
驚愕に歪むヒョードル。
「し、証拠はあるのか! 口だけだろう! それに主従関係があるからといって、悪事を企んでいないとはならないはずだ!」
「……勇者パーティと行動を共にしたって言ってるだろ。それが何よりの証拠だ。会場にいる聖女と火の大魔法使いや剣聖に聞けば全てが分かるはずだ」
「ぐ……そ、それは!」
「まさか、魔王を倒すために組まれた勇者パーティが魔族と共謀していた、なんて言わないよな?」
そしてとどめを刺すように命じる。
「出てこいヴァンパイア」
「ーーーはい」
ぬるり、と影から現れるのは絶世の美女。
手に描かれた紋様が明滅していることが命令が効いていることを証明する。
「ぐっ……」
観客も、完全にアウェーの雰囲気から少しずつ変わりつつある。
魔族と仲良くするのはタブー視されているが、魔族を隷属させるのには抵抗はないのか、もしくはそれに快感を覚えているのか。
年齢が高い人ほど、そして貴族ほど俺への非難が無くなっているように感じる。
まあ、派閥とかいろいろあるのだろう。
あくまで傾向、だが。
「で、他になにかケチつけるところはあるか?」
「……」
ヒョードルは俯いたまま動かない。
その姿を見て、俺は踵を返して舞台から消えた。
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