第26話カレンという女
剣聖カレンこと私は、ユージが帰ったあと少しの間動けなかった。
理由は、この数年間の後悔。
昔、ノアと私は一緒にいるって約束したのに、洗脳のせいで勝手にノアの元を去ってしまったこと。
ユージのことを好きだと思わされて、あろうことか何度も身体を重ねてしまったこと。
最近は、ノアの存在すら思い出せなくなっていたこと。
洗脳が解けて、冷静に考えてみてもあの当時の記憶は少し曖昧だけど、ノアは勇者パーティに入ることを応援してくれていたはずだ。
手紙は一度も返ってこなかったけど、何か理由があったんだろう。
なにより、ノアは私のことを忘れずに、私と一緒になるために、身分違いと言われないために、剣聖カレンに釣り合うように努力をして名を上げてくれた。
その健気な努力が魂を震わすほど嬉しく、同時に今まで
だから、今度は私が行動を起こすんだ。
ノアが頑張ったのだから、次は私が頑張る番。
たぶん、この数年間血の滲むような努力をしてダンジョンの裏ボスを倒すまでになったんだよね。
それまでには色々犠牲にしてきたと思う。
娯楽や勉強、友達だってきっといないだろう。
もちろん、彼女なんているはずがない。
もしかしたら女の子と話したこともあんまりないかも。
私のために費やしてくれた数年間は、これから私でぜーんぶ埋めてあげなきゃ。
これまでノアが経験できなかったこと、全部私で経験させてあげないと。
ハジメテはあげられないけど、それ以外は全部ノアのものだし、彼のハジメテも全部私のもの。
でも勇者のせいで少しの間は行軍を共にしないと行けないから、一緒に来てくれるよね?
うん、一人ぼっちのはずだし、絶対に来てくれる!
それで、脱退したあとは二人でいろんな場所を回っていろんな経験をして、死ぬまで毎日笑顔で過ごすの。
夜の方は……毎日したいかな♡
私の方が経験豊富だから、初めは私優位だけど……そのうち私を泣かせてくれるようになったりして……えへへ
でも、エリシアとフレアにはノアの素晴らしさを教えちゃったし、あの子たちも勇者の被害者だ。
同じ苦しみを経験した理解者として、ほんのちょっとならノアの寵愛を分けてあげてもいいかな?
夜のノアが凄かったら私一人じゃ満足させられないかもしれないしね……♡
よし、まずは二人の洗脳を解いて、協力を取り付けよう。
その後ノアをパーティに迎え入れる。
そして勇者の黒い部分を徹底的に調査して、あいつを社会的に殺す。
これが全部終わったあとは……えへ、えへへ……。
カレンはパンツを履き替えたあと、"反魔法"を使って二人の洗脳を解除しに向かう。
「そんな……」
「あたし、本当に好きだと思ってたのに……!」
二人の洗脳を解除し、事情を説明すると二人は泣き崩れた。
聖女エリシアは教会の命でパーティに加入した。
火の大魔法使いフレアは貴族であり、家の命令で加入。
彼女たちは自分の持つ理想の"勇者像"にユージが当てはまるように長い年月をかけて洗脳を施され、カレンと同様に肌を重ねていた。
エリシアは理想を裏切られ、コケにされたことを悲しみ、フレアは一途な思いを弄ばれたことにショックを受けた。
私もいきなり大好きにはできなかったみたいに、洗脳の効果は単発ではそこまで強いものではないのかもしれないわね。
ひどく動揺する二人を見て、彼女たちには新たな心の拠り所が必要だと確信する。
「……二人とも、ノアって覚えてる?」
「ひぐっ……。カレンさんがいつも言ってた人ですか?」
「覚えてる、けど……」
二人は困惑する。
「ノアはね、本当にいい子なの。思いやりがあって、努力家で。今日の記事を見ての通り、一途でひたむきな性格よ」
「それは……カレンから聞いてる話から伝わってたけど……」
だからどうした、と二人は眉根を寄せる。
「だからね、私がお願いすれば二人も愛してくれるんじゃないかなって。私はノアが好きだけど、二人は親友だし、今の辛さも痛いくらいわかる。だから、見捨てられないわ」
「カレンさん……」
「カレン……」
「どうかな?」
私が優しく問いかけると、エリシアとフレアは申し訳なさそうに、だけど少しの期待感を込めて言った。
「カレンとノアさんがよろしいのであれば……」
「お願いしたい」
「決まりね」
そして今日、ノアをテラスで見つけた。
女四人といるところを。
楽しげに談笑している光景が信じられなくて呆然としていると、勇者は学園内で聖剣を抜剣し、いきなりノアに斬りかかった。
彼を守るように張られる拙い魔法、女を蹴り飛ばすノア。少しスカッとしたけど、それは守るためだとわかっている。
そして、ノアは虚空から特殊な剣を召喚し、ユージの剣を受け、切れずに肩を切り裂かれた。
は?
ノアと話していた女たちがユージに文句を言っており、ノアは倒れているが動けなかった。
突然の勇者の奇行と、私の頭の中のノアと、現実のノアが置かれている状況に違いがありすぎた。
それはエリシアとフレアも同じようで、心の拠り所として期待していたノアが女と仲良くしている場面を見て、固まっている。
そして、蹴り飛ばされた女? がノアの傷口にタオルを押し当てようとして、その身体に触れた。
私の男に軽々しく触るなよ。色目使うな。その血は私のものだ。ブスが近寄るな。誰の許可取ってノアとご飯食べてるの? 雑魚がノアに寄るな。
ていうかノアもなんで抵抗しないの? 変な女に触られて不快でしょ? なんで感謝するの? 雑種と話さないでよ。 私以外と話す必要あるの? てかなんで女といるの? ねえ? なんで? ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえーーー
「エリシア、そいつを治してやれ」
「は、はい!」
治療し終わり、優しいエリシアはノアを安心させるためにニコリと微笑んだ。
それを見た私は、いつまでもノアに触れている女を引き剥がす。
「いつまでそうしてるの!」
「うわっ!」
思ったよりあっけなく女はノアから離れる。
お前みたいな雑魚がノアの周りにいると、ノアの核が下がるでしょうが。
そして、未だ立ち上がれないノアの前に立つ。
「……何の用だよ、カレン」
逆ギレしているノアに向かって、私は口を開く。
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✳︎補足
主人公目線と話が食い違うのは、この話はカレンの認識を書いたものだからです。主人公目線ではカレンは自分の意思で勇者の手を取り、ノアを裏切った。カレン目線では、子どもだったため若干洗脳の効きが良く、記憶が曖昧ですがノアが応援して送り出してくれたものという認識。
洗脳によって記憶がごちゃついたり、精神の自衛によって都合よく事実が捻じ曲げられていたりするカレンの記憶とノアの記憶、という違いです。
筆者の文章力で伝わらない可能性も考え、ここに補足させていただきました。
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