第37話 はじめての、朝

「ちょっと、有野さんっ?」

 パッと電気が付く。停電が直ったのだ。


 タケルは志穂が飲んでいた炭酸のラベルを見る。アルコール度数、五%の文字。


「あああ、飲酒させちゃった!」

 志穂は腕の中で、トロンとした目でこちらを見上げている。風呂上りのシャンプーの匂い、柔らかい、唇の感触、目の前には大きなベッド……、


 ああああ、いかん!

 タケルはパン!と自分で自分の頬を叩く。


「やぁまとくん?」

 頬がピンクに染まった志穂が首を傾げる。

「もう、寝ようか? お布団、行く?」

 すっくと立ち上がり、そしてよろける。

「うわ、危ないってば」

 タケルが慌てて支える。

「大和君はいつも優しいね」

 にっこり、笑う。

 ヤバすぎる……、

 タケルは頭の中で正義と悪が戦っているのを見た。


「私ね、多分好きなんだ、大和君のこと」

「へっ?」

「もう、わかんないけど、好きなんだと思うよ。そうじゃないと説明できないよ。もやもやするんだもん」

「有野さん……、」

「もやもや……お布団……」

 タケルにしがみついたままベッドへとなだれ込む。

「うわっ」

 タケルも巻き添えを食う形だ。

「ちょ、有野さん、俺はソファで寝るから有野さんはこっちで」

「逃げないでよぉ」

 ぎゅ、とタケルの腕を掴む。

「電気消したら駄目だよ、怖いから」

「えええ?」

「きょ……う、たのしか……た……ね」

 そのまま眠りに付く。


 規則正しい寝息。

 目の前に、寝顔。

 電気の付いた、室内。


「ちょっと待ってよ、なんだよこの拷問は!」

 タケルは情けない声を上げたのだった。


*****


「う……ん、」


 抱き枕が、硬い?

 私、いつもの抱き枕と違う感覚に戸惑い、目を開けた。

 青い。


 ……青い?


 あ、


「◎▲%$Φ∂!!」


 脳内で悲鳴を上げる。実際は声にはしていない。起こしてしまうから。


 目の前でタケルが寝ていた。

 すやすやと、寝息を立てて。

 私はフル回転で頭を働かせる。


 昨日、えっと、昨日……? ちょっと待って、今は何時なの!?


 タケルを起こさないよう、そっとベッドから降りる。携帯を探す。あった!

 電源を入れると、みずきからのメッセージが山ほど入っていた。最後のメッセージは夜中の一時。そして今は、朝の五時である。


「あああああ、」


 私は小さな声でパニクッていた。

 雷が鳴って、雨宿りのためにここに来て、私は何故か情緒不安定になっていて、タケルに向かってあんなことやこんなことを……、

「言った……よぉ……」

 頭を抱える。

 なんで覚えてるんだ! いっそ記憶がなければよかったのに!!


「ソファの上でなに暴れてるの?」

「ひゃっ」

 いきなり声を掛けられて、飛び上がる。そーっと振り向くと、タケルがベッドにうつ伏せになり、頬杖を付いてこちらを見ていた。

「おっ、おは、おはよ」

 平静を装っているつもりが、まったく装えていない。

「昨日はよく寝てたね。なにしても全然起きなかった」

「なにしても、って、……なにっ?」

 私の反応を見てタケルがふふ、と意地悪く笑う。

「それは内緒」

 やだやだ、なにしたのっ?!

「ふぁぁ」

 タケルが大きく伸びをする。

「俺はあんまり寝てないから眠い」

「え? なんでっ?」

「なんでって……、」

 寝られるわけないだろう。目の前で好きな女の子が無防備極まりない姿さらけ出して寝てるんだからっ、とは言えないが。


「それより、支度して出ようか。この時間なら人目に付かないだろうし」

「あ、うん」

 私は着替えを片手にバスルームへと走った。顔を洗って、寝癖を直す。流しの横に、タケルからもらったペンダントが置いてあった。

「きゃぁぁぁ……」

 色んなことを思い出して、今更ながらに恥ずかしさでいっぱいになる。


 なんとか呼吸を整え、ペンダントをつける。バスルームを出ると、タケルはもう着替え終わっていた。


「顔洗うね」

「うん」

 私と交代でバスルームへ。

 その間に、私はみずきへメッセージを送る。


『昨日はごめん。無事です』


 詳しい話は何も書かないでおく。

「お待たせ」

 タケルが準備を終え、バスルームから戻った。私をじっと見つめ、

「全部夢だった、なんてオチじゃないよね?」

 真剣な眼差しで聞いてきた。

「うん、多分現実……、」

 ふい、と視線を外し、答える。

「確かめていい?」

 そう言うと私のあごに手を掛け、上を向かせる。おはようの、キス。二度。三度。離れようとする私を捕まえ、抱き寄せる。タケルの呼吸が荒くなる。段々……力が、抜けてく。


 ギュー、グルルル、


 私のお腹が、鳴った。


 今、鳴る!?


 タケルがぷっと吹き出す。

「ほんと、有野さんって……ふふ」

「もぅーっ!」

 私は真っ赤になりながらタケルを叩いた。


*****


「というわけで……、」


 一連の出来事をかいつまんで話す。目の前にはこれ以上ないってほど目を輝かせているみずきと香苗がいる。

 私はタケルと朝食を共にし、その足でみずきの家に向かったのだ。あとから香苗が合流した。揃ったところで、報告会である。


「あああ、やっとなのねっ」

「長かったわ~」

 二人とも満足そうである。

「私の話はおしまい! 次、香苗!」

 ご指名してしまう。

「私はねぇ、うふふ、そうだね、女になってきたさ」

 恥ずかしそうにピースサイン。

「うわぁぁぁ、そっか~」

 みずきがしみじみと、呟く。

「初めてのことだからね、戸惑いも不安もあったよ。でも、みっくんのこと大好き、って思いがバンバン溢れてきて、みっくんも私のこと好きってわかって、なんかもう、それだけで幸せだった」

「はぁぁ、そうかー。わかる気がするよ。一緒にいるとさ、好きすぎておかしくなりそうなこととか、あるもんね」

 みずき、自分に重ねているのだろう。しかし、今やこの話、私にも理解出来るのだ。

「離れたくない、とか、独占したい、とか、ドロドロした感情、厄介だよね」

 何の気なしに言ったのだが、二人がバッと私を見遣った。


「聞いた?」

「聞いたよ」

「ここにいるのは本当に志穂?」

「私も信じられないよ!」

「……は?」

「志穂~!」

「鈍いの返上したのね~!」


 何故か二人に抱き締められ、複雑な私だったのである。

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