デート前夜 ~タケルの呟き~
タケルはそわそわしていた。
いよいよ、明日は二人きりで会うのだ。誰にも邪魔されず、二人きりで。
「何着て行けばいいんだ」
クローゼットを開ける。
特にお洒落に気を遣う方ではない。なにしろ平日は制服、放課後と休日はほぼジャージという生活なのだから。
「ヤバい、なんもねぇ……、」
タケルはクローゼットを閉めた。そしてハッとしたように隣の部屋へと向かう。隣は兄の部屋だ。が、今は地方の大学に通っているので使われていない。兄はお洒落にも煩く、言い方は悪いが、いわゆる「チャラい」タイプである。服も沢山持っていたはず。
クローゼットを開ける。
思った通りだ。所狭しと沢山の服が掛かっていた。
「あいつ、どんだけだよ……」
半ば呆れながらクローゼットを漁る。あまり派手なものは避けた方がいいだろう。となると……この辺りか?
タケルは黒い無地のジャケットを引っ張り出し、着てみる。うーん、なんだかスカした感じに見えなくもないか?
「こっちの方がいいかな」
襟のない、シンプルなジャケット。着てみる。うん、こっちの方がいい。
それから、携帯でワンダーランドの情報を見まくった。どこに何があるのか、休憩場所や、お土産の情報まで。
「へぇ、こんなのもあるんだ」
女の子が喜ぶアクセサリー特集、なるページを見つけ、熱心に見入る。
「有野さん、こういうの好きかなぁ?」
折角だから何かプレゼントしたい、とは思っていた。でも、何がいいのかよくわからない。女の子って、何が好きなんだ?
「閉園までいるとして、そうなると夜ご飯はどうしよう」
ワンダーランド駅周辺も調べておく。
個人の店が多いらしく、閉園後だと行けそうもなかった。
「ってか、郊外だからってこれ……、」
ワンダーランド駅周辺、ラブホがいっぱいなのだ。遊園地で楽しんだあとはそのままホテルへ、ってか?
「安直だなっ」
フンッと鼻を鳴らし、タケル。
「ああ、楽しみだなぁ。どさくさに紛れて手とか繋いだら怒るかなぁ。私服姿、楽しみだなぁ、はぁぁ」
ウキウキで触角がピコピコしてしまうタケルなのだった。
*****
翌日。
待ち合わせ時間の三十分前にはもう公園に到着していた。楽しみ過ぎて目が覚めてしまったのだ。
爽やかな朝。
世界がいつもより輝いて見える。
「顔がにやける……、」
パン、と両頬を叩き気合を入れる。
まずはおはようの挨拶。それから、服を褒めて、出発。電車の中では最近流行りの音楽の話とかすればいいのかな? あ、でも俺あんまり知らなくね? ヤバい。ドラマも見ないし……話題!?
触角がぐるぐる回る。
そうこうしているうちに、時間が迫る。本当に来てくれるだろうか。やっぱり無理、って言われたらショックだな。
そんなことを考えながら遠くに目を遣る。
「あ……、」
志穂はシンプルなミルクティ色のワンピースを着ていた。髪型もいつもと違う。どうやってそうなっているのかわからないが、トップの部分が後ろでもしゃっとなっている。可愛い髪留めがついており、毛先はくるんとなっているのだ。口元はほんのり赤い。リップ? それとも口紅? うっすらと施された化粧も、耳に付けてるイヤリングも、すべてがパーフェクト。いや、それ以上なのだ。
タケルはしばらくボーッとその姿に見とれていた。
「お、おはよ」
志穂が手を振る。
あ、動いてる……。この上なく可愛い有野さんが、目の前で動いてる。
「大和君?」
もう一度声を掛けられ、タケルはハッとした。
「あああ、有野さんっ?」
「へ? どうしたの?」
あまりにもテンションが上がりすぎて、元に戻せなくなる。なんだこの、目の前の可愛い生き物はっ?
「いきなりそれはヤバいって……」
タケルはそう言って背を向けた。
「え? なにっ? なんか、変っ?」
志穂が焦ったように自分の格好をチェックし始める。その姿も、可愛い。
「違う。可愛すぎて直視できない……」
「はぁっ?」
急に大きな声を出して頬を赤らめる志穂を目の当たりにし、理性が飛びそうになる。そうだ、昨日チェックした通り、まずは褒めるところから。
「いつもと違う髪形も、そのワンピースもとても似合ってる。もう、俺どうしていいかわかんない」
頭の触覚がグルグル回っている。止めたいが、止まらないのだ。
「もうっ! 行こうっ」
志穂が恥ずかしさを隠すようにそう言って歩き始めた。
まだ今日は始まったばかりなのに、先が思いやられる。一日一緒になんて、心臓、持つんだろうか。
タケルはそんなことを思いながら慌てて志穂の後を追うのだった。
*****
電車はすぐに来た。
電車の中でも可愛い。可愛くて、何時間でも見ていられそうだ。
「大和君て、本当にモテるよね」
急に志穂がそう言ってくる。
「え? なに?」
「あ、ごめん、なんでもない」
慌てて誤魔化す志穂。自分はモテる……のだろうか。声を掛けられることは今までにもあったが、
「前の学校にいたときも、そこそこ声掛けられたりはしてたよ。でも、遠巻きに、って感じだったかな」
なんとなくみんなで寄ってきては、みんなでお喋りをするような、そんな感じが多かったと思う。
「有野さんは?」
話しやすいって翔や信吾も言ってた。あの双子もだが、それなりにお付き合いなどしていたのだろうか。そう考えると、心臓が痛くなる。
「え? 私? まさか! 何もないよっ」
その答えに、思わず食い気味の返答をしてしまう。
「そうなの?」
「そうだよっ」
「そっかー」
男子と仲良く話してる志穂を想像すると胸が苦しくなる。そうか、何もないなら、よかった。
「今日はさ、本当に来てくれてありがとう」
嬉しくて何度でもお礼を言いたい気分だ。
「あ、うん」
しかし、電車に乗ってからの志穂はなんだか様子がおかしい。周りを気にする仕草をしたり、俯いたり……、
「もしかして、緊張してる?」
「……実は、そう」
恥ずかしそうにそう言ってくる志穂に、心臓を鷲掴みにされそうになる。
「俺もだよ」
同じ気持ちでいてくれてるのかな、と思うと嬉しくなる。
「そう……なの?」
「そうだよ! 有野さん今日いつにも増して可愛いし、一日中一緒にいられるし、絶対楽しい日にしなきゃだし、緊張しないわけないだろ?」
一気に捲し立てる。
「そんなに気負わなくても……、」
お互いの緊張をほぐすためにも、なにか話題を……そうだ!
「ねぇ、ワンダーランド、どこか行きたいところとかある?」
最初からその話を振ればよかった。一緒にいられる貴重な時間を、緊張なんかしてる場合じゃないんだ!
「あ、えっとね、香苗が色々教えてくれて」
やっと志穂に笑顔が戻ってきた。
今日一日、この笑顔を独り占めするのだ。
絶対に、楽しくなる!
いや、既にもう楽しい!
内心、はしゃぎまくりのタケルなのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます