第35話 告白の行方

 それから私達は、片っ端から乗り物に乗り、香苗推薦の美味しいものを食べ、気付けば日も暮れ始める。私のテンションはもはや演技の枠を超え、単純にワンダーランドを楽しむモードになっている。


「お土産、見てもいい?」

「うん、入ろうか」

 私とタケルはワンダー君のグッズなどが並んでいるショップへと足を向ける。みずきと香苗にお土産を買わなくちゃ!


 中には文房具、お菓子、アパレルなど、色んなお土産が所狭しと並んでいた。私は学校でも使えるように文具コーナーを物色する。あ、でも香苗にはお菓子も必要か。


「大和君は、相田君と三上君に買わないの?」

 私が訊ねると、少し考えて、

「買ってやるか」

 と言った。そしてお菓子コーナーで適当な缶を二つ選び、レジへ。

「早っ」

 男子の買い物は、即決だ。


 私もあまり長くならないよう、素早く店内をうろついた。シャープペンシルと消しゴムを三つずつ買う。お揃いで使いたかったのだ。それから、お昼休みにみんなで食べられるように、お菓子も買う。


 選んだ商品を持ってレジに並ぶと、レジ横には可愛いアクセサリーなども売っていた。色石の付いたペンダントやネックレス、髪飾りもある。さすがに高いから買えないけど、香苗やみずきはこんなのも好きそう。


 ふと、視線の先にタケルが映る。知らない女の子二人と話しているようだった。タケルがしきりに手を横に振っている。女の子たちが残念そうにタケルに手を振って離れた。

「ナンパか……、」


 もやっとする。


 あれ? 前もこんなことがあったような気が……?

「お会計、よろしいですか?」

 レジのお姉さんに言われ、私は慌ててカバンから財布を取り出した。


*****


「いっぱい買っちゃった」

 ふふ、とお土産の袋を見て言う私に、タケルが笑って言った。

「さすがにもうぬいぐるみとかは買わないんだね」

「そりゃ、もう大人ですから」

 などと、おどけて見せる。


 みずきや香苗と一緒に来ていたら、ぬいぐるみも買っていたかもしれないけど。なんだろう。タケルには子供っぽいところを見られたくなかったのかな、私?


 外は陽も落ち、辺りはライトアップされ昼間とは違った顔を見せていた。

「もうすぐ花火だね!」

 花火を見たら、ワンダーランドはおしまい。あとは帰るだけだ。


タケルは日暮れ辺りから明らかに元気がなくなってきていた。口数が減り、触角がうなだれ気味だからすぐわかる。

「花火を見る場所のお勧めは、っと」

 私は努めて明るく振舞う。


 香苗チョイスの花火スポットへと向かうことにする。が、どんどん人気のない方に向かっているような? 合ってるのかな、場所。人の波はメイン会場へと向かっているのだが。


「あ、ここのベンチみたい」

 私は水辺にちょこんと置いてある可愛いベンチに座って空を見上げた。あんなに晴れてた空が、だいぶ曇っている。傘、持ってないけど大丈夫かな?


 傍らに立ったままのタケルに気付き、首を傾げる。

「どうしたの? 座らないの?」

 もうすぐ花火が始まる。

 花火が終われば、帰るだけ……


「あのさ、これ」

 タケルがポケットから包みを取り出す。さっきのお店の、包み?

「え?」

「今日の記念に、さ」

「ええっ? そんな、悪いよ」

「いいから、はい」

 タケルが私の手に包みを乗せる。私は袋を開けて、中を見た。

「あ、これって、」

 レジ横にあった可愛いペンダント。オープンハートの中にワンダー君が座っていて、手に青い石を持っている。

「大和君の色だね。着けてもいい?」

「え? あ、うん」

 私は金具を外し、自分の首に取り付ける。

「どう?」

「うん、似合う」

「ありがとう! ごめんね、私なにも用意してないよ?」

 まさかプレゼントをもらうとは思っていなかったのだ。

「あ、気にしないで。俺があげたかっただけだから」

 タケルは嬉しそうに私を見て、言った。そして、小さく溜息をつく。

「このまま時間が止まっちゃえばいいのに」


 ドンッ ドドドドンッ


 タケルの声に被せるかのように、花火が上がる。色とりどりの花火が、水面に映った。

「うわぁぁ、綺麗っ」

 私はパッと立ち上がり水辺の柵に捕まった。遠くから聞こえる音楽と、目の前で弾ける花火。空にも、水の上にも、散る、降る。


 タケルが後ろから私を抱き締めた。


「好きだ」


 花火の音は大きかったけれど、彼の告白はまっすぐ私に届く。タケルの心臓の音が背中越しに伝わってきそうな、私の心臓の音が彼の腕に伝わってしまいそうな、光と、音と、温もり。


「好きだよ」


 静かに、強く、繰り返す。


 花火の光に照らされて、水面が白く光る。


 タケルが私の肩に手を置き、ゆっくりと私を振り向かせる。そのまま両手で私の頬を包み込み、優しく引き寄せた。この時私は、有野志穂として、初めてのキスをしたのである。


*****


 それからものの五分で、辺りは土砂降りになっていた。花火は途中で中止となり、私とタケルはとりあえず建物の中に逃げ込む。傘を買おうとするも、今日は一日晴れ予想。皆、傘を持っていないとみえ、争奪戦となっている。そしてメイン会場から遠かった私たちは、まんまと争奪戦に敗れたわけである。


 困ったことに、閉園時間。促されるまま園の外へ。


 さらに、事件が起きる。


 ピカッ

 コロゴロ、ドーン!


 雷である。しかも、かなり、近い。


 ピカッ、ドーーーーン!


 辺りから「きゃー!」と悲鳴が上がる。近くに落ちた音だ。


「有野さん?」

 耳を塞いだまま目を閉じ固まっている私を見て、タケルが声を掛ける。私、雷が心底大嫌いなのだ。こんなに大きな雷、そう出くわすもんじゃない。怖い。恐怖で体が動かなくなる。

「どこか、建物の中に、」

 タケルが辺りを見渡す。が、郊外の遊園地である。辺りに商業施設のようなものは何も見当たらず、喫茶店のような個人の店はもう既にクローズしていた。

「駅に行くしかないか」

 携帯を取り、電車の時間を調べようとする。が、そこには『運転見合わせ』の文字が。沿線で雷が落ちたため、復旧の目途立たず、とのことだった。これではどこにも動けない。が、その間も雷の音と光は増すばかりだ。


 ピカッ ドドドーン!


「やぁぁぁっ」


 志穂は怯えきっている。雨も強い。このまま軒下で雨宿りは、ちょっと無理だろう事はわかっている。でも、じゃあ何処へ……?

 タケルは意を決し、ジャケットを脱ぐと志穂の頭にポスッと被せた。志穂の腰に手を回し、そのまま歩き出す。雨風が凌げる場所へ。


 私はもはや恐怖で頭がいっぱいになり、何もわからなくなっていた。タケルに、ジャケットを被せられたのはなんとなく覚えている。それから、歩いて……どこかの建物へ連れて行かれたのだ。


 建物に入ったからなのか、雷の音が聞こえにくくなる。雨音は一層強さを増しているようだ。バタン、とドアが閉まる音。


「ごめん、有野さん」

 タケルが謝りながら私に被せていたジャケットを取り除いた。

 私はゆっくりと室内に目を向ける。と、


 目の前には、天蓋付きのキングサイズのベッドが置かれていたのである。

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