第33話 未来予想図

「あいつ……バケモンかよ」


 心底悔しそうにそう言ったのは、蓮。


 今日は期末の順位発表である。貼り出された上位順位者に書いてある名前を見て、つい、口に出してしまったのだ。


一位 斉藤仁   492

二位 大和タケル 490

三位 斉藤蓮   489


 今回ばかりは絶対に兄弟間だけでの勝負になると思っていた。兄と弟、どちらが勝つか、それしか考えていなかった。それなのに…、


「食い込んできたな、あいつ」

 後ろから仁が口を挟む。

 ほぼ同率の争いだ。

「いけ好かないヤツ」

「ま、俺は勝ったからいいや。有野にご褒美ねだろう~っと」

「おい! なんだよそれっ」

「大和に勝ったらご褒美くれって言っておいたからな」

「はぁ? 有野、なんかくれるって?」

「いや、断られてるけど」

「だろうな……」


「え? なになに? ご褒美~?」


 下の方から声がする。あずさだ。

「お前には関係ねぇよ」

「そうそう」

 双子に言われ、ぷぅ、と頬を膨らませる。

「なによそれっ。頑張ったご褒美でしょう?」

「なんかくれんの?」

 蓮が屈んであずさに視線を合わせる。


 ちゅ。


「おぅぇっ!?」

 変な声をあげ、頬を押さえながら蓮が尻もちをつく。

「なにその反応。思ってたのと違う…、」

 あずさがむくれた。

「だ、だって、おま、なんだよ、それっ」


 蓮、大慌てである。仁はそれを横目で見ながらなんとも複雑な心境になっていた。

 あずさは幼馴染で、小さいころからずっと一緒だった。父親のこともあり、よく家にかくまったりもしている、いわば妹のような存在だったのだ。


「二人とも、いっぱい頑張ったね。偉い偉い。仁も……?」


 ほっぺにチュウします?


 それをどう受け止め、どう返せばいいのか、一瞬で考えるのは無理がありすぎた。

「いや、また今度で」

 何故かそんな言い回しになってしまう。

 あずさは「ちぇ」などと言ってみたが、断られたわけではない、というところに喜びを感じていた。

「なんだ? 何がどうしたっ?」

 蓮は混乱したまま教室へと戻って行ったのだった。


*****


「お前……なにしたん?」


 信吾が半ば呆れたようにタケルに言った。

 もちろん、期末試験の話である。

「いや、ちょっと浮かれすぎちゃって」

 タケル、半笑いである。

「は? 浮かれてたら勉強どころじゃなくなるのが普通じゃん? なんで逆に勉強しちゃってんの?」

「信吾、タケルに『普通』を当て嵌めるのは無理だって」

 翔が信吾の肩を叩き、言う。


 テストが終わればデート。


 そのウキウキがこれでもかというほど勉強をはかどらせてくれたのだ。などと言っても、皆わかってはくれないのだろうが。


「そういう信吾はどうだった?」

 確か前回は二十位ギリで貼り出されていたのだが。

「今回は十八。なかなか上がらんよ」

 翔は黙って耳を塞いだ。

「そろそろ進路の話も出てくるもんなぁ」

 信吾が溜息交じりに絞り出す。

「タケルって、大学とかなんか決めてるん?」

「いや、別に」

「お前は芸能人にでもなれよ!」

 翔がタケルの背中を叩く。

「は? んなもんなれるわけないだろうが」

「なれるだろ、お前なら」

 信吾までもが追い打ちをかける。

「興味ないよ、そんなの」

「ええー、勿体ない」

「なぁ?」


「……てか、お前らなんかあるの? 夢とか」

 タケルの言葉に、二人が顔を見合わせる。

「あ、俺ら実はあるんだよねー」

「そうそう」

「え? そうなのっ?」

「信吾も俺も、教師目指してんの」

「えええっ? お前らがっ?」

 意外過ぎて失礼な反応。

「信吾は数学、俺は体育。だから信吾は理数系の大学目指してるし、俺は体育大」


 ちゃんとしてる……。


 タケルはまさに目から鱗で二人の話を聞いていた。

「そうか……、お前ら……すごいな」

 素直に、思う。

「俺、どうしよう」


 一気にナーバスになってしまうタケルなのだった。


*****


「芸術大?」

 私はみずきに向かって聞き返す。


「そう。優君、役者になる気はないみたいなんだけど、演出とか、そっち系行きたいみたいなんだ。だから高校出たら別々になっちゃうんだよね」


 今回十一位まで順位を下げてしまったみずきだが、私にしてみればやはり雲の上の話である。本人もそこまで気にしている様子はないようでよかった。そして流れ上、進路の話になったのである。


「へぇ、芸術大かぁ」

「香苗はもう決めてるんでしょ?」

「うん。私は看護系。白衣の天使」

 似合う!!

「みずきは……空手?」

 空手の成績が全国レベルの彼女は、多分推薦で決まりだろう。

「そうだね。どこ行くかまでは決めてないけど、空手の方で考えると思う。志穂は?」

「私……? 私は何もないなぁ。得意も、特技も、したいことも」

 ズーン、と気持ちが沈む。

「そんなのこれから考えればいいんだって!」

 香苗が慰める。

「そうだけどさぁ」


 未来なんてずっと先だと思っていた。でも、もうこの瞬間からが未来なんだ。改めて思うと、変に焦ってしまう。


「あ、ねぇそれより今日だけど!」

 香苗がふんっと足を踏ん張り、身を乗り出す。今日。それは明日の前日!

「あ、そうだね。放課後ね。忘れてないよ!」

 いよいよ明日がみっくんとのお泊りなのだ。香苗は新しい服と勝負下着を買いに行くから一緒に来て、と二人を誘っていた。

「気合い入れて行かなきゃだもんねっ」

 みずきもやる気満々である。

「ついでに志穂のも見てあげるからね!」

「え? 私?」

「そうだよ。志穂も明日でしょ?」

 二人には明日のワンダーランドの件、話しておいたのだ。

「私は別に……、」

「なーに言ってるの! ちゃんとオシャレして可愛いとこ見てもらいなさいよ!」

「ま、大和君ならジャージで行っても褒めてくれそうだけどね」

「あはは、確かに!」

 二人、言いたい放題である。


「ま、折角のお出掛けなんだし、めかし込むのも悪くないよ。志穂、デートしたことないんでしょ?」

「うっ、それは……まぁ」

 もちろん、男子と二人で出掛けるなんて生まれて初めてのことですとも。

「私も香苗もいるから大丈夫! 色々教えるし。ねっ?」

「そうだね。ワンダーランドなら写真撮るのにいいスポットとか、どこで何食べたら美味しいとかも教えるし」

「あ、うん。ありがと」


 なんだろう、今になって緊張してきた。男子と遊園地に行くんだ。私、大丈夫かな……、


「あー、志穂ってば今頃になって実感湧いてきて不安になってるんでしょ?」

 なんでわかるの、みずき……。

「んまっ、可愛い!」

 香苗が私を抱き締める。

「大和君なら大丈夫よ。身を任せてしまいなさい!」

 そう言ってみずきも私を抱き締めた。

「えええ、なにそれぇ」

 私は、不安とドキドキで頭がポーッとしてきた。


 そしてまんまとワンピースなど買ってしまったのである。

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