第32話 溢れる思い

 ついこの前中間テストが終わったばかりのような気がしていたが、気付けばもう、期末テストが近い。しかし、期末が終わればその先は……、


「じゃ、期末終わりの週末にってこと?」

 みずきが香苗に確認を取る。

「うん。一応期末お疲れ様お泊り会ってことにしてあるんだ」

 作戦会議中である。

「わかった。じゃ、それでいこう。志穂はどうする? ほんとに二人でお泊り会、やろうか?」

「ああ、そうだなぁ、アリバイってからにはちゃんと会を開いておいた方がいいかなぁ?」

 真剣に考える。

「真面目かっ」

 香苗から突っ込みが入る。


「あ、でもごめん、私その日は優君とデートだから、集まるとしたら夜ね」

 ふふん、と楽しそうに言った。

「ひゅーひゅー。仲良しさんだね」

 香苗の冷やかしにももはや動じないみずきは、腰に手を当て、胸を張った。


「志穂は? 予定とかないの?」

「……ないよ」

 ぷぅ、と口を尖らせる。

「期末さえ終わればクリスマスも来るし、なんだかワクワクだよね」

 みずきが言った。

「あ、そうだ! 香苗、みっくんへのプレゼントって考えてる?」

「うん、色々候補はあるんだけどまだ絞りきれてないんだ。みずきは?」

「私もなんだよねぇ」

 ああ、もうこうなると私はまったくの蚊帳の外だ。話に入れない……。


「私、ゴミ捨ててくるね」

 パックジュースのゴミを持ってその場を離れる。恋人たちは忙しいな。


「あ、有野発見!」

 仁が走ってくる。

「どうも」

 素っ気無い私の返答にも慣れたのか、いちいち突っかかってはこなくなった。

「なぁ、今度の期末だけどさ」

「なに?」

「大和に勝ったらデートしてよ」

「しません」

 即答。

「いいじゃん、モチベ上げたいんだよぉ~」


「……あのさ、この際だからハッキリ言うけど」

「いや、聞かない!」

 今度は仁が即答する。

「はぁ?」

「それは聞かないことにする。俺、諦められないから」

「ちょ、」

「あの合同体育の日、俺と蓮がどれだけしんどかったかわかるか?」


 後で聞いた話だが、私が倒れたとき、真っ先に駆け寄ったのはタケルだった。双子もあとに続いたが、とても割り込めるような雰囲気ではなかったらしい。


「俺も蓮も、今回はマジなんだよ。有野に振り向いてもらいたくて必死なんだ。大和に負けたくない。わかる?」

「うぅ……でも、」

「あずさに聞いたよ。俺たちに可能性はないって。でも、そんなのわかんねぇだろ? 大和だって、もしかしたら別のやつに気が向くかもしれないしさ」

「え?」


 ドキッとする。


「人の気持ちなんてわかんないだろ?」

「それは……まぁ」

「ってことはさ、有野だって俺とか連のこと好きになるかもしれないじゃん」


 人の気持ちなんて……か。


「だからまだ諦めない、ってこと!」

「……なんでそこまで」

 私のなにがいいのだろう。

「好きになるのに理由はないって。でも好きになっちゃったら、そこには理由があるんだよな。変だよな」

 仁がそんなことを口走る。

「じゃ、ご褒美期待してるからな!」

「そんなのないってばー!」

 私の言葉はスルーで、去っていく。


 私は、ゴミをゴミ箱に投げ捨て、大きく息を吐き出した。


「有野さん?」

「へっ?」

 振り向くと、タケル。

「今の、溜息?」

「え? ああ、違うよ、うん」

 慌てて誤魔化す。

「なんか、元気ない?」

 ああ、また心配されてる。

「そんなことないよ! 元気だよ!」

「嘘。なんか元気ない。なんかあった?」


 なにかあった……? ううん、何もないよ。何もない……はず。なのになんだろう、このもやもやは。黙る私にタケルが言った。


「あ、そうだ、あのさ」

「ん?」

「期末終わりの週末、行こうよ。ワンダーランド」

「あ……、」

「約束したよね?」

「うん」

「じゃ、いい?」

「……うん」

「よっしゃー!」

 タケルがガッツポーズなどしてみせる。

「そんなに行きたかったの?」

 クス、と笑う私に、タケルは満面の笑みで答えた。

「有野さんと一緒にいられるならどこでも!」


 ぐふっ……ストレートだ。


「じゃ、楽しみにしてるから!」

 スキップしそうな勢いで、タケルが去っていく。その後ろ姿を見て、私のもやもやは少しだけ、消えていた。


*****


「んで、タケルは何か考えてんの?」

 信吾がスナック菓子片手に言う。

「なにを?」

「だから、クリスマス!」


 ちゃっかりつばさと付き合い始めた信吾は、最近目に見えて浮足立っている。惚気も増えたし、イベントに煩くなった。


「あー……、まだ何も。だって二か月も先のことだろ?」

「甘い! 甘いな、タケル! 人気スポットや人気の宿は今からの予約じゃ遅いくらいだぞっ?」

 力説する信吾に翔が待ったをかけた。

「おい、信吾、今お前サラッとすごいこと言ったな?」

「え? なに~?」

 信吾はおどけたように誤魔化す。

「わざとかよ! はーっ、嫌なやつっ」

 タケルは二人が何を言ってるのかわからず、

「信吾、変なこと言ったか?」

 と聞いた。

「おっ、タケルは気付いてない!」

「嘘だろ? お前そんなに鈍かったか?」

 二人に言われ、焦る。

「えっ? マジでわかんないんだけどっ」

 慌てるタケルに翔が耳打ちする。

「宿の予約取ったらすることは一つだろ?」

 ニヤ、と笑う。

「おっ、おおおおおおおお!! え? 信吾って、えっ?」


 ウブかっ。


「まだわかんないけどね。ちょっとそんな話も出たりしてるんだ~」

 ウキウキである。

「あああ、俺も彼女欲しい~!」

 翔が心の底からそう叫ぶ。

「タケルと有野さんも進展ねぇよなー。もう、とっとと付き合っちゃえばいいのにさ」

 翔がタケルを見て言った。


「あ、そういえば今回の期末は勝負的なものやらないの? ……って、もはやタケルとは次元が違ってるから出来ないか」

 信吾、もう既に抜かれているのだ。

「あー、そういえば斉藤弟が騒いでたな。期末で勝ったら有野さんはもらうとかなんとか」

「え? なにそれ、勝負すんの!?」

 翔が食いつく。

「しないよ。そもそも有野さんは景品でもなんでもないし。おかしいだろ? そんなの」

 正論である。


「なんか、タケルは余裕だなぁ」

「そうそう。俺だったらあの双子の存在とかめっちゃ焦るわ」

 信吾が腕を組んでしみじみと語る。

「余裕なんか、俺だってねぇよ」

 そうは言っても相手あることなのだ。バカな双子のように、逃げられないよう拘束するわけにもいくまい?

「そうなの?」

 意外、とばかり、翔。

「人を好きになるとさ、わけわかんない感情や衝動でいっぱいになっちゃうよな。そういうのぶつけ合って、少しずつ距離が縮まるんだろ、きっと」

 信吾が言った。

「うわ、やだ、ムカつく!」

 翔は取り残された感たっぷりな空気を一掃すべく、信吾が食べていたスナックを取り上げ、一気に口の放り込むのであった。


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