第26話 かくれんぼ

「なんで邪魔したんだよ、仁!」

 蓮が仁に詰め寄る。


「馬鹿かお前。無理やりなんて駄目に決まってるだろうが」

「無理やりだってなんだって、したいもんはしたいだろっ? お前が来なけりゃしてたよ、俺はっ」

 私を挟んでの兄弟喧嘩である。

「そりゃ、俺だってしたいけどさ、力任せにそんなことしてなんになるんだよ?」

「でもっ」

 私はイラッとして二人を押し退けた。

「もう! 私を挟んで喧嘩しないでよっ」

 声を張り上げる。

「何したいのか知らないけど、やるなら勝手にやっててよねっ!」

 啖呵を切ったつもりが、二人が急に笑い出す。

「は? なんで笑うのっ?」

「いや、だって有野」

「危機感なさすぎでしょ!」


 ……危機感?


「え? 私、危険なの?」

 その一言で、更に爆笑する。

「ちょっとぉ、なんで笑うのよぉ!」

 なんだか恥ずかしくなる。

「マジでお前、最高過ぎ!」

「ほんと、ウケる!」

 さっきまで喧嘩してた二人はどこへやら、非常に楽しそうである。

「あのさ、この状況、わかってる?」

 ジャラ、と手を上げる。手錠のせいで私の手も引っ張られる。

「性質の悪い悪戯」

「ぶはははは」

「なにそれ!!」

 また笑う。

「有野さ、なにしたいか知らんけど勝手にやってろって言ったよね?」

「うん」

「俺たちがしたいこと、知りたい?」

「なによ?」

「有野と」

「キス」

 双子がじっと私を見た。

「……は?」

 思わず後ずさる。ジャラ、と手錠が鳴った。


「やっと状況が飲み込めたみたいだねぇ」

「勝手にやっていいんだっけ?」

 ジリ、と双子が迫る。

「ちがっ、ダメダメ、今のナシ!!」

 慌てて否定する。

「でもさぁ」

 仁が鎖で繋がれた私の手を取る。蓮も同じように、私の手を取る。そのまま壁に押し付けられ、動けなくなった。

「こんなに簡単に捕まっちゃうんだもん」

「悪戯したくなっちゃうよなぁ」

「やだやだ、ちょっと待ってよぉ」

 さすがに鈍い私でも状況を把握したのである。と、


 ブブブブブ、


 携帯が鳴る。


「おっと、始まるぞ」

 仁がポケットから携帯を出す。画面を確認すると、蓮に

「開始だ」

 と告げた。

「よーっし、いこっか~」

 蓮がそう言うと、二人は私の手を握り歩き出したのである。


「どこに!?」

「かくれんぼ」

「そ。かくれんぼ」

 私は二人に引きずられるように連れて行かれる。三階の、奥。

「……音楽室?」

 バタン、とドアを開けて中へ。

 更にその奥。グランドピアノが置いてある部屋。

「ここ、なんだか知ってる?」

「ピアノの部屋?」

 素っ頓狂な私の返答に、また二人が笑う。

 そして扉を閉める。耳に、違和感。

「ここは、」

「防音室です」

「どんなに叫んでも」

「外に声は聞こえない」

「はぁぁぁ?」

 確かに、耳が変。音が吸収されて響かないからか。

「有野はあと三十分で」

「俺たちとキスです」

 は?

「何の話?」

「ゲームだよ、ゲーム」

「そ。今日の劇、最悪だろ」

 キスシーンのことか。

「だから、あれは私じゃなくアリアナがキスしたの! 私じゃないのっ!」

 そう、説明してるのに。

「そんな話で納得出来ると思ってんの?」

「あんなのフェアじゃないだろうが」

「フェアって、なにが?」

 わけがわからず、私もキレはじめる。

「大和だよ」

「あんなの卑怯!」

「だから大和にかくれんぼゲームを挑んだわけ」

「手錠の鍵渡して、六時までに見つけられなければ有野の唇の保証はない、ってね」


 ……男って……馬鹿だ~


 私は自分が鈍いことは棚に上げ、そんなことを思う。

「この広い校舎から有野を探すのは、三十分じゃ無理だろ?」

「だから有野はもうすぐ俺たちとキスすることになるのだよ」

「もう、決定事項なんだからさ、ちょっとフライングしてもよくね?」

 蓮がニヤつきながら言う。

「ここ、どうせ防音だし」

 にじり寄る。

「ちょっ」

 蓮を押し退けようとするが、逆に手を掴まれ引き寄せられる。

「怯えた有野も、可愛いなぁ」

「やめろって、蓮」

 またしても仁に邪魔され、ムッとする蓮。

「なんだよ、仁」

「ゲームはゲームだ。ちゃんと時間は守れよ」

「真面目かよ!」

「あと三十分、その間に有野をその気にさせておけよ」

「ああ、それもそうか」


 二人が私をピアノの長椅子に座らせ、横にぴったりと身を寄せ並ぶ。そして耳元に口を寄せた。


「有野~」

「志穂~」

「ひゃあっ」


 吐息がっ、耳にっ


「やっぱり耳弱そう」

「これ三十分やってたらオチるかな」

「あーのーねぇ!!」

 私はありったけの声を張り上げた。

「あんたたち、大和君にかくれんぼ勝負なんて馬鹿じゃないっ?」

「は?」

「なに?」

 私は自信たっぷりに言ってやった。

「悪いけど、大和君はすぐにここを見つけるわよ?」

「はぁ?」

「そんなわけないじゃん」

「いいえ、すぐ来ますっ」


 だって、大和君は、私のいるところがわかる。多分。ううん、絶対。


 公園のときも。

 コンビニのときも。

 真っ直ぐ私のところに来ていたから。


 バンッ


 荒々しく扉が開いた。


「有野さん、無事っ!?」

 そこには鬼の形相でタケルが立っていたのである。

「ほら、ね? 言った通りでしょ?」

 私はふふん、と自慢げにそう言った。

「なんで……」

「ここにいるって誰にも言ってないのに」

 双子はただ、驚くばかりである。

「こんなゲーム簡単よ」


 だって、頭にアンテナ付いてるんだもん。


*****


 タケルが持ってきた鍵を使って手錠を外す。


 殴り合いの喧嘩になりそうだったが、なんとか止める。舞台上でのことをタケルが一切弁解せず、素直に謝ったからだ。あまりにも素直に謝られ、双子も毒気を抜かれてしまったらしい。


「てかマジでなに? 有野にGPSでも付けてんの?」

 仁が聞く。

「付いてないわよ、そんなの」

「だってよー、おかしいじゃん」

 蓮も文句タラタラだ。

「大和を苦しめつつ有野との時間を楽しむはずが、あっという間に来ちゃうなんてさー」

 悪趣味極まりない。

「なんで大和が来るってわかったんだよ」

 蓮が面白くなさそうに聞いてくる。

「ん~、なんとなく? 大和君、かくれんぼ得意だって言ってた気が……するし?」

 上目遣いにタケルを見る。

「え? あ、うん、そう」

 タケルが話を合わせる。


 何故か四人で仲良く校舎を歩くことになり、おかしな気分だった。


「ああっ、タケル!?」

 翔が向こうから走ってくる。

「あ、相田君!」

 私の姿を見、膝から崩れ落ちる。

「え? 相田君っ?」

「あああ、有野さん、無事ぃぃ?」

「もしかして、探してくれてたっ?」

「探したよぉ、今、信吾と牧野さんも探しに行ってくれてるぅぅ」

 どうやら短時間の間にだいぶ大事になっているらしかった。


 双子が揃って肩をすくめた。

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