第14話 勉強会

「ということで、勉強教えて!」


 私はみずきを前に、拝み倒していた。


「まぁ、教えるのはいいけど、」

「けど……?」

 香苗がポン、と手を叩き、

「わかった! みずき、志穂が負けた方が面白いって思ってるんだ!」

「ピンポン!」

「えええ、酷い~!」


 昨日の勝負の話を二人に聞いてもらい、学年トップテン常連のみずきに力を借りるべくこうして頭を下げているのだ。


「だってさ、大和君が何をお願いしてくるか、興味ない?」

「あるある~! 俺と付き合って、とか言ってくるかな~?」

「きゃー! 志穂、負けちゃえ!」

 勝手なもんである。

「もー、私は真剣にお願いしてるんです!」

 勝負なのだから、勝てばいいのだ!

 特に聞いてほしいお願いなどなかったが、自分が勝てばおかしなことにはならないはず。


「そこまで言うなら教えてあげるけどさ。志穂って、何が得意で何が不得意?」

「……満遍なく平均値です」

「あー、何もないのか」

「私は理数だけ教えてほしいなぁ」

 なぜか香苗が便乗してくる。

「わかりましたとも! では、放課後図書室に集合ですな!」

「わー、みずき様~!」

「ありがとうね~!」

 思いっきり、崇め奉っておいた。


*****


「だからさ、勉強会、どうかなって思ってぇ」


 相変わらずの猫なで声は、牧野つばさ。試験前は練習が出来なくなる。だったら会う口実を作ればいいんじゃないか、ってことで勉強会を提案しているのである。


「三上君、確か頭良かったよね? だからさ、教えてくれないかなー、って」

 呼び出しを食らったのは信吾だった。なるほど、脇から固めていこうと言う作戦か。

「俺、勉強教えたことなんかないんだけど」

「大丈夫だよぉ」

 ベタベタと腕を触ってくる。

 ちょっと嬉しい信吾であった。

「まぁ、やってみるか。タケルの勉強見るって約束しちゃってるから、何人でやっても一緒だろうし」

「やった! じゃ、放課後ファミレス集合でいい?」

「わかった。言っておく」

「ありがとー! じゃ、よろしくねー」

 浮かれた足取りで去るつばさを見て、

「牧野さん、可愛いよなぁ」

 と呟いていた。


「そうかなぁ?」


 背後からぬっと顔を出したのは翔。

「うわ! お前いつからそこにいたんだよっ」

「えー? さっき。てか信吾ああいうのが好み? 意外だな」

「そうか? 変かな?」

「いや、変じゃないけどさ」

「そういう翔はどんな子が好きなんだよ」

「は? 俺? 俺はまぁ、あれだな。今はサッカーが恋人だな」

 腕を組んで、カッコつけポーズを取る。

「なんだそれ!」

 教室に戻ると、タケルが教科書を開いていた。

「あいつ、マジでやる気満々だな」

「……だな」


 そして、それぞれの勉強会が始まる。


*****


「そうそう、そしたらそこに公式当て嵌めて」

「公式ね。えっと、これでしょ?」

「そう! 香苗は飲み込みが早くて素晴らしいですね! それに比べて、志穂さぁん?」


 私、教えてもらってるのにちんぷんかんぷんで一向に先に進まないのだ。


「うわーん、私には勉強の才能がないんだ」

「志穂、勉強は才能じゃなく努力なの。口はいいから手を動かしなさい」

 ピシッとお説教を食らう。

「ハイ」

 私はもう一度最初から取り掛かることにした。数学と物理はやってもやっても謎が深まるばかりだ。


「あれ? 川原さん?」

 声を掛けてきたのは優希。

「え? あれ、原君?」

 パァァっとみずきの顔が明るくなる。花が咲いたようだ、とは正に言い得て妙である。

「川原さんたちも試験勉強?」

 優希はクラスの友達なのだろうか、背の高い、知らない男子二人と一緒だった。

「おい、優希、もしかして…、」

 一人が優希を突っつきながら、言った。

「あ、うん、そう。こちら、俺の彼女の川原みずきさん」

 ヒュ~、という声とみずきの照れた顔。

「川原さん、これ、クラスのダチで斉藤仁と、蓮。こう見えて双子」

「え? そうなの?」

 顔が全然似てない。

「二卵性だから似てないんだ」

「そうなんだ」

「川原さんは噂通りだな」

「そうだな」

 双子がニヤニヤしながら言った。

「噂って何っ?」

 みずきが優希に尋ねる。

「ええ? あ、いや、」

優希が口ごもる。

「めっちゃ可愛いって聞いてたから、ねぇ?」

「言ってたよねぇ?」

 さすが双子、息ぴったりである。

「やだもうっ」

 バシ、とみずきが優希の背中を叩く。


「で、そっちの二人は?」

 仁が私たちを指して、言った。

「あ、私はみずきの友人で有野志穂。こっちは樋口香苗です」

 私が率先して自己紹介をする。香苗は人見知りなので、初対面相手は苦手なのだ。

「みんなで勉強?」

「うん、そう」

「じゃ、一緒にやらね?」

 蓮がそう言ってきた。

 みずきはまんざらでもなさそうだが…、

「今日、図書室五時で閉めちゃうんだって。だからファミレス行こうかってさっき話しててさ。川原さん、どう?」

 優希が誘いを掛ける。

「そっか、どうする?」

 私と香苗は顔を見合わせた。

「あ、私は帰るよ。みんなで行っておいで」

 香苗は一抜け宣言。やはり初対面男子が無理なのか。

「志穂は?」

「あ、うん、いいよ。私は行く」

「じゃ、決まりな~」

 仁と蓮がカバンを背負う。

「香苗、ごめんね」

 みずきがこっそり謝る。香苗は笑って

「いいのいいの、私はさっきみずきに教わったことを踏まえて家でやるから」

 そう言って先に帰ってしまった。


「じゃ、行きますか~」

 仁が先頭に立って歩き始めた。

「川原さんて、頭いいよね」

 蓮が言う。

「そういう斉藤君たち、いつも学年五位以内じゃなかった? 名前だけ知ってたよ、私」

「ええっ? そうなの?」

 この空間に学年トップテンのうち三人がいるのか! レジェンド!

「有野と俺だけかよ、落ちこぼれは……」

 優希がおどける。

「ちょっと、一緒にしないでよ」

「はぁ? お前が言うか!」

 軽口叩き合う私と優希を見て、双子が言った。

「え?」

「優希と有野さんって、」


「同中」

「同中」


 思わずハモる。


「なーる」

「今日は色々わかっちゃったな、仁」

「だなー」

 ククク、と含みのある笑い声を上げる。

「なんだよ」

 優希が突っ込む。

「いや、急に優希が勉強教えろとか言い出したから、なんだろうなーと思ったわけよ」

「そしたら、あれだ。彼女が頭いいから追い付きたかったんだなーってわかってさー」

「可愛いなー、と」

「おい! やめろよ!」

 逃げる双子。追う、優希。私はみずきと顔を見合わせ、笑った。

「あ、ねぇ、ちなみに有野さんってフリー?」

 蓮が遠くから叫んだ。

「はっ?」

「だーかーらー。彼氏、いるのー?」

 大声でそんなこと聞くな!

「秘密ですぅー!」


 私はそう答え、後を追った。

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