第13話 勝負
それから数日が過ぎた。
何事もない平和な数日であった。
相変わらずタケルは棒読みで、劇の練習は困難を極めていたが。
「う、ん。大和君、そこはもっとこう、気持ちを込めて、ガバーッと行っちゃってほしいんだけどなぁ」
監督兼実行委員の亜紀が台本片手にアドバイスをするものの、タケルはため息をつくばかりである。
私は私で『悪徳っぽさをもっと出せ』と指示を受けているのだが、悪徳っぽさって、なに? って感じである。
「じゃ、少し休憩しよう」
その言葉を聞き、全員が一息つく。本番まであまり日もないため、焦りも感じ始めてきたのだ。しかも来週は中間テスト。文化祭の練習も今日を区切りとし、次は試験明けまで出来ない。
休憩に入るとすぐ、つばさはタケルの元へ飛んでいく。お菓子を渡してみたり、わざとらしく台本を見ながら話しかけたり、ある意味彼女は本当に努力家である。
「有野さーん」
私はというと、あのコーヒーショップの写真以来、つばさに徹底的にマークされている。そのため、軽くハブられている感じだ。それを知ってか知らずか、この二人はよく声を掛けてくれる。翔と信吾である。
「お疲れ。大分進んできたよね」
翔が言った。彼は器用なタイプらしく、お芝居もそつなくこなしていた。
「俺、セリフ覚えるのがきつい~」
信吾はどちらかというと下手。でもとても一生懸命やっていた。
「そうだね。私もうまく出来ないな」
悪徳っぽさ……、
「え? そう? 有野さん上手いと思うけどなぁ?」
「またまたぁ、なにも出ませんぜ、旦那ぁ」
私がふざけて肘で信吾を突く。
「うわっ、悪徳令嬢、やっぱ悪だな!」
「なにそれっ、あはは」
なんてことない会話である。
が、そんな私たちをジーッと見つめる視線。最初に気付いたのは翔。
「あ、タケルが怖い顔でこっち見てる」
「マジで? あ、ほんとだ」
二人はニヤニヤしながらタケルに手を振って見せた。タケルはそれを見てムッとした顔をすると、ツーンとわかりやすく顔をそむけたのである。
「あいつ、マジで可愛いし」
「でもこれあとで絶対怒られるパターン!」
「有野さん絡み、洒落通じないもんな」
「……あ、ソウデスカ」
気恥ずかしくて棒読み。
「あ、そういえばさ、来週から中間じゃん?」
「え? あ、うん」
「有野さんて、頭いい?」
「え? 私? 別に……普通じゃないかな」
モブですよ? 頭いいわけないでしょ。
と、心の中でいじける。
「中間で赤点取ると補習で文化祭の練習出来なくなるから、キャスト陣は絶対赤点取るな、ってお達し来てたよな」
「ああ、そんな話、あったね。二人はどうなの? 成績」
サッカー部って、部活ばっかりやってるイメージなんだけど。
「俺は中の下くらいかな~」
と、翔。
「俺はなんと、上の中!」
「ええっ?」
思わず声が出る。
「ええ、って、なに。失礼じゃね?」
信吾がむくれる。
「あ、ごめ、だって頭いいイメージ持ってなくてさ、ぷぷ、ごめん」
いつものおちゃらけキャラからは想像出来なかったのだ。
「サッカー部、実は勉強出来るやつ多いんだぜ。みんな地頭いいのかもな」
「あ、でもタケルは」
「そうだ、あいつめっちゃ頭いいのかと思いきや、な」
「違うの?」
私もタケルは頭がいいのかと思ってた。
「中の中なんだって、ウケる~」
「そうなんだ。私と変わらないんだね」
意外だな。何でも出来ちゃう人だから、頭もいいんだと決めつけていたけど、私と同じくらいなんだ。
と、ちょっと親近感。
「あ、ねぇ今度の中間さ、勝負しない?」
そう提案してきたのは翔。
「勝負?」
「信吾は頭いいから入れないけど、俺と有野さんとタケルで、誰が一番点数取るか」
「ええー?」
「いいじゃんやろうぜ。そんなことでもないとモチベーションが上がらんて」
まぁ、言ってる意味は分かるのだが。
「負けた人罰ゲーム?」
信吾が意地悪く笑う。
「いや、勝った人に勝利の報酬のがいいだろ」
「報酬って、なによ?」
まさかお金賭けるんじゃないわよね?
「一つだけなんでも言うこときく、みたいな」
「お! それいい! 楽しそう!」
「えええ、」
「やろう! 楽しそう! 勉強する気になってきた!」
翔はもうやる気満々だ。
「タケルにはあとで言っておく! じゃ、有野さんそういうことで、テスト頑張ろうな」
親指をグッと立て、行ってしまう。
「勉強かぁ。まぁ、確かに気合は入るかも」
何でも言うことをきく、か。私が勝ったら何をしてもらおう? とふと考え、気付く。
「これって、私に何のメリットもないかも」
またしても嵌められたのでは?
今更ながら、後悔するのだった。
*****
「マジでムカついた」
タケルがむくれていた。
「だーかーら、ごめんて」
翔が片手で拝む。
「お前ら、有野さんと仲良くしすぎ」
「ヤキモチ焼きだな、タケルは」
信吾が茶化す。
練習の帰り道、三人は並んで歩いていた。いつも練習終わりにつばさに呼び止められるため、他の皆より帰りが少し遅くなる。翔と信吾は憐れんで、いつもタケルを待っていてくれるのだ。
「俺、全然喋れてない」
「だなー。牧野さん、目ぇ光らせてるもんな」
「俺も喋りたいのに」
いじけている。
そんなタケルが可愛くて仕方のない二人だった。
「そこで、だ」
コホン、と前置きをし、翔が言った。
「そう、俺と翔、二人で考えたわけだ」
「考えたって、何を?」
「タケルさ、有野さんが何でもいいから一つだけ言うこと聞いてくれるとしたら、なにしてほしい?」
「はっ? ばっ、なんだよ、それっ」
「うわ、こいつ絶対変なこと考えたぞ、今!」
「変なことなんか考えてねぇ!」
「タケルも健全な男子だもんな」
翔がタケルの肩に手を回した。
「なんかいいことしてもらっちゃうか」
反対側から、信吾。
「だから、なんなんだよ!」
「あー、今度の中間テストだよ」
「そ。お前と翔と有野さんで、勝負な」
「勝負?」
「中間で一番点数よかったやつに特別報酬だよ。『何でも言うこと聞いてもらえるチケット』のな」
いつの間にかチケットになっている。
「なんでも……、って、それ、有野さんオッケーしたの?」
「した!」
「テストへのモチベーションアップのためだけど」
オッケーした……。
ということは、これは、
「よっしゃ! 俺が取る! そして俺の言うこと聞いてもらう!」
言葉尻だけ聞くと、やはりどこか下心満載感が否めない。
「俺ら、いい仕事してんだろ?」
翔がドヤ顔でカッコつける。
「翔も信吾も頭いい!」
ワシワシっと二人の頭を撫で、タケル。
健全な男子高校生のじゃれ合いである。
「信吾、数学と物理教えろ。あと、誰か英語出来るやついたっけ?」
「おいおい、やる気満々だな、タケルぅ」
「ちゃんと俺らに感謝しろよなー」
三人はわいのわいのしながら、帰路につくのだった。
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