第11話 ヒーロー現る

 公園を通り抜ける。


 ちょうど真ん中辺りに時計台が立つ広場があった。その周りには子供たちが遊ぶ遊具などがある。もちろん今は誰もいない。

 時計台の文字盤は七時を少し回った辺り。

 その広場を抜けると、あとは公園の出口まで真っ直ぐだ。途中、右側に公衆トイレ。薄明かりが見える。


 が……、


「あれ?」

 時計台から向こう、何故か暗い。

 街灯が消えているのだ。

「やだ、故障?」

 遠くに見える公衆トイレの薄明かり以外、何もない。

 私は携帯を取り出すと、少しでも明かりを取ろうと電源を入れる。

「ん?」

 学校からのお知らせ通知が届いていた。何の気なしに開く。


『不審者情報のお知らせ』


 件名にはそう書かれていた。

 場所は……、


「嘘でしょ」


 ココ、だ。


 知っていたら来なかった。まさかとは思うが、不審者相手に戦えるほど強くはない自覚がある。いや、本当は何者であろうと戦えるはずもないわけで。


 一瞬、考えた。

 今来た道を戻って大通りを抜けるのか。

 このまま突っ走るのか。

 後ろを向く。来た道のりを考えると、突っ切った方が早い。

 私は覚悟を決めた。

「今日は走る日なのかしらね」

 半ばうんざりしながらゆっくりと走り出す。

 しかし暗いのだ。全速力は無理。携帯で足元を照らしながら、ゆっくり目に走った。


 ガサッ


 近くで何かが動く気配を感じ、思わずびくつく。不審者だったらと思うと身のすくむ思いだ。

 なるべく気にしないように先を急ぐ。が、


「わっ」


 足元の何かに躓く。

 不意打ちだったので、派手に転んでいささか膝を打った。


「……った~」

 携帯を照らすと、くたびれた三輪車。ちょうど後ろの車輪に足を引っ掛けてしまったみたいだ。

「なによもう、こんなところにっ!」

 立ち上がると、携帯の明かりを当てながら三輪車を道の端に移動した。第二、第三の被害者を防ぐためである。

 その時だ。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」


 突然声を掛けられ飛び上がる。


「ひゃぁぁっ!」


 これには相手も驚いたようで、うぉ!などと声を上げていた。

「あ、失礼しました。こんなくらい場所で女性一人のようだったので、危ないと思いまして……、」


 暗くてよくわからないが、スーツのようなものを着ている。仕事帰りのサラリーマンだろうか。私は警戒しながら距離をとると、

「あ、三輪車でちょっとコケちゃいました。大丈夫ですので!」

 早口でまくし立て、小走りに出口に向かった。が、


 グイッ、と腕を掴まれる。


「さっき転びましたよね。足、消毒した方がいいですよ。トイレに水道ありますから」

 公衆トイレに連れて行こうというのか。


 私は全身の毛穴がブワッと開く感じと、頭の奥の方がきゅっと摘まれるような、なんともいえない不快感を覚えた。


「結構です! 放してください!」

 腕を振りほどこうとする。

「そんなに暴れないで、さぁ」

 なおもぐいぐいと腕を引っ張る。

 全身を変な汗が流れる。


 怖い!


 その時だ。


「有野さん!」


 暗闇から、声。うっすら見える、あれは……触覚!!

「大和君っ!?」

「お前、何してんだよっ!」

 携帯の薄明かりに照らされた青い二本の触覚。男に掴み掛かると、そのまま投げ飛ばした。今の、一本背負い?


 男はグエッという音を発し、そのまま動かなくなった。私はがくがくと震える足に何とか力を入れようとするのだが、力が入らない。そのまま地面に座り込んでしまった。


「有野さん、怪我はっ!?」

 ありがとう、助かった。でも、なんでここに?

 口に出したつもりが、言葉も出ない。

「怖かったよね、もう大丈夫だから」

 座り込む私を包み込むように、抱きしめる。

「俺がいるから。大丈夫だから」

 何度も大丈夫、と言いながら背中を撫でてくれた。私は溢れる涙を見られまいと必死で声を抑える。

「ちょっと待ってね」

 私が落ち着くのを待って、タケルはカバンから何かを取り出す。紐?

 その紐のようなもので倒れている男を縛り上げているようだ。

「これでよし、と」

「何したの?」

「サッカー部で使ってる鉢巻で縛っておいた。あとで警察に連絡しておくよ。さ、有野さん立てる?」

 差し伸べられた手を取る。なんだかまだフラフラする。

「とりあえずどこかでお茶でも飲もうか」

 そう言うと、私の手を取り歩き始める。


*****


公園を抜け、繁華街へ。


私はタケルに言われるがまま自宅に連絡し、文化祭の準備で少し遅くなると告げ、タケルはその間、公衆電話から警察へ通報していた。匿名での通報にしたいと、わざわざ公衆電話から掛けたのだ。

 そして二人でチェーンのコーヒーショップへ入り、タケルはコーヒーを私はカフェラテを飲みながら落ち着いたのである。


「あのあとさ、教室でちょっとだけ練習したんだ。でもイマイチやる気出なくてすぐ切り上げちゃったんだよね。校門辺りで川原さんに会ってさ、そしたら有野さんがさっき帰ったって聞いて、もしかしたら追いつけるかなーと思って」


 努めて明るく話をしてくれているのがわかる。


「なんか俺、ストーカーっぽいかも、とか思ったけどさ、一緒に帰れたらラッキーだな、って思っちゃって」

 私はただ頷いていた。


「もっと早く追いつければよかったんだけど…ごめん」

「え?」

「俺がもっと早く有野さん見つけてたら、」

「そんな、大和君は何も悪くないじゃない」

 むしろタケルのおかげで大事に至らなかったのだ。


 ふと、ウインドーを見ると、何台かのパトカーが横切っていく。きっと公園に向かっているのだ。ウインドーに映る、影。後ろ姿の青い触角がうなだれている。


「大和君て」

「え?」

 パッと顔を上げて、タケル。

「柔道も強いの? さっきの、背負い投げだよね?」

 私も努めて明るい声を出す。

「ああ、あれ? あはは、実は今日の体育で習った技を咄嗟に試しただけなんだ。成功してよかったよ」

 恥ずかしそうにおどける。

「すごいな、何でも出来ちゃうんだね」

「そんなことないよ。演技は最高に下手みたいだし」

「あ、それね」

 ふふ、と笑うと、不意にタケルが私の手を取った。

「ほんと、無事でよかった」

 私の手を包み込み、さわさわと撫でる。

「うん、本当にありがとね」

 私はやっと、お礼が言えた。

「ごめん、こんなところでなんだけどさ、」

「え?」

「ちょっとだけ、いいかな」

 そういって立ち上がると、私の横に座り直す。そっと私の頭に手を回し、そのまま抱き寄せた。

「有野さんが無事で、よかった」


 タケルの肩に顔を埋めるような格好で、でもそのときの私は逃げたいとはまったく思わず、本当に、ただ、安心しきって目を閉じていたのである。

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