第10話 暗雲立ち込める

 その日はなかなか人が揃わず、劇の練習はなんとなくだらけた雰囲気になっていた。サッカー部三人はいないし、他にも部活にいってしまった子がいる。タケル目当てのつばさにとっては、タケルのいない劇の練習などやる意味もないのかもしれない。


「あーあ、サッカー部、早く終わらないかなぁ~」

 仕舞いにゃぼやき出す始末。

「ねぇ、つばさ、このシーンだけどさ」

 実行委員でもある椎名亜紀が今回の台本、演出も担当していた。この二人は普段から仲がいい。ガッツリ徒党を組んでいるのは誰の目にも明らかだ。

「あ、うん。例のとこね」

 つばさがパッと顔を輝かせ、台本を覗き込む。

「こんな感じでどうかな?」

「どれどれ……やだっ、いいんじゃない? これなら辻褄も合うし大和君にもバレないと思うっ」


 ……ん? バレない?


「でしょ? 大和君にはフリだけって言ってあるけど、はっきり言って本番なんかやったもん勝ちだからね!」

「だね~!」

 きゃはは、と甲高い声で騒いでいる。やったもん勝って、もしかして…キスシーンかな。


 私は一瞬あのキスを思い出してしまい、慌てて頭を振った。


「あ、ねぇ、有野さぁん」

 いやーな感じを携えてつばさが寄ってくる。

「え?」

「有野さんてぇ、大和君のこと、別に好きじゃないんだよねぇ?」

 ストレートな質問だ。

 どう答えたものかと思いつつも、変な誤解を生まないように、言っておく。

「大和君は、いい人だと思う」


 このくらいでどうだろう。


「いい人、かぁ。それってさぁ、恋愛対象ってこととは違うよねぇ?」

「あ、うん……まぁ」

「あー、よかった~! 私は大和君が好きだからぁ、絶対邪魔されたくないしぃ。一応確認しておきたかったんだ~」


 おいおい、目が笑ってないよ。


「あのさ、私今日はもう帰るね」

 これ以上絡みたくないので、撤収を要求する。つばさはドヤ顔で、

「いいよ~! この先は私と大和君のシーンだしね。じゃ、ばいばーい!」

 早く消えろ、位の勢いだ。

「じゃ」


 私は荷物をまとめ始めた。

 ちょうどそこにサッカー部の三人が入ってくる。

「遅くなってごめんなー」

 翔が教室のメンバーに声を掛けた。

「大和君、部活お疲れ様ぁ! 早速だけど、練習、しよ?」

 わざとらしく小首を傾げ、猫なで声を出す。

 私は、そんなことには構わずカバンを背負う。それに気付いた信吾が声を掛けてくる。


「あれ? 有野さん帰っちゃうの?」

「あ、うん。私のシーン、今日はお仕舞い」

「そっかー、お疲れ」

「またね」

 背後では二人のシーンが始まろうとしていた。ああ、つばさは驚くだろうな。タケルの真に迫る演技に…、


 そう思っていたのだが。


「……え?」


 タケルは、最初のときの棒読みのままだった。どこまでも無機質な教科書読み。芝居のしの字もない、どうしようもないアレに。


「え? なんで? え?」

 私の慌てっぷりに、信吾が首を傾げる。

「どうかした?」

「あ、うん、昨日……さ、大和君めちゃくちゃ上手かったんだけど」

「カラオケボックスで?」

「うん」

「なんかアドバイスとかしたの?」

「ありきたりだけど『気持ちをこめてやればいいんじゃない?』とは言った」

 その言葉を聞き、信吾がニヤつきながらタケルの演技を見、

「は……ん、なるほどねぇ」

 と言った。

「なに?」

「要するに、牧野さん相手では気持ちがこもらない、ってことでしょ」

 意味深な視線を私に向けてくる。


 うっ、


「じゃ、サヨナラ」

 墓穴を掘ったか……。


 私は赤い顔を見られないようにグッと下を向きながら教室を後にした。


*****


 昇降口に行くと、みずきとばったり出くわす。


「あれ? みずき今帰り?」

「あ、志穂」

「一緒に帰ろう」

 いつもの調子でそう言ったのだが、みずきは顔を曇らせた。

「お待たせ」

 外から入ってきたのは、

「あー……、そっかそっか~、ごめぇん」

「あれ? 有野じゃん。珍しいねこんな時間に」

 原優希。二人は待ち合わせしていたのだ。邪魔者は退散せねば……。

「劇に出ることになっちゃってね、練習だったんだ」

「ああ、クラスのか! へぇ、有野がねぇ」

 ニヤつきながら、優希。

「なにその言い方! 私、そこそこだよ?」

「マジか! 今度見せてよ」

「やなこった。本番までは企業秘密ですー」

「あはは」

「あ、じゃみずきまた明日ね! 優キン…じゃない、原君、みずきのことよろしく!」

「あ、え? 志穂?」

「私は先を急ぐから。ばいばーい!」


 本当は急いでなどないが、仕方なく、走ってその場を去る。ああ、さっきのみずき、なんだか可愛かったな。恋する女は可愛いな、なんてことを思いながら。


「行っちゃった……ね」

「うん」

 みずきと優希は顔を見合わせて、

「志穂、知ってるかな? あのニュース」

「学校メールで通知来てたからな、知ってんだろ」

「ならいいけど……、」


 みずほが携帯の画面を見、呟いた。


*****


 ある程度まで来たところで走るのをやめる。運動しない私にはちょっと走るだけでも結構な負担だ。これはいかん、少しは運動しないと駄目かも…。


 ここ最近、なんとなく避けて通っていた公園に差し掛かる。タケルが鉄棒で大車輪していた公園だ。ついこの前のことなのに、なんだか遠い昔のことのようだ。


「今日は、いいか」

 タケルは学校にいるのだし、会うことはない。ここを通ると時間も短縮になる。私は少し暗くなり始めた公園を突っ切ることにした。


 あの日以来なんとなくここを避けていたが、タケルは毎日部活で遅いのだから、ここを通っても会うわけではない。そんな当たり前のことに今更気付く。

「避ける必要なかったか」

 独りごちる。


 さすがに遊んでいる子はもういなかった。この公園はジョギングをする人なども多いので、人っ子一人いなくなる、と言うほど寂しい感じもない。公園内には街頭も多いから暗くもない。なので、特に危険を感じることもなく入ってしまったのだが……。


 今日は、違っていたようだ。

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