第14話-③ 悪役令嬢はお別れの挨拶をする


■王都アヴローラ 王宮前の大通り東端「調和の広場」前 エルタ小月(8月)10日 12:00


 私達は手をつないだまま、熱い石畳の上を歩いていた。

 狂ったような夏の日差しを浴びて、流れる汗がぽたりぽたりと石の上へ落ちていく。

 腕を縛り上げる縄が食い込み、じんじんとした痛みが歩くたびに強くなる。


 子供、大人、若者、老人……。

 大勢の人々が、沿道から罪人である私達を見ていた。

 勇者を殺し、人類の敵だと言われた私達を、ただじっと無表情に見つめていた。


 ……さあ、蔑め。怒れ。お前たちの敵がここにいる。お前たちを苦しめた嫌われ者が、いま歩いている。


 ひゅんという空気を切る音がした。肩に痛みが走る。目の前に転がる小石を見て、私は誰かから小石を投げつけられたのだとようやくわかった。

 ユーリスが人々に背を向けて、私をかばうように寄り添う。


 「大丈夫です」


 そう言いながら、ユーリスは私を安心させるように、にししと笑った。


 それが合図になった。

 多くの人々が私達を罵り、怒り、辺りにある物を、次々と私達に向かって投げつけ始めた。


 小石、生ごみ、ガラスのビン、そして死ねという言葉。


 衛士は狂いだした群衆を制止しようとしたが、大勢の人々の前では無意味だった。


 飛んでくる物が数を増す。そのいくつかは私達に当たった。痛みに負けず、ユーリスと私はお互いをかばうようにして歩いていく。止まってしまったら負けだと思ったから。


 ユーリスの額に大きな石が当たる。血を流し、痛みに顔をしかめている。


 「大丈夫ですか!」

 「これぐらい平気です。気にしないでください。さあ、先へ行きましょ。ね、ファルラ」


 血を流したまま微笑むユーリスを見て、私の中に泥のような感情が渦巻いていく。


 これが、人のやることなのか?

 これが、私が勇気を出して救った人々なのか?

 これが、私が助けようとしている人類というものなのか?


 私は嫌われ者だ。

 悪役だ。悪役令嬢だ。


 わかっていたはずなのに。

 こうなると知っていたのに。


 でも、それでも……。

 なぜ……。


 なぜ、ユーリスを傷つける!


 「うわぁぁァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 私は叫ぶ。思い切り叫ぶ。あふれる感情のまま、絶叫する。


 人々の動きが止まった。

 私を凝視したまま、上げていた腕を降ろしていく。

 私達が自分と同じ人間だったと、ようやく気づいたようだった。


 「ほら。泣かないで、ファルラ。いいんです。これで」


 いつのまに泣いていたのだろう。私を顔を振り、涙を飛ばす。


 「行きましょう」


 私達は歩き出す。最後を迎えるその場所へ向かって。



■王都アヴローラ 王宮前の大通り東端「調和の広場」 臨時火刑場 エルタ小月(8月)10日 12:30


 大きな木の杭に縛られた私達を、暑い日差しが容赦なく照らす。汗が落ちる足元では、衛士たちがもくもくと薪を並べていた。


 顔を上げると、一段高いところに日よけに覆われ、優雅な椅子に座る権力者たちが、ずらりと並んでいるのが見えた。この人たちは、人が焼け死ぬところをそんなに見たいのだろうか。そうではないと思いたかった。


 学園長もその席にいた。腕組みをしながら、私を黙って見つめている。


 頬杖をついて眺めているジョシュア陛下と目が合った。目を細めてにやけているその顔を、私はにらみつけた。


 鐘がなる。重い音が体を震わせる。

 枢機卿がひとり立ち上がった。汗をぬぐいながら私達の罪状を読み上げ始めた。


 「この者、聖女を騙った悪女である。女同士で姦淫にふけった大淫婦である。勇者を自らの手で殺した人類の敵である」


 言葉が詰まる。枢機卿はつらそうにうつむき、その先を言えなくなる。


 ……泣くことはあなたの立場にとって良くないことです、大叔母様。


 そばにいたトファール司祭が、なだめるように枢機卿の背中をさする。


 ジョシュア陛下がいらだった声を上げた。


 「何をしている。早くしろ!」


 震える声で枢機卿が最後の言葉を言った。


 「よってここに火刑とし、月へ送るものとする」


 それを聞いて、私はなんだかすっとした。

 つないでいる手を握り返す。


 「ユーリス、ごめんなさい」

 「ファルラは謝ってばかりですね」

 「あなたをこんな目に遭わせた私を、どうか許してください」

 「もういいです。許します。ただ……、そうですね。もう少しそばにいたかったです」

 「私もそう思います」


 私達はぎこちなく微笑んだ。


 衛士たちがたいまつを持ってきた。

 汗を散らしながら、その火を大勢の人々の前に掲げて見せた。


 「死ね!」


 ジョシュア陛下が叫ぶ。

 人々はそれに感化されるように、声をあげ始める。


 死ね!

 死ね!

 死ね!


 人々はひとつになり、同じ言葉を叫んだ。

 腕を振り上げ、私達に向かってありったけの憎悪を投げつける。


 ゆらめくたいまつの炎が見えた。

 薪に火をつけようと衛士がかがみこむ。


 私はようやく素直に感謝した。


 「ありがとう、ユーリス」

 「いいえ、どういたしまして」


 私達は強く手を握り合った。うつむいて、そのときが来るのを待った。


 バンッ。


 何かが爆発した。


 私達は顔を上げた。遠くのほうで、何人もの人が空へ投げ出されているのが見えた。


 白いワンピース姿の少女が、そこにいた。


 「これが人というものか! 実にあさましいではないか!」


 大きな声が大勢の人が押し寄せている広場に凛と響いた。

 人々が潮のように引いていく。異様な雰囲気を漂わせる少女を遠巻きに見つめ出す。


 少女は歩き出した。

 私とユーリスを目指して、一歩ずつ歩いていく。


 「我々と同じではないか。いや違うな。お前たちこそが魔族だ」


 強く、高らかに言う。


 「ゆえに我は人を捨てた。1000年前に魔族領へ追放され、良き友人と出会い、魔王として生まれ変わった!」


 人々の目を覚まさせるように、もっと強く、大きな声で言う。


 「我は魔王クレベル・アルザシェーラ! お前たちの本当の敵である!」


 少女の背中がめりめりと膨らむ。あっという間に黒い大きな翼が現れた。その翼には叫びをあげている人の顔がたくさん浮かび上がっていた。


 ばさりという音を立てて、翼が大きく羽ばたく。風が嵐のように吹き荒れた。人々が、あっという間に空へ吹き飛ばされていく。


 大混乱になった。

 大勢の人々が悲鳴をあげながら逃げ始めた。


 「派手にやりおって」


 振り向くと衛士の服を着たドーンハルト先生がそばにいた。


 「え、なぜです? なぜここにいるんです?」

 「グリフィン大公から申し入れがあった。あれも魔法学園の学生じゃったからの。生徒の願いは聞いてやらんとな」

 「でも!」

 「わかっておる。そうであってもな。ワシの育てた愛弟子をみすみす失くすわけにはいかん」


 ドーンハルト先生が結び目にナイフを突き立てる。手首を締めつけていた縄が緩んだ。


 たいまつを持った衛士たちが異変に気がつく。私達と目が合うと鋭く叫んだ。


 「貴様、そこで何をしている!」


 魔王が飛んだ。

 そこにある、あらゆるものを巻き上げながら、人々の頭上へと浮かんだ。


 それから翼を大きく羽ばたかせると、私達に向かって飛び出した。


 「おい、こっちに来たぞ!」


 驚いた衛士たちが、たいまつを投げ捨て剣を抜く。

 魔王は空中で翼を一振りし、そんな衛士たちを吹き飛ばした。


 強い風に目を背ける。


 「迎えに来たぞ、娘たち」


 暴れる風が収まると、そこに微笑んでいる魔王がいた。

 口元からは血が一筋流れていた。


 「魔王様……。ごめんなさい。私達のために、本当の姿を……」

 「まったく。人の身で魔族を宿しているのは辛かろうて」


 そう言いながらドーンハルト先生が最後の一太刀を縄に与えると、それはしゅるりと下へ落ちていった。

 動かせるようになった手を、じっと見る。

 私達は自由になってしまった。


 ジョシュア陛下が怒り狂って、大声で叫びだした。


 「何をしている! 殺せ! 早く!」


 黒縁の大きなメガネを手で押さえながら、学園長が立ち上がる。


 「いけませんな。人の上に立つ者がそれでは」

 「お前、裏切るつもりか!」

 「何を、ですか?」

 「この私をだ!」

 「なるほど。では、そうさせていただきましょう」

 「は?」


 学園長がこぶしを握る。そのままジョシュア陛下のみぞおちを打ち抜いた。口から何かをあふれ出し、陛下は腹を押さえて倒れ込んだ。


 「あなたも我が魔法学園の生徒でした。いまのは教育的指導というものです」


 ワイバーンが空からまっすぐ私達に向かって降りてきた。風を浴びせながら、私達の前で浮かんで止まる。ワイバーンの背から黒い丸眼鏡をかけた人が大きな声をあげた。


 「よっすー!」

 「先輩!」

 「ほら、乗りな。ユーリスちゃんも。ここから逃げるよ!」


 そう言いながら、私達へ手を差し伸べる。

 私は振り向いた。


 「行ってきます。ドーンハルト先生」

 「ああ。行って来い。グリフィン大公、この者をお願いする」

 「もちろん。でも。いいの? 人類を苦しめる魔族の軍師になっちゃうかもよ?」

 「ふふ。それなら年寄りの楽しみが増えるだけじゃよ」


 私はつないだ手を縛っていた布をほどいた。それを放すと、布は風に舞って、遠くへ飛んで行った。


 「わざわざ縛らなくても、もうユーリスと離れることはありません」

 「私はファルラのそばにいます。いつでもその手を握れるように」


 ユーリスが私に身を寄せる。

 そんな姿を見て、先輩があきれたように声をあげた。


 「んもう。隙あらばいちゃつくんだから。早くして」

 「ふふ。わかりました」


 先輩の手を取り、羽ばたいて浮かぶワイバーンの背に乗る。

 私はユーリスに手を差し伸べ、えいと引き上げる。私の後ろに座ると、ユーリスはぎゅっと私に抱きついた。


 ふわりと空へと上がった。

 手を振るドーンハルト先生に、私は大きく手を振り返した。


 遠ざかる人々が私達を指差していた。

 衛士たちは茫然と見上げていた。


 先輩が私に少し怒ったように言う。


 「まったく。あんなこと言われたら助けに来ちゃうじゃないか」

 「そんなに対価が欲しかったのですか?」

 「ああ、そうだよ。私はファルラのことが大好きだからね」

 「それはそれは」


 そばに翼を広げた魔王がやってくる。一緒に飛ぶ姿を見ながら、私は先輩にたずねた。


 「魔王まで来てくれるとは思いませんでした。先輩は命令に背いていましたよね?」

 「ファルラが提案した仲直り案に乗ったんだ。おかげで魔王につく高位魔族がいなくなって、魔王を支えられるのは私だけになってさ。せっかく1000年かけて体制を作ったのに、昔へ戻っちゃったよ」

 「嬉しそうですよ、先輩」

 「ふふ。そう?」


 ワイバーンが大きく旋回する。


 高い建物の上で、ミルシェ殿下が一生懸命ハンカチを振っているのが見えた。

 そばにいたイリーナと女優が、空を飛ぶ私達を黙って見送ってくれていた。


 先輩はぽつりと言う。


 「もう人の世にはいられないよ」

 「ええ、そうでしょうね。私は悪女で大淫婦で人類の敵でしょうから」

 「根に持ってるし。このまま魔族領に向かうけど、いい?」

 「ユーリスはそれでかまいませんか?」


 ぎゅっと私を抱きしめながら、ユーリスが嬉しそうに言う。


 「ファルラがいるところなら、どこでもいいです!」

 「よしきた。速度を上げるからしっかり捕まってね」


 私は先輩につかまりながら、耳元で聞こえるようにはっきりと言う。


 「先輩たちは人を滅ぼすより神を討ちたいのでしょう?」

 「そうだよ」

 「なら、お手伝いします。どうぞ存分に。私も神というものをぶん殴ってやりたいと思いましたから」

 「あはは、これはとんでもない悪女だ」

 「私の力は人には使いません。でも神になら。それでかまいませんか?」

 「いいよ、それで。使ってあげる」


 夏の青い空を気持ちよく飛んでいく。私はその景色を忘れないように、遠ざかっていく王都をしっかりと見つめていた。


 王宮、離宮、被害の爪痕がまだ残る街、そして私達が暮らしていた家。

 嫌いな人、好きな人、大勢の人々。


 ユーリスが言う。


 「あの劇の続きと、いっしょになっちゃいましたね」

 「王国劇場に招かれたとき、ロマード陛下が言ってましたね。たしか、女が空を飛びながら、下にいる人々に向かって侮辱するとか。さて、どうやるのでしょう?」

 「うーん。そうですね。ざまあみろ、とでも叫んでみます?」


 私達はせーのと言って、声をあげた。


 「「ざまあみろ!」」


 それが人類への別れの挨拶になった。



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作者が「良かった、良かったなあ、おまえら……、ファルユリこそが正義だよな……」と語りながら喜びます!

次は5年後のお話しです!


次話は2023年1月28日19:00に公開!

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