第13話-⑦ 悪役令嬢は助手に頬を叩かれる


 ユーリスが私を茫然と見つめた。


 「なかなか良い方法だと思うのです。愛する人を殺した犯人とあれば、いくらその人に好意を抱いていたとしても、憎んで殺す気になるでしょう。誰でもそうなります」


 アーシェリも私に続けて、ユーリスに話しかける。


 「私はもうすぐ死にます。なら、せめて意味のある死にしたかった。どうか、わかってください」


 ユーリスが信じられないという表情を私に向けた。


 「だって、さっきは……。死刑は嫌だって……」


 私は短くはっきりと告げた。


 「嘘ですよ」


 パンッ。


 ユーリスが私の頬を叩いた。

 痛みが伝わってくる。それは私のものではなく、ユーリスの痛みなんだろうと思った。


 泣き叫びながらユーリスは私に訴えた。


 「あなたはなんてことを! なんで死のうとするんですか!」

 「一度は死んでいますし、もう一度死ぬとしても、それはどうでもいいことです」

 「どうでもいい? 嫌です。私は……」

 「いいですか、ユーリス。悪役の私が生きていたら、ジョシュア殿下が連合王国を率いれなくなります。私がイリーナのところにでも行ってごらんなさい。私を討ち取ろうと躍起になる連合王国とユスフ家との大戦争になります。人類が生き残るにはこれしかないんです。これが本当のたったひとつの冴えたやり方というものです」

 「でも、死ぬことはないじゃないですか!」

 「あなたが死ぬのに?」


 私の言葉を聞くと、ユーリスは沈んでいった。泥の中へと、深く深く沈んでいった。

 顔がみるみる曇らせて、掲げていた手を力なく下ろした。


 アーシェリが袖をめくると、ユーリスへ手首を見せる。そこにはいくつもの青いあざと、無数の傷跡があった。


 「この一年、私は罰を受けたのだと思います。ようやくそれから解放されます」

 「……自分で自分を傷つけていたのですか? だからといって……」

 「ユーリスさん、どうか聞いてあげてください。私もこうするしかないと思っています」

 「だめです、そんなのはだめです……」

 「こうでもしないと、あのジョシュアは変わってくれません。愛している私には、それがよくわかっています」

 「そんな……」


 私はユーリスの手を握り、伝わって欲しいと願いながら話す。


 「わかってくださいとは言いません。でも、許しては欲しいです。こんな形でしか、あなたに報えない私を」

 「どういうことです?」

 「母を止めてくれてありがとう。ずっとそばにいてくれてありがとう。あなたに差し上げられるものは、私の命ぐらいです」

 「そんなものはいりません……」

 「どうせ、私もあのとき母と一緒に死ぬはずでした。ずっとあれから、どう死のうかと考えていました。ユーリスを傷つけないように自分が死ぬことばかりを」

 「傷つく? もう、遅いです……」

 「ええ。そうです。いろいろなものが遅すぎました」


 握っていた私の手を、ユーリスは両手で覆うようにして強く握り返した。そこに大粒の涙が落ちていく。ぽたりぽたりと何度も落ちる。声を震わせながらユーリスは私にたずねた。


 「だめなんですか?」

 「はい」

 「どうしてもですか?」

 「はい」

 「私はあなたを止められないのですか?」

 「はい」

 「あれだけ私に止めて欲しいと言ってたのに……」

 「そうですね……」


 私は握られていた手を引く。少しよろめいたユーリスを両手を広げて抱きしめた。ユーリスにいまの気持ちをはっきりと伝える。


 「ユーリスと出会ってから楽しいことばかりでした。つらくてもこうして抱き合っていれば、生きていくことができました」

 「それは私も同じなんです。同じなのに……」


 同じ……。

 私達は同じだった。性格も好きな物も生まれも能力も、何もか違うのに、私達は同じだった。


 「そうですね。きっと同じなのでしょう。だから私も同じように死にたいのです」



■王都アヴローラ グラハムシュアー大聖堂 戴冠式檀上 リウナス大月(7月)5日 11:00


 赤い絨毯の上でひざまづきながら、この仰々しい衣装はずいぶん重たいなと思っていた。とくに引きずるほど長い赤いマントがやたら重かった。冷気を作る魔法がなければ、すぐ大汗をかいて暑さにぐったりとしていただろう。

 ジョシュア殿下が即位したばかりなので、私への王権譲渡は、だいぶ簡略化された儀式にされた。それでも、こうして「私が王様だ」と大勢に知らしめることが、この計画では重要なことだった。


 白い礼装に身を包んだジョシュア殿下が、きらめくたくさんの宝石が飾られた王冠を手にしていた。

 枢機卿である大叔母がうなずくと、それをゆっくりと手渡す。王冠を両手でたいせつに持つと、大叔母は私を見下ろしながら厳粛に告げた。


 「ファルラ・ファランドール。聖女たるあなたに我々のすべてを託します」


 私は何も言わず、こくりとうなずく。

 大叔母はすこし体をかがめて、王冠を私の頭へとかぶせてくれた。


 「月の導きがあらんことを」


 白い花が舞い散った。

 信徒たちが一斉に歌いだした。

 凛とした歌声が、大聖堂を満たしていく。


 椅子を引く音で、アシュワード王家にまだ仕えている貴族たちが立ち上がったのだろうと思った。きっと胸に手を当て、私に忠誠を誓っているはずだ。その心とは裏腹に。


 ふと父がこの茶番劇を見ているかもしれないと思った。そうだとしたら、いまの私を見てどう思っているのだろうか。


 ふふ。どうでもいいか、そんなこと。


 歌が止んだ。

 私はゆっくりと立ち上がると、大聖堂に詰め掛けている多くの人々へ、嘘を語った。


 「我は聖女ファルラ・ファランドール。そしてアシュワード連合王国国王である。この国を導くように神から託された。我に続け。魔族から奪われたものを一緒に取り戻そうではないか。アシュワード連合王国に栄光を。皆に月の導きがあらんことを!!」


 うなるような大歓声が広がった。広い大聖堂を歓喜の声が埋め尽くす。それはいまにも破裂しそうな人々の熱気をはらんでいた。


 私は冠の重さを感じながら、早くこの儀式が終わらないかなと考えていた。



■王都アヴローラ グラハムシュアー大聖堂 執務棟3階通路 リウナス大月(7月)5日 16:00


 衣装をそのままにして、聖堂の裏手の通路を早足で歩いていた。後ろにいるユーリスが「もう」という顔をしながら、長いマントを手繰り寄せている。

 私は頭から冠を取ると、指先でくるくると回す。それをぽいとユーリスに向かって投げつけた。

 あわててそれを受け取ると、ユーリスが文句を言う。


 「ちょっと、ファルラ! これってたいせつなものでしょ!」

 「時間がありません」


 そこに私が信頼していた男が、歩きながら私のそばにやってきた。


 「ああ、生徒会長。待ってました。やっとこちらに来てくれましたね」



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次話は2023年1月17日19:00に公開!

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