第13話-⑥ 悪役令嬢は王子を争ったライバルと手を結ぶ



■アシュワード連合王国 王都アヴローラ「紺碧の宮」大玄関 ジュノ小月(6月)25日 22:00


 誰もいない。薄暗く、風が揺らす葉の寂しい音だけが聞こえていた。


 連合王国の威信をかけたこの離宮の堂々たる玄関を見渡す。


 がらんとしていた。

 乏しい灯りが、より一層寂しさを際立たせていた。

 豊かな装飾はすっかり色褪せていた。

 魔除けとして置かれたガーゴイルの彫像は、にらみつける相手がいなくて、ぽつんとたたずんでいる。


 去年の夏は、舞踏会から帰る大勢の貴族たちを眺めていた。あのときは人々から無視され、見捨てられた寂しさがあった。いまは私達以外誰もいない。本当の孤独を私は味わっている。


 耐えかねたようにユーリスが言う。


 「誰を待っているんです?」


 私は答えなかった。


 「来ないかもしれません。もう遅いです。家に帰りませんか?」


 私はうなづかなかった。


 ユーリスは頑固な私を見て、軽くため息をつく。それから隣に立つと、そっと私の手を握り締めてくれた。温かさが私に伝わる。うれしさが体の中からじわりと湧き上がる。


 そして絶望する。


 あと1か月ほどでユーリスは消えていなくなる。

 ユーリスのように魔族の血と人の血を併せ持つ者は短命だった。それはコーデリア先生が自らの命で教えてくれた。


 私はそれに抗うために、徹夜で魔族の血に関する資料を読んだり、サイモン先生やゼルシュナー先生と話し合ったり、いろいろな方法、対策、手段を考えていた。

 いまのところ可能性があるというぐらいで、さらに調べることが必要そうだった。


 頭に浮かぶのは「時間切れ」の一言だった。


 ユーリスの手を握り返す。いますぐ死にたくなる自分の気持ちをまぎらわせるように、その手を強く握り締める。


 「去年の夏もこうやって手を握ってもらえましたね」

 「そうでしたか?」

 「ええ、そうです。ユーリスは、いつも私がして欲しいことをしてくれます」

 「だってファルラがして欲しいことぐらい、すぐにわかります」


 ユーリスが少し恥ずかしそうにうつむいた。


 「だって、愛していますから」

 「……そうでしたね」


 私達は体を寄せ合う。寂しさからふたりで逃れるようにそうしていた。


 ふとユーリスが私にたずねる。


 「ファルラはジャンヌダルクのようになりたいのですか?」

 「いいえ、ちっとも」

 「それなら、どこか遠くに逃げませんか? 一度、南方で暮らしてみたかったですし、それに……」

 「そうせざるを得ないのです。自分が望まなくても」

 「でも……」

 「見えない罠に捕まってしまったような気分です。私はさまざまな人の思いによって、がんじがらめになってしまいました」

 「ファルラは、そんな状況でも自分の頭だけで抜け出してきたんです。今度もそうしますよね?」

 「そうですね……」


 私は抱えていたどうにもならない思いを口からこぼす。


 「疲れました」


 とっさにユーリスが大きな声を出した。


 「ちゃんと生きてくれますよね? 死んだりしませんよね?」

 「わかりません……」

 「そばにいたいんです。ちゃんと最後まで私のそばにいてください!」


 答えられなかった。答えようがなかった。


 「ファルラっ!!」


 ユーリスの悲鳴に似た叫びにも、私は顔を上げられなかった。


 靴音がした。近づいてくる。ふたりで音がした玄関の入り口のほうを見た。


 「ファルラさん……」

 「これは妃殿下。いささか待ちくたびれました」

 「いまは私達3人しかいないのです。昔のようにアーシェリと呼んでください」

 「それはそれは。恐れ多いですね」

 「いじわるしないでください。本来ならあなたと私の立場は逆になるはずでした」


 私はまた下を向いて話し出す。


 「アーシェリ、会議の時間がかかってすみませんでした。そちらは?」

 「理由を取り繕って、どうにか抜け出してきました。そうでもしなければ日没とともに塔へ幽閉されてしまいますから」

 「いつアーシェリだけ王宮へ戻されるか、ひやひやしましたが……」


 私は残忍に笑う。


 「これで私達が描いたシナリオを、アシュワード王家に飲み込ませることができました」


 アーシェリはくすりと笑う。


 「ファルラさんが円卓で話していることを聞いていたら、私の役どころがわかりました」

 「ええ。ちゃんと手紙に書かれたとおりの役にしたつもりです」


 ユーリスが不思議そうにたずねる。


 「ふたりで、あんな話をしたんですか?」

 「ええ、そうです。手紙にはそのあらすじがありました。私はそれを元に人類を救うことができ、ユーリスと一緒に良いエンディングを迎えられるシナリオに仕立てました」

 「それがなぜジャンヌダルクに……」


 アーシェリが察して、ユーリスの話を遮ってくれた。


 「うまくいきましたか?」

 「手紙の内容とまったく違うことをメイドに話させて、手紙から注意をそらすだなんて、アーシェリもなかなか悪役です」

 「ふふ。どういたしまして」

 「まわりはみんなこれを招待状と思わされました。そのお陰で私は、あわてて招待状らしい文面を書くはめになりましたが……。うまくいったのでよしとしましょう」

 「もう一通、本当の招待状を入れておくべきでしたね」

 「次からはそうしてください。もうないとは思いますが」

 「ええ。もうないのです」


 アーシェリが私へ手を差し出した。


 「それをいただけますか?」

 「まだ悩んでいます。あなたが消えてから私を悪く見せる方法もあります」

 「それではユーリスさんが先に死ぬかもしれません。それは、あなたにとって不本意なことでしょう?」

 「まあ、そうですが……」

 「この問題は『だいたいこれぐらいに死ぬのはわかっているけれど、いつ死ぬのかは正確にはわからない』ところにあります。それなら……」

 「仕方ありませんね。私の負けです」


 私は胸元に隠していた、小さな紙包みをアーシェリに手渡した。


 「痛みはないとのことです」

 「ありがとう。ファルラさん」

 「あなたから感謝される筋合いはありません。私を恨んでくれているほうがまだましです」

 「ギュネスのたくらみでは、ジョシュア殿下を殺害するはずでした。そんなことをしなくて本当に良かったと思っています。だから、こうなったことを感謝しているんです」

 「そうですか……」


 ユーリスが私の腕を強くつかんで、鋭い声で聞いた。


 「なんです、それは? 何をしようとしているんです?」


 口を開きかけたアーシェリに私はお願いをする。


 「ああ、言わないでください。ユーリスにはまだ知らせないほうが良いと思うのです」

 「いいえ、言います。ユーリスさんには本当のことを知ってもらったほうが良いのです。それがおふたりのためです」


 私はあきらめたように頭を振る。

 それを見たアーシェリは、ユーリスにはっきりと告げた。


 「ファルラさんは自殺用の毒をゼルシュナー先生から貰っていました」

 「え……?」


 ユーリスの手が私から離れていく。

 アーシェリが私に向かって探偵のように質問してきた。


 「ユーリスさんが亡くなった後、その後を追うつもりでした。違いますか、ファルラさん?」

 「ふふ。追い詰められる犯人役はどうも慣れませんね」

 「そうでしようね。いま少しだけ私は気分が良いです」

 「ああ、でも。言い返すことはできます。あなたも死のうとして、ゼルシュナー先生に相談していた。だから、この薬の存在を知った」


 隠していたものを見つけられた子供のように、アーシェリは言い訳を話し始めた。


 「そうですね。先生はお話しになりませんでしたが、調合を手伝っている学生が同じものを作ったと漏らすのを聞いてしまいました。それでもしかしてと思ったのです。あとは裏付けを取るだけでした」

 「毒はもらえなかったのですか?」

 「貰えましたが、殿下に見つかってしまい、取り上げられました」

 「それはそれは」


 ユーリスが震える声でたずねた。


 「……ふたりとも死のうとしているんですか?」


 私は探偵が犯人を諭すように、やさしくきっぱりと事実を話した。


 「ええ、そうです。私はアーシェリを殺した犯人になり、私は愛する人を失って怒り狂ったジョシュア殿下に殺されます」

 「どうして……」

 「ジョシュア殿下が、確実に私を殺してくれないと困るんです」




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作者が「映画セブンに出てきた犯人側の視点で物語を見てみたいよね」と語りながら喜びます!


次話は2023年1月16日19:00に公開!

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