第10話-② 悪役令嬢は3番目の王子から調査を依頼される
苦しみに耐えながらどうにか聞き耳を立てる。
「このままでは人類が魔族に敗北してしまう! 人類の勝利のためには、子を成し数を作ることこそが正義! その義務を果たさずに姦淫にふける大淫婦には、こうしてやるのが慈悲なのだ! なぜ、わからぬ!!」
「しかし、司祭長……」
「祭祀書にもそう書かれている! これは絶対だ! それを違えることは絶対に許さん!」
「ですが、セイリス殿下の元に連れて行くのが、私たちの責務ですので……」
「お前は尊い祭司書を無視するのか? お前はいま自分の信仰が試されているんだぞ! 何が王家だ! 魔族に憑りつかれおって! しかもこんな者を庇護するとは言語道断! 放せ! いますぐ、この私が……」
この司祭長、周りでもだいぶ扱いに困っているのだろう。取り押さえている司祭たちが「またか」というげんなりとした顔をしている。
もし、ユーリスがこれを見ていたら、いますぐ全員蹴り倒しているはずだ。いまは、そんなふうに私を助けてくれる人はいない。だから、喉を押さえながら、ひとりで立ち上がる。よろめくのをこらえて踏み留まる。
「……早く連れてってください」
私のかすれた声を聞いた若い司祭が、ひとり駆け寄る。私の腕を引き、大聖堂の小さな入り口へ引っ張っていった。
■王都アヴローラ グラハムシュアー大聖堂 小礼拝堂 マルティ大月(3月)3日 12:20
連れていかれたのは、大聖堂でも端の方にへばりつくように作られた、小さな礼拝堂だった。丸い月を模した窓が、薄暗い礼拝堂に光を注いでいる。
木の古い長椅子が並ぶその一番前に、黒髪を束ねた人がいた。手を合わせ、光に向かって静かに祈っていた。私はその見知った人へ声をかける。
「セイリス殿下。お久しぶりです」
「舞踏会以来だな」
振り向かずに祈ったまま、セイリス殿下はそれだけを言う。
そんな態度なんですか。
「なかなか良い扱いを受けました」
「そうか」
「どうして、このような扱いを私に?」
セイリス殿下が顔をあげる。
「この礼拝堂は1000年前、アシュワード家が魔族からこの地を取り戻したとき、月皇教会へ寄進したものだそうだ。グラハムシュアー大聖堂は、この小さな礼拝堂から始まっている。だから、私はここで必ず祈っている」
「それはそれは。私は、一緒に祈るために手荒な扱いをされたと?」
「あの舞踏会の日以来、私の家族には厄災が多く降りかかっている。長兄ハロルドの死、次兄ジョシュアの計られた婚姻、弟ミルシェの魔族とのつながり。貴族たちの怪しい動静、魔族達の襲撃。なにひとつ心安らぐことはない」
「ご兄弟とはお母様が違うのに、それでも家族だとご心配されているのですか。それはたいへんですね」
私のそっけない感想を聞くと、セイリス殿下が立ち上がる。私へ振り返ると、他の王子にはない、その美しい黒髪が揺れた。
「だからこそだ。それでも私を兄弟だと思ってくれている。私はそれに応えたい」
「お優し過ぎでは?」
「ファルラ・ファランドール。私はお前がすべての元凶だと思っているし、早く月へ召されることを祈っている。異端審問官の手で灰に帰されると知って、他の兄弟や父上への通達も喜んで止めさせた」
「では、なぜ、私はここに?」
「問題が起きた」
近づいてくる。私の手首を見て、手をかざす。すぐに鉄の枷がぼとりと落ちた。手首をさすりながら、私はたずねる。
「異端審問官の手で処分されるように教会へ見せかけて、私に何かさせたいのですね?」
「そういうことだ」
「ジョシュア殿下とアーシェリの婚礼が近いのですが、そちらの関係でしょうか?」
「さすがに頭が回るな」
「王家と教会が関わる問題で急いで対処しなければならないとしたら、そこでしょうから」
「その通りだ。その話をする前に確認をしたい」
セイリス殿下は私の顎に手を沿えて、顔を自分のほうへと向けさせた。男のくせに妙に艶めかしいその顔が私に迫る。
「お前は〈予言〉を知っているな?」
「なんのことですか?」
「知っているはずだ。転生者なのだから」
「ふふ。ばれてましたか」
「転生者でなければ勇者の剣は振るえない。あれが応えたということは、転生前の記憶を持っているということだ」
「ああ、どうりで。国王陛下は私を試されたのですね」
「そういうことだ。〈予言〉とは、転生者の記憶、そして、このあとこの世界で何が起きるのかを示している」
「なるほど。あいにく私の記憶は、ぼんやりとしていまして」
「そうか。それならいい」
私からあっさり手を離すと、殿下はその手を合わせて祈り出した。
「慈悲深き月の女神よ。我の罪を許したまえ……。いまから話すことは、その〈予言〉に関わる。私達は転生者に頼らず〈予言〉を得る方法を1000年前から見つけていた。この教会では、〈特別な司祭〉が女神と交信して、その〈予言〉を書き留め、それを国王陛下に進言している。これは有益な情報として、魔族侵攻を阻止するために役立てている」
「初耳です」
「王族でも一部の者しか知らされていない。表向きは神託として教会から儀礼的に渡しているだけだから、それが本当に重要なものだとは思われていない」
「ああ、そういえば。亡くなられたセイリス殿下の母君は、こちらの聖女でしたね。それで知っているのですか」
「子供の頃からそういう役目をさせられている」
「だから〈予言〉を気にされているのですね」
「気にしなければ私が生まれた意味がなくなる」
「それほどの問題なのです?」
「そうだ。7日前から、1日3回から5回、30分だけ、その〈予言〉がふたつの単語を繰り返すようになった」
セイリス殿下が人差し指を立てると、テンポよく左右に振る。
「死、破滅、死、破滅、死……」
私は笑みを隠さず、うれしそうに言ってしまった。
「大変興味深いです。不気味で、なんだか、こう……。とても面白いです」
「そんなふうに言うのは、お前ぐらいだろう。ジョシュア兄さんの婚礼を控えている。こんな予言を父に渡したくない」
「これが本当なら、渡すしかないのでは?」
「こうしたことは前例がない。そしてこれは、今までの〈予言〉がされるときの方法とは違う。人が操っている可能性がある」
「どういうことです?」
「通常の〈予言〉は、雨垂れのようにばらばらと〈特別な司祭〉がつぶやく言葉を、司祭達が集めたものだ。この不吉な〈予言〉は、その時間の間、〈特別な司祭〉全員が同じ内容を歌っている」
「なるほど……。どうしてそうなるのか、それを私に解けということですか?」
「そうだ」
私は唇に指を当てて考え始める。
誰がこんなことをしている? そして、その方法は……。
まず、〈予言〉の現場を見てみたい。それから……。
「お前の命は1日とする。昼の鐘が鳴るまでだ。それまでにこの謎を解いてもらおう。できなければ異端審問官へお前を渡す」
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