忘れられた城で早口聖典を読む

秋雨千尋

あなたも言ってみてください

 学園のマドンナ・桐ヶ崎百合香きりがさきゆりかさんに告白したら「第13番聖典を持ってきたら付き合ってあげるわ」と言われた。


 彼女は男に無理難題をつきつけるのが趣味だ。

 他の奴は「ヤマタノオロチ」だの「言葉を話す猫」だの「恐竜」だの言われたらしい。

 無理すぎて異世界に行こうとして怪我をした者もいる。


 比べれば俺のは有り得る範囲だろう。

 とりあえず学校の図書室、市の図書館、地元の教会を調べてみたけど見つからない。

 途方に暮れてトボトボ歩いていたら、いつのにか森の中にいた。

 カラスが鳴き、茂みの中には怪物がいそう。

 ゾッとして一心不乱に走っていたら、誰からも忘れられた感じの城にたどり着いた。


「ラブホの廃墟かな……」


 いざとなったらここで一夜を過ごそうと中に侵入すると、中は意外とキレイで、ホールのような空間に誰か立っていた。

 童話に出てくる女神様のようにキレイな人だ。

 彼女は澄んだ声で告げる。


「ああ良かった。誰も来てくれなくて、私は力を無くしていました。どうか第1番から13番までの聖典を読み上げてくれませんか」


 困った様子で頼まれたので俺は協力する事にした。


「赤巻き紙・青巻き紙・黄巻き紙!」

「ナイス!」

「隣の客はよく柿食う客だ!」

「グレイト!」

「新春シャンソンショー!」

「パーフェクト!」


 聖典がなぜ早口言葉なのかは分からないが、わりと得意だったので第12までは余裕だった。

 だが第13がものすごく難しい。


 あぶりカルビだ。


「あるびあぶり」

「ノー!」

「あぶりらぶり」

「オーマイガー!」


 くそ、あとこれだけなのに。

 女神様はだんだんイライラしてきた。

 やばい。そろそろ成功しないと命の危機を感じる。百合香さん、力を貸してくれ。

 三文字ずつ確実に言うんだ!


「あぶり・カルビ!」


「アメージイイイング!!!」


 女神様はパァッと光り、俺の両手を掴んでクルクル回り始めた。

 力を取り戻したから天界に帰れるらしい。

 良かった良かった。

 彼女は俺に「好きな人に絶対に愛される魔法」をかけてくれた。


 城から出たら校庭だった。

 振り向いたら何もない。キツネにつままれた気分だ。

 取り巻きを引き連れた百合香さんが歩いてきた。

 プレゼントの「第13番聖典」は無いけど、もう一度告白してみよう。


「あの、好きです!」


 甲高い声が響いた。え、今の誰の声?

 百合香さんは鞄をバサっと落として、俺の肩をつかんだ。


「まあまあ、なんて可愛いの。わたしのタイプど真ん中! お付き合いしましょう!」


 俺は絶世の美少女になっていた。

 思っていたのと違うけど、まあこれはこれでいいか。



 終わり。

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忘れられた城で早口聖典を読む 秋雨千尋 @akisamechihiro

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