古びた軍手
からいれたす。
古びた軍手
晩秋、もうすぐ冬。
玄関を開けたら目の前に使い古されたぼろっちい軍手の片側ひとつ、ぽつんと。
程よく新しくない、だからといって、みすぼらしいわけでもないボクの暮らす仮屋。軍手でデコるとちょうどお似合いだろってか。都会での暮らしですり減って、ちょっとは皮肉も上手くなった。
建物の一階の通路の奥に、そろそろ二年を過ごしているボクの部屋がある。1LDK。典型的な一人暮らしの間取り。特徴もないウサギ小屋。鉄筋だから隙間風もなく、多くを望むでもない日々をここで過ごしてきた。
そんな奥まった場所だから、そうそう落とし物があるようなこともない。心当たりがないゆえに、だから余計に不思議で興味も湧くというものだった。どんなに考えたって答えなんてでるわけもないけれども。
とはいえ放置しておくにも、見栄えは決して良くはないので共用のゴミ箱へそっと、ぽいっ。今度は片割れと別れることなく添い遂げるんだよ、軍手くん。
一週間後に……またボロっとした軍手があった。
えっーと、戻ってきたんじゃないよな? 片割れが追いかけてきた線もあるか。まてまてまて、むしろお待ち下さい。ホラーは苦手なんだよ。
怖いので軽く塩を振ってから新聞紙に包んで、
ちょっとしたミステリーはお呼びではない。都会の片隅で愚にもつかない超常現象とか嫌なんだけど。今回もご縁がなかったということで。
そんな暮らしにもちょっとした潤いがあった。
近くで出産したんだろうか、ベランダに小さな姉妹が遊びにきた。乳離れが済んでいるのかいないのかといったところだろうか。五匹ほどの子猫が駆け回って、いや転がりまわっているのだ。
毛玉の群れ。母猫がちょっと離れたところからそっと見守っていた。僕も同じことをしてるんだけどね。
アパートはペットNGだったこともあり、無責任に毎日こっそり愛でるだけだったのだけれど、ちょっとずつ情も湧いてくる。仕事で
ある日、物陰から人の声がしたかとおもったら、兄弟が減っていた。そんなことが繰り返しあってとうとう二匹、姉妹だけが残った。
その年は厳冬という事もあって、季節外れに都心部にも雪が積もったりした年だったから。知らんぷりして、風よけにでもなるかと小さな入口を開けたダンボール箱をベランダに置いたりもした。
あるとき、二匹の子猫が寒そうに身を寄せ合ってその箱の中で団子になっていた。母猫は見当たらない。ご飯食べてるのかなとか、寒くないのかなと、全身を起毛させた姿に射抜かれた。
ぽかぽかな小春日和には、狭い通路でぴょんぴょん跳ね回る姿を見た。しっぽをピンとたててちょっとの段差で転げまわる。なんだか優しい気持ちになる自分の意外な感情を知った。
いつしか親のような気持ちになっていたのかもしれない。
それからしばらくは、吐く息が凍る季節に向かっていくをなんとなく過ごしていた。子猫たちも
そんなあるの日のこと。ボクはとても大切な秘密を知ってしまった。
帰宅して玄関に向かっていると、子猫が咥えてきた軍手を置いていった瞬間を見てしまったのだ。
「ははっそうか、なんか贈り物もらっちゃってたんだな」
とても小さな送り主から。捨てちゃったけどね。ふふっ、いつしか乾いた笑いに慈しみが混じっていた。
いつの間にか貰っていたこの気持は、案外わるくないものだ。
これは、転居を機に身を寄せ合うように暮らし始めた僕たちの他愛のないお話。
古びた軍手 からいれたす。 @retasun
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