神退窮まるユグドラシル ~大天使のお仕事は摘果作業?!~

泥酔猫

第1話 黒い実の世界と、雷の狼煙

 虚空に浮かぶ巨大な木、世界樹ユグドラシル。その枝に近づく小さな輸送船があった。海ではなく、宙に浮かぶ二等辺三角形の船は、枝に生る黒く大きな実の前で止まる。対比すると船が蝿に見えるほどのサイズ差だ。

 完全に停止すると、幼い声で船内放送が掛かった。


統夜とうや、目的地の第65536ユグドラシルに着いたよ!

 準備は出来てる?』

「ああ、今行く」


 答えたのは、船内の自室にいた青年だ。黒目黒髪に聖騎士もかくやと言わんばかりの、白い鎧を着込んでいる。そして、西洋風な鎧とは不釣り合いな、和風な太刀を佩いていた。

 最後にマントを羽織り、部屋を出ていった。



 船の中心部、コントロールルームでは、少女がホログラムのキーボードを叩いていた。大人サイズのコックピットシートに座り、6枚のディスプレイを難しい顔で操作している。しかし、そのどれもが、次々とエラー表示を返していた。


「あー、やっぱり駄目かぁ~。絶対、碌でも無い事になってるよ~」


 そう言って、キーボードを消すと、そこへ後ろに寝転んでいた白猫を、代わりに乗せた。そしておもむろに、白猫の腹に顔を突っ込む。


「スーハー、すーは~。あああー癒やされる~」


 所謂、猫吸いである。

 白猫が嫌がり、少女の金髪頭をペシペシ叩くが、お構いなし。がっちりホールドされて逃げられない。


 白猫を犠牲にした少女の至福の時間、邪魔するものが現れた。


「フィーア、ファーちゃんに嫌われない内に、それくらいにしておけ。

 ……何でセーラー服なんて着ているんだ?」

「ぷはっ、統夜の見送りに、好きそうな服が良いかな~ってね」


 猫を開放した少女、フィーアは席を降りると、魅せ付けるようにくるりと一回転した。膝丈のプリーツスカートがふわりと広がり、統夜の目を奪う。


「懐かしいな。

 それで、何か進展はあったか?」

「あ~、全然駄目。あの黒い膜でジャミングされているみたい。中の世界は全く見えなかったよ。普通の歪みからくる呪いじゃないと思うよ~」


「なら、降りる事は?」

「それは大丈夫。ここの担当神と交渉して、介入してもらうことになったから。降りる直前に権能で、あの黒い膜に穴を開けてもらうよ。

 ただ、いつもみたいに、遠隔操作は無理そうだからね。はい、これ持って行って」


 座席の背もたれに置いてあった、人形を手渡した。10cm程のフィーアを模したSD人形で、白いドレスに天使のような2対4枚羽根が生えている。


「私のも余分に織り込んだから、全力の8割は出せると思うよ。下に降りたら、ナビゲートは任せてね!」

「ああ、頼む」


「それじゃ、世界を救うか、実を刈り取るか、大天使のお仕事と行きましょう!」




 程なくして、ユグドラシルの枝から、黒い実に対して雷が降り注いだ。雷が触れた箇所に穴が出来るが、徐々に穴が塞がっていく。それが塞がり切る前に、一条の光が穴を通過していった。


 二等辺三角形の船の先端、その砲塔から撃ち出されたそれは、理の違う世界へ無理矢理介入する、強制転移の光だった。




 黒い実の内側に存在する世界。

 黒い膜に覆われ、太陽を奪われた住民は、神に祈り、助けを懇願するために、神殿へ集まっていた。

 皆が一心不乱に祈りを捧げる中、最前列に居たシスターが急に立ち上がる。


「……し、神託が降りたわ! ああ、神よ! 我らを見捨てたわけではなかったのですね!

 皆、聞いて! この地を救うために、天使様が降臨……」


 言葉の途中で、光の柱が立った。

 住民達が悲鳴やどよめきを上げる中、光が消え、白い騎士が姿を表す。その腕には、騎士が持つには不釣合な程に可愛らしい人形が抱えられていた。

 そして、人形はフワリと浮かび、白い4枚羽を広げる。羽から光の粒子を放ち、くるくると回った後は決めポーズを取った。


「(合一完了! ん~、魔法を使う分には問題無いかな。統夜は?)」

「(適合は、7割。途中で狩りをして、力を蓄えたほうが良いかも知れん。

 それより、説明頼むぞ、フィーア)」


 神殿に集まっていた住民は、驚き唖然とする者、祈りを捧げる者、腰を抜かして逃げようとする者など様々。

 それらの不安を払拭するべく、フィーアは一度光を放って注目を集めると、威厳たっぷりに話し始める。


「我々は、神より使わされし大天使。この地の混乱を収めに参りました。この中に、神託を受けた者は居ませんか?」


 最前列で涙ながらに祈りを捧げていたシスターが、立ち上がり一礼する。


「わたくしが神託を授かりました。天使様を助けよと……」

「この世界は闇に覆われ、神の目が届きません。何が起こっていたのか、話して御覧なさい」

「は、はい! 3年程前から大陸全土で不作が続いています……」


 シスターが語ったのは、長く続く飢饉ききんの始まりだった。そして、2年前には太陽の出る時間が減り、1年前には国王が『神の啓示を受けた』と祈祷をするための塔を建設し始めたそうだ。この街だけでなく、周辺の街からも、沢山の人夫が王都へ招集されていった。

 しかし、自体は悪化する一方。


「2週間前から、王都と連絡が取れなくなりました。領主である父が、騎士団を連れて王都へ様子を見に行きましたが、どうなったか返事もありません……」


 フィーアは周りに悟られないよう、微笑を讃えたまま、念話で統夜と相談する。


「(変ね……ここの担当神は『久し振りに見たら真っ黒で、干渉出来ない』って、依頼を受ける時に聞いたわ。このシスターちゃんより前に、神託があるわけないのに……)」

「(つまり、そういう事なのだろう?)

 娘、王都の位置は?」


「ひゃい、北に馬で4日でひゅ!」


 今まで一言も話さなかった騎士統夜に話し掛けられ、噛みながら返事をしたシスターは、恥じらいで頬を染める。


「(あ~広域探査してみたけど、確かに大地を流れるマナが北に集中しているわね。不作はマナ不足でよく起こるから、王都に集めて悪巧みってところかしら?)」


 フィーアの人形の羽から振り撒いていた光の粒子、アレで足元のマナの地脈にアクセスし、調査をしていたのだ。


「では、私達は王都へ参ります。皆に神の祝福があらんことを……」


 フィーアが胸の前で手を組み祈るのと同時に、統夜が太刀を抜刀して掲げた。刀身から出た青い光が住民達を照らす。すると、住民の身体から黒い靄が出て、霧散していった。光が収まると、住民が騒ぎ始める。



「おお! 身体が軽くなったぞ!」「頭痛が消えたわ!」「古傷の痛みがマシになった?!」


 天使の浄解の力である。

 生物から出る負の感情はマナを淀ませ、歪みとなる。地脈に溜まった歪みは時に、生物の病の原因となり、最悪歪獣わいじゅうとして具現化する。

 これらを浄化して解きほぐし、正常なマナにするのが天使の仕事である。

 そして、人には見えないが、住人達から出た感謝の心の緑光をフィーアが翼で吸収していく。


「(呪いの解除にはまだまだ足りないけど、少しでも稼がないとね!)」


 一通り回収し終えると、二人は頷き合い出口へと向かう。住民達が道を譲り割れていく。そうして、拝まれながらも外に出たとき、後ろから声を掛ける者がいた。シスターの少女だ。


「お待ち下さいませ! 今、馬を用意……」

「要らん」

「では、わたくしもお連れ下さい。道案内が出来ますし、何より王都に行ったお父様が心配なのです!

 乗馬は得意です、神聖術も使えますので、足手まといにはなりません!」

「……好きにしろ」


 ぶっきら棒に答える統夜に、フィーアは苦笑いしていた。


「(いいの? 絶対、足手まといだよ?)」

「(本人が足手まといにならんと言ったんだ、放置でいいだろう。どの道、馬では遅すぎる。追い付く頃には終わっている)」

「(あ~置いてったら、歪獣の餌食じゃないかな? 仕方ない、私が手助けするよ)」



 街の北門に付く頃、シスターが馬に乗って追い付いた。服装は法衣のままだが、食料品らしきリュックを背負っている。そこへ、フヨフヨと飛んだフィーアが、馬の頭に跨った。


「あの、天使様、相乗りでしょうか? 歓迎します!」

「いえ、馬では遅いので、私が手助けしましょう。この子には、少し無理をしてもらいますが……

 貴女も落ちないように、固定しますね」


 フィーアが小さな手を振ると、光の帯となって馬の腹とシスターを縛り付ける。ご丁寧にも背中辺りで、蝶々結びになっているのは遊び心だ。

 しかし、ラッピングされたシスターは困惑するばかり。事態を飲み込めないうちに、今度は馬自体が淡く光り、猛然と走り始めた。


「ええぇぇ?! ててんしぃさまあー、はやっ! 早っっすぎーーー!!」

「舌噛むから、口閉じなさい!」


 馬の全速力で走るギャロップ。それを大幅に上回る速度で、跳ねるように駆ける。フィーアが馬に掛けたのは、身体強化と持続する回復魔法だ。本来なら5分も持たない走りを、無理矢理回復して何時間も走らせる事が可能となる。

 馬も内から湧き上がる力に嘶き、興奮し、前へ前へと走る。

 しかし、それを追い抜く者がいた。


「(俺は先行して、歪獣を処分していくぞ)」

「(よろ~)」


 白鎧の騎士がマントをたなびかせ、爆走する馬を追い抜いていった。馬もシスターも、信じられない物を見たかのように、目を瞬いて見送る。

 青い雷と共に走り去る地面には、2つの黒い線状痕が残されていた。


 統夜の使う移動用スキル〈雷駆輪〉だ。雷で出来た車輪を、両足外側のくるぶしに装着し、高速走行する。短時間なら空中も駆ける事が出来るが、消費が増えるので基本は陸戦用。

 王都までの街道を、右に左に、青い光が走る。統夜が〈雷駆輪〉で駆け回り、歪獣を討伐していた。


 街道脇の林から、真黒な狼が湧き出て来る。影をそのまま3D化し、真っ赤な目と口を付けたような、異形の化け物。地脈の歪みから生まれる際、近くの生物を模して出て、他の生物を殺してマナを奪う。


 並の戦士が数人掛かりでも苦戦するような歪獣が、一太刀の元に斬り伏せられ、形が保てなくなっていく。浄解の青い光で斬られた歪獣は歪みを正され、正常なマナへ戻り、太刀に吸われていった。


「(統夜、周辺の索敵情報をリンクするわよ。王都までのルートも引いておくから、程良く間引いてね)」

「(了解。しかし、数が多いな。適合で足りなかった分、マナを吸収出来るのはありがたいが……)」


「(そうねぇ……いくら闇に閉ざされて不安になったとはいえ、住民の負の感情だけで増えたとは思えないわ。

 さっき調べた時、地脈が曲げられた形跡があったの。王都に無理矢理集中させたせいで、アチコチに歪みが出ているみたい。そこから歪獣が溢れているのね。

 こんな大規模な事、普通の魔法使いに出来る芸当じゃないわ。地脈経由で探ってみるから、暫く守ってね)」

「(任せろ)」


 青い雷光が縦横無尽に走り回る。〈雷駆輪〉で辻斬りし、時には青い剣閃を飛ばし、道を切り開いていった。




 3時間後、王都近くまで辿り着いたが、異様な光景に馬の脚を緩めていた。

 正面の城門は固く閉じられ、人の姿は無く、代わりに歪獣が群がっている。そして、城壁の4隅には、高い塔が設けられていた。各々の塔の尖端に光の珠が淡く輝く。その珠からは時折、曇天の空に雷を走らせていた。


「(統夜! 私の魔法で城門を破壊するわ! 一端離れて!)」


 馬頭上から飛び立ったフィーアは、輝く羽を広げる。羽から広がった紫の光が、更に大きな羽を形作り、輝きを増していく。朗々と歌うような呪文が響き、その力ある言葉に空の雷が答えた。


天鼓てんこ奏でへ集う、荒れ狂う者をいさめる、いにしえの雷光よ。罪を滅する光とならん!

 打ち砕きなさい!! 〈トールハンマー〉!!!」


 光の羽が弾け、バラバラの羽根となって広がると、その1枚に雷が落ちた。羽根は雷を纏い、連鎖するように雷で羽根同士が繋がり、形を形成していく。


 曇り空にハンマーの星座が生まれた。光の羽根を恒星として、雷で輪郭が描かれている。そして、曇天に鳴る雷をどんどん吸収し、巨大化して〈トールハンマー〉が完成する。


「そーれっ!! ぺったんこ~~!!!」


 フィーアが、天に掲げた手を降り下ろす。それに合わせて、天に浮かんだ雷のハンマーも振り降ろされた。

 轟音と共に紫電の光が走り、王都の城門は疎か、周囲の城壁も歪獣もまとめて押し潰されていった。


「よ~しっ! もういっちょう~!!」


 己の魔法の威力に満足したフィーアは、再度、腕を振り上げる。すると、未だに形を保っていた〈トールハンマー〉が浮き上がり、今度は一番近い塔に振り下ろされた。


 城門を破壊する程の威力、細い長い塔が耐えられる筈も無い……しかし、〈トールハンマー〉は、少し手前で見えない壁に激突した。紫電が走り、塔を包む繭のように結界が浮かび上がる。

 そして、雷を吸われて勢いを失った〈トールハンマー〉は、バラバラに分解され、尖塔の光の玉に吸われていった。


 悔しそうな顔のフィーアが馬頭上に戻ると、退避していた統夜が〈雷駆輪〉で並走する。


「(魔法に使っていたマナが喰われたか?)」

「(それもあるけど、純粋な力負けよ! 元魔王の魔力より溜め込むなんて……周辺の土地だけでなく大陸中、ううん、世界全体から集めているのかも)」


「(ならば、物理的に斬り倒すまでだ)」


 そう念話で言い捨てた統夜は加速し、潰れた城門跡から中に飛び込んで行った。


 城門入ってすぐの広場、そこには巨大なドラゴンタイプの歪獣が待ち構えていた。家よりも大きい体躯の至る所に、赤い目が光っており、口からは黒い炎が漏れ出ている。

 そして、大口を開けたドラゴンは、侵入者に向けて、黒炎を吹き出した。


 〈雷駆輪〉で駆ける統夜は、黒炎に正面から突っ込み……太刀で黒炎を斬り裂いた。


「〈中天・桜花幻影〉」


 斬られた炎が、桜吹雪となってドラゴンへと押し返された。桜の花弁が舞い踊り、全身の赤い目を覆い隠す。

 侵入者の姿を見失ったドラゴンが、辺り構わずブレスで薙ぎ払おうとしたとき、背中の翼が切り飛ばされた。


暁天きょうてん・雪華」


 統夜が〈雷駆輪〉でドラゴンの背を走りながら斬ったのだ。しかも、切断面が凍り付いている。背後まで走り切ると、オマケの如く、尻尾を切断し凍らせた。

 ドラゴンが怒りだし、短くなった尻尾を振るが、既に統夜は桜吹雪に紛れて移動していた。


「月天・おぼろ斬月」


 ドラゴンの周囲を周りながら、太刀を構えて自身の幻影を生み出す。しかし、幻影といえども、三ヶ月に輝く太刀はマナで生み出された本物だ。

 周囲に7体の幻影と、本人で八方を囲むと、止めとなるついのスキルを発動させた。


有為転変ういてんぺん・雪月花」


 四方八方から、三日月の剣閃が煌めき、ドラゴンを斬り刻み、凍らせる。そして凍った傷口から、氷で出来た植物が伸びた。にょきにょきとマナを吸い育ち、8本の氷の月下美人が咲く頃には、苗床となったドラゴンは動きを止めていた。

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