第10話 裏稼業の人間にゲームが嫌いな奴はいない
「わけが、わからない」
気絶している間に復讐が果たされていたシアノは、「なんなの、もう……!」と、どこか納得のいかない顔をして酒場でエールを飲んでいた。
僕らの卓の隣には、ゲスツィアーノ邸から連れ出してきた幼い子どもが数名。
それなりに寵愛されてはいたのだろう、栄養状態はいずれも悪くないが、親の顔を覚えていない、あるいは親を亡くした孤児なのか、行く宛てがなくて皆呆然としていた。
無論、両親のことを覚えていた子たちは親元へと帰れるように、路銀を持たせて解放している。シアノは不本意ながらもアーティ組を継ぐ形となったから、資金はそれなりに蓄えていた。
「この子達、これからどうするの……?」
不安そうな眼差しを向ける愛璃。
僕も、自分らだけでも大変なのに、さすがにこんな大所帯は――
「――私が、引き取る」
「「!!」」
シアノは決意に満ちた眼差しで、子どもたちを見つめていた。
「この子らを、無理にアーティ組の組員にしようだなんて思っていない。けど、当面は世話をする人間が必要だろうし、私も今はひとりぼっちで寂しいし。彼女たちが行先を見つけられるまでは一緒にいようと思う。それでもし望むなら、組員に――家族になってくれると嬉しいかなって」
「シアノさん……」
「本当は、私もあなた――エイスケについていこうかな、って思ってはいたんだけど。こうなっちゃったらしょうがないよね?」
頬を染めながら、穏やかな顔で微笑むシアノ。
シアノは不意に椅子から立ち上がると、僕の方にぐっと顔を近づける。
そして――
「ありがとう。エイスケ」
ほっぺに優しくキスをした。
(……っ! ……!?!?)
「あなたがいなければ、私はこうして生きていない。おまけに二回も助けられちゃって……本当にありがとう。……好きよ」
「へっ……!? ふぇっ……!? シアノさん――!?」
僕も愛璃も驚きに目を見開き、ぽかんと口をあけるしかなかった。
もはや自覚できるほどに甘い空気を垂れ流す僕らだったが、不意にやってきたあるひとりの客によって、終止符を打たれる。
「おやおや、これは……! シアノくんにも遂に春が来ましたか……!」
紅の長髪を靡かせ、コートを肩にかけた男がどかっとシアノの隣に腰かける。
歳は二十代前半くらいか、連れていた二名の黒服従者を脇に控えさせ、長身の男は愉しそうに目を細めた。
「お久しぶりです、シアノくん♪」
「クリストフ……!」
「いやぁ~。ボク感動しちゃいました。こんな、膝丈くらいしかなかった可愛いちんちくりんの小娘が、見違えるような美人になっちゃって。しかも、同い年くらいの少年相手に目も当てられないようなメスの顔しちゃってるじゃないですか! あははっ!」
僕は、そいつのことを一瞬で嫌いになる。
「……なんの用?」
忌々しげに視線を向けるシアノに、紅髪の青年は口笛を吹きながら。
「冷たいですねぇ。風の噂でアーティ組が潰れたと聞いたので、こうして拾いに来てあげたのに」
「「「!!」」」
「しかも何やら大所帯。ボクはてっきり、ひとりぼっちで途方に暮れて、生きる為に娼婦にでも身をやつしているかと思っていたのに。まぁいいです。端的に言いますと、ボクはきみを取り込みに来た。アーティ組の生き残りを正式に舎弟に加え、名実ともに、ボクらが業界ナンバーワン――裏の支配者として振る舞うんですよ。無論、アーティ組の傘下や取引先もボクらのもの。元よりきみひとりには背負いきれない代物でしょう? 手伝ってやろうっていうんです。親切な話でしょう?」
その発言に、シアノは二の句が継げなくなる。
悔しそうに拳を握りしめ、俯くことしかできない。
……シアノにも、わかっているんだ。
組の再興なんて夢のまた夢……
今の自分には、手の届かない絵空事だと。
……でも。こんなのあんまりだ。
僕は思わず、立ち上がった。
「そ、そんな言い方しなくても……! シアノさんだって、彼女なりに頭領の想いを汲もうと、前を向こうとがんばっているのに! 親の仇だったゲスツィアーノに、敵う筈もないのに立ち上がって復讐を果たした。今度は自分が頭領にされてきたように、身寄りのない子達の面倒を見て、家族になって……もし叶うなら、あのあったかい居場所――アーティ組を取り戻そうと、一歩を踏み出したところなのに!」
「エイスケ……」
怒りに呼吸を荒げる僕に、クリストフは驚いたように目を見開く。
「なんですか、キミは。他人様のためにそんな躍起になって――シアノくんの知り合い? シアノくんの男ですか?」
ちょいちょい、と小指を立てるクリストフの問いに、シアノは顔を赤くして俯いた。
否定は……してくれないようだ。
僕の隣には愛璃もいるのに。ちょっと困る。
だが。クリストフは大層愉快そうに、腹を抱えて笑った。
「あっははは! きみのそんな顔を見られただけでも、今日は来た甲斐がありましたねぇ!」
「え。じゃあ――」
「帰ってくれるのか?」。淡い期待に、クリストフはにっこりと。
「でも。それとこれとは話が別です♡」
指先ひとつで、控えていた黒服に書類を持ってこさせる。
そうして、ペンとナイフをシアノに手渡した。
「ボクら――ノステール=アリストラ。通称ステラ組の傘下に下る契約書です。お抱えの魔術師に頼んで、裏切ったら悪魔がでてくるヤツにしました。高い顧問料を払っているのだから、これくらいしてもらわないとね。ささ、ナイフでちょこっと、血判を押してください」
「……っ!?」
「ほら、早く。ボクだって忙しい中、昔馴染みのよしみでこうして来てるんですよ~?」
にこにことした笑みの裏に、苛立ちがわずかに見てとれる。
――ああ、マズイな。
目の前にいる青年はおそらく、殺気を、波紋の立たない湖面レベルにまで研ぎ澄ませる類の人間だ。
僕は咄嗟に周囲を見渡した。
なけなしの魔法で、この状況をなんとかできないものかと――
(ダメだ……何をどう動かせばいいのか、まったくわからない……!)
相手は(おそらく戦闘力の高い)大人三名。
糸で瞼を縫い付けたくらいでは、子どもたちも連れて逃げるなんて真似は到底無理だし、万一置いていったとしても、僕ら三人だけ逃げることも不可能だと本能的にわかる。
机の上には悪魔の契約書――
僕は、恐怖で高鳴る心臓に鞭を打って、口を開いた。
「僕と……
「……
ぴくりと、クリストフが整った眉をあげる。
僕は異世界に来てから、学んだんだ。
裏稼業の人間に、
「僕が勝ったら、僕らアーティ組を傘下に入れるのではなく、対等な同盟者として関係を結んで欲しい」
「!」
その言葉に、クリストフはくつり、と。
心の底から楽しそうな笑みをもらす。
「へぇ。へぇ、へぇ……! キミ、案外度胸がありますねぇ! いいですよ。どんな勝負をするんです?」
「……コレです」
そういって、卓にのったジョッキのひとつに手を伸ばす。
僕は――異世界に来てから、学んだんだ。
僕は案外、お酒に強い。
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