第20話
「あなたは黙ってて」
「後輩君、無理しなくていいからな」
「志田先輩、別にこの程度大したことないですから」
「私は君を思って言っているんだぞ?今回我慢したら今度はもっと重い荷物を持たされるかもしれないんだぞ?」
「それはそうですが……」
「あなたは私の味方よね?二つ返事でOKしてくれたじゃない」
「それもそうですけど……」
しかも姉同士の喧嘩の仲裁は、どちらかの味方になりすぎるのはNGというめんどくさい案件なのである。たとえどちらか一方が完全な悪だったとしても。今後に関わるので。
だからマジで疲れるのだ。かと言って無視していたら矛先がこちらに向かうから逃げるわけにもいかない。
本当に姉って多すぎると大変なんだ。
本当になんでこんなに増えたんだろうな……
「そうだな!やはり私の買い物にも付き合ってもらうのが一番だな!ほら荷物を貸すんだ!」
若干うんざりしていると、唐突に志田先輩が俺の持っていたカバンを強奪した。
「え?」
「どうせ今日一日古本屋を回る予定だったんだろう?つまり後輩君が持つ荷物は倍以上になることは確定じゃないか。それなら私の買い物に付き合うことで被害を最小限に抑えようではないか。私の買い物はどうあがいても重くならないし、こうして私も手伝えるからな」
「何故私があなたの買い物に付き合わなければならないのよ」
すると当然夏目先輩からの反発がある。そりゃそうだ、今日の古本屋巡りは結構意気込んで来ているっぽいからね。普段のお洒落な恰好では無く、機敏性が何よりも重視されているし。
「付き合いたくないのであればさっさとこの荷物を持って帰るんだな。これ以上の大荷物を持たせるのは看過出来ない」
「生徒会副会長だからって人のプライベートに踏み込む権利は無いわ。常識よ?」
「後輩をこき使う権利も貴様には無いが」
「あるわよ。部活動で上下関係は絶対なのだから」
「屁理屈を言うな。そんな前時代的な考えを私は決して許さない」
いや、あなたもこき使っている方だよ。生徒会でのことは記憶に無いんですか。
「あの、目立ってるので抑えるか辞めてもらえませんか……」
モデルも逃げるレベルの美人二人が一人の男を囲んで喧嘩している光景は中々に目立つ光景であり、色んな人が遠巻きでこちらの方を見ていた。
「そうね、昼食を食べに行きましょうか。あそことかどうかしら?」
と夏目先輩が示したのはお好み焼き屋。確かに美味しそうだが、結構珍しい選択だ。ここは自分で焼くタイプの店なので大変だし、時間もかかる。
「良いですね。行きますか」
しかし、俺としては断る理由は無かった。朝食と夕食は健康を考えたものしかないので、こういった健康度外視の飯が欠乏しているのだ。
「後輩君、別の店を選ばないか?例えばそうだな、そこのお店とかどうだ?」
すると、志田先輩は対抗したかったのか別の店を指差した。
「あそこですか……?」
姉の言う事は絶対であるはずの俺も、思わず志田先輩を疑った。
というのも、夏目先輩が選んだのは居酒屋だったのだ。商業施設の中に併設されているタイプの居酒屋だから多少ハードルは下がるけど、駄目だよね。
未成年のお酒はダメ、ゼッタイ。
「え?ああ、ここは違うな。こことかどうだ?」
次に指差したのは隣にある牛タン屋。
「滅茶苦茶高いですけど大丈夫なんですか?」
一食二千円とかするぞアレ。
「問題ない!3人分払う余裕すらあるぞ!」
そう言って志田先輩は黒いカードを見せてきた。
「そう、勝手に行けば良いわ。私にはそこまで高い金を食に費やす程の余裕はないの。行くわよ」
そう言って夏目先輩は俺の手を引っ張り、お好み焼き屋へと連れて行った。
「待て、後輩君。当然私の方に付いてくるだろう?」
「えっと、そのですね……」
姉である志田先輩の誘いを断るのは非常に心苦しい。けれど、今日は夏目先輩と約束してここに来ているわけで、こちらを無視するわけにはいかない。
姉同士で格付けをしているわけではなく、倫理として、人として正しい選択をしただけである。
「とにかく、お好み焼き屋は駄目だ!他にするぞ!」
「他なら何でも良いのかしら?」
「ああ」
志田先輩の強引な拒絶に対し、意外にあっさりと受け入れた夏目先輩。
「なら、あそこに行きましょうか。なんでも良いのよね?」
そして指差したのはホルモン屋。もしかして夏目先輩、案外そっち系が好きなのか?
「あ、あそこもダメだ!!!!」
「嘘をついたわね」
「とにかくダメだ!」
「我儘が過ぎるわね、もう知らないわ。入りましょう」
ああ、何となく分かった。
夏目先輩はそういう店が好きなんじゃなくて、志田先輩がそういう店が嫌だということが分かっていて選んだっぽい。
でも何故?
何かあるのだろうかと思い、志田先輩を観察する。
……もしかして、服が汚れそうだからか?
志田先輩が今日着ている服は白を基調としたコーディネートだ。確かにソースは目立つし、提供方法の都合上、ソースはねは避けられない。
しかし気付いたのは夏目先輩の手によって店の中に連れられたタイミングだった。
「いらっしゃいませ、お二人でしょうか?」
「いや、3人だ」
申し訳ない事をしたなと思っていたが、志田先輩は店に入ってきた。
「はい、それではこちらへどうぞ」
流石に客の前でぞんざいに扱えなかったらしく、夏目先輩は何も言わなかった。
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