第19話

 一応待ち合わせの時間は10時半の筈だが、今はまだ9時である。


「そうだとしても後輩なんだから私よりも先に来るのが常識でしょう」


「常識を語るならいつも常識的な時間に来てください……」


 夏目先輩は学校には遅刻ギリギリに登校するくせにこういう時は毎回約束よりも1時間くらい早く来るのだ。


 じゃあ早く設定すれば良いじゃないかと当然ながら考えた事があるのだが、そうなるとその時間より1時間早く来てしまった。


 9時に約束した時に7時半位に到着された時は本当に頭を抱えた。


 かといって俺が余裕の持てそうな遅めの時間を設定するとキレられる。不条理だ。


「別に常識的じゃない。高校なんて朝8時よ?」


「そういう問題じゃなくてですね」


 それでも、俺と会うのが楽しみだからという理由だったら全てを差し引いてもプラスになってくれるのだが、


「早く来たらその分多くの店を回れるから良いじゃない」


「そうですね……」


 この人、純粋に店を見て回って買い物をすることが楽しみすぎて早く来ているだけなのだ。


「じゃあ行くわよ」


 そう言って夏目先輩は俺の手を引っ張った。


「あの、9時ってまだ店開いて無くないですか……?」


「大丈夫、1店舗だけ開いているわ」


「あっ、そうなんですね……」


 俺はそのまま夏目先輩に引っ張られていった。


「ここよ」


「よく知ってましたね……」


 辿り着いたのは駅から徒歩20分くらいの住宅街に紛れているぱっとみただの一軒家にしか見えない古本屋。この辺りは新興住宅地らしく、似たような建物ばっかりだったが、一瞬も迷う素振りすら見せなかった。


「文明の利器、Goo〇leMapよ」


 俺が感心していると、夏目先輩はスマホの画面と髪に隠れていたワイヤレスイヤホンを見せてくれた。


「そういうことだったんですね」


 そりゃあ迷わないよな。次ここ右とか指示してくれるんだから。


「当然よ。いくら私でも知らない場所を何も見ずに迷わないわけが無いわ」


「それもそうですね」


 そんな事が出来るのがこの世に二人も居てたまるか。


「とりあえず中に入りましょう」


「そうですね」


 俺たちは店の扉を開き、中に入った。


 中は一般的な古本屋と変わらず、天井まで伸びるやたら高い本棚と滅茶苦茶狭い通路の組み合わせで妙な圧迫感がある。


 別にこの圧迫感は不快なものではないけど。


 にしても目キラキラさせてるなあ……


 古本屋に入ってから夏目先輩はずっと凄い笑顔だ。このままレジに行かれると恥ずかしいレベルだ。


 一応古本屋だから静かにはしているが、今の精神レベルは小学生位だと思う。


 今は夏目先輩ではなくて夏目ちゃんだな。


『はい、持って』


 なんて変なことを考えていると、夏目ちゃんから次々に本を渡された。


『ゆっくり置いてくださいね。落としかねないので』


 そんな俺の声は聞こえていないらしく、雑に本を渡され続けた。


『よし、じゃあ会計に行くわよ』


『全部ですか!?』


『当然』


 渡された本の冊数はなんと10冊。全てが漫画本でも渡されるのがビニール袋ではなく紙袋になる量である。


 当然ながら夏目ちゃんが購入する本にはハリー〇ッター級の本もあるので、そのレベルでは済まない。


 初手なのに約3㎏の紙袋が生まれてしまった。


 店を出て、


「じゃあ次に行くわよ」


「えっと、いくつ回る予定なんですか?」


 今日の古本屋巡りはいつもの数段レベルが違うように見えたため、恐る恐る聞いてみた。


「最低でも10店舗。目標は駅周辺に存在する15店舗全てを回りきる事かしら」


「で、ちなみにそれぞれで何冊位買う予定ですか?」


「細かくは決めてないのだけれど、ざっと5万円分くらいかしら」


「5万……!?!?」


 それ新品でも100冊近く買えますけど!?


「ええ。今日の荷物持ちはやたら元気なようだから」


「あっ」


 燐さんにマッサージしてもらったせいかあ!!!!


 そんな罠分かるわけねえだろ!!!!


 っといけないいけない。姉に協力できることは至上の喜びなんだった。


「ってわけで次に行くわよ」


 俺の複雑な感情を読み取る気すらない夏目先輩はスタスタと早足で歩き始めた。



 それから12時までに俺たちは5店舗を巡り、俺の両手にぶら下がる重量が10㎏を超えたあたりで昼ご飯を食べることになった。


 というわけで一旦駅前に戻り、デパートのレストランフロアに上がった所、


「後輩君じゃないか。今日はこんな所で……って貴様、何故ここにいるんだ」


 志田先輩に偶然出くわしてしまった。


「そんなの私の勝手でしょう。あなたこそどうしてここにいるの。さっさと帰って勉強でもしてると良いわ」


「貴様こそ後輩君にそんな大荷物を持たせて……いくら手伝わせるにしても限度があるだろう」


 また始まったよ。



 そう、この二人は非常に仲が悪いのだ。毎回会う度に何かしら言い合いをしているのだ。


 まあ真面目な生徒会副会長と不真面目な文芸部部長なのだから仕方ない所はあるんだけど。



 これは大量の姉が居ることの弊害の一つだ。流石に毎回出会う度に喧嘩するレベルの組み合わせはここだけだが、他にも不仲な組み合わせは存在する。


 原因は分からないが、多分同族嫌悪みたいなものだろう。姉属性被りだし。


「まあまあ、2人とも落ち着いてください」


 それで何が弊害なのかといえば、毎回俺が仲裁役をさせられるということ。

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