第13話

「ねえ、今週のマガ〇ン見た?」


「見ました。今週はサク×ハラが個人的に一番面白かったです」


「うん。作画にやたら気合入っていて凄かった」


「アレ、作者さんに彼女が出来たかららしいよ」


「えっ、彼女!?!?」


「うん。この間出来たって彼女の方から報告が来た」


「彼女さんの方から?誰なんですか?」


「声優の水野碧さんからだね」


「え!?!?!?」


 という感じで雑談しつつ作業をすること数時間。


「じゃあ俺はお先に失礼しますね」


「「「「お疲れ~」」」」


「それでは」


 飯時になったので俺は次葉先生の仕事場から出た。


「スーパーに行かなきゃ」



 そのままの足で夕食と朝食を買うためにスーパーへ。


 時間帯が丁度良かったので学校の誰にも遭遇することはなく、無事に食材を購入することに成功し、やっとの思いで家に辿り着くと、


「弟よ!おかえり!!!!」


 とワンルームのアパートに見合わない高級外車の屋根に仁王立ちしながら、無駄に大きな声で出迎えられた。


 その声の主は酒を飲んでテンションが上がったゆかりさんではなく、春川京という。


 名字が一致しており、しっかりと実体が存在する。


 というわけでイマジナリー姉でも、関係正常の姉でもなく、戸籍にしっかりと記載された本物の姉だ。


「ただいま。近所迷惑だから声を抑えて。そしてどうしてここに居るのさ。大学あるよね」


「近隣住民には事前にお願いしているから問題ない。そしてここに居るのは当然私が可愛い可愛い渚の姉だからだ!大学など関係ない!」


 京さんは車の上からアクロバティックに飛び降り、真っすぐ俺の元にやってきて俺を全力で抱きしめてきた。


「ちょっ!!」


「いやあ可愛いなあ弟というものは!!!うむうむ!!!!!!」


「よしよしよしよし!!!!」


 姉を希う者として、最高に幸せな状況だと間違いなく断言出来るが、正直それどころじゃなかった。軽く死にかけているのだ。


 その理由は京さんが美人すぎて幸せで心臓が破裂しそうなわけでも、京さんの力が男子のレスリング選手や柔道の選手を凌駕しているからでもない。


 もしかしたらそれも理由に含まれるのかもしれないが、無くても大した差は無い。


 なら何故か。京さんが巨乳であり、身長が俺より20㎝程高いのに、その事を一切考慮していないからである。


 胸に強く抑え込まれているせいで全く呼吸ができないのだ。


 その事を京さんに伝えようにも、京さんの声がデカすぎて掻き消されるし、そもそも声を出せる状況にない。


 万事休すである。


 でも、これが幸せな終わりなのかもしれない。


 そう思いつつ、静かに意識を失っていく寸前で、


「じゃあ、部屋に向かおうか!」


 胸から解放され、無事に呼吸が出来たことで息を吹き返した。


「うん、京さん」


「ん、どうしてそんなによそよそしい呼び方なんだ。お姉ちゃんと呼んでくれ」


「って言われても、まだ知り合って2カ月すらたってないから……」


 春川京という女性は俺の姉であることに間違いない。


 ただし、血が繋がっているわけではない。父さんが今年の3月、中学を卒業する寸前当たりで再婚した今の義母さんが連れて来た娘なのだ。


 つまり京さんは実姉ではなく義姉。そして付け加えるなら姉弟歴たった2カ月足らず。


 その相手に対して姉を冠する呼び名で呼ぶのは色々どうなのかという疑問がある。


 俺は確かに姉という存在を永遠に欲し続けていたし、京さんは義姉歴2カ月未満とは思えないレベルでブラコンだからお姉ちゃんと素直に呼んだところで問題は起こらないだろう。


 しかし、少し思う所があるのだ。


 考えてみて欲しい。一定期間の交際を経て再婚した、一番ラブラブな時期の自分たちよりも、出会って間もない子供達の方が仲良くしているという光景を。


 別に嬉しいとは思うよ。でも、同時に何かが心の中で引っ掛かる気がする。


 アレ、どういうこと?って感じで。


 だから最低でも1年くらいはね。


「別に私はウェルカムだぞ?ほら、お姉ちゃんと呼ぶが良い!」


 ただそんな感情は自己満足でしかないので京さんに伝わるわけもない。


「でもね……」


「駄目か……?」


 呼び方の変更だけでそんな切実な目で見ないでください。


 仕方ないなあ……


「流石にお姉ちゃんは恥ずかしいから姉さんで良いかな?」


 俺の謎の倫理観が出来るラインとしてはここまでだ。それに京さんだとよそよそしすぎるし、これくらいはしないと逆に心配をかけるから。そうだ、だから姉さんなんだ。


「お姉ちゃんじゃないが、今回はそれで引き下がるとするか」


「そうしてくれると助かるかな」


 この人本当にブラコン拗らせてるなあ……


 まあ俺も大概なんだけどさ。



 駐車場から移動し、部屋の中に入ると、


「何これ」


 家を出る時には無かった段ボール5つが部屋の中央を占拠していた。


「当然姉からのプレゼントだが?開けてみるといい」


 とりあえず開けない事には始まらなさそうだったので一つ一つ段ボールを開封していくことに。


 まず一つ目。中に入っていたのは、一人暮らしにはありがたい賞味期限が遠目の食料品。


 ……


 そして二つ目も同様だった。


 三つ目を開封する。中には夏用の寝巻とタオルが詰め込まれていた。買う手間が省けるのはとてもありがたい。


 ……


 四つ目。中には大量の服が。ぱっと見ただけだが、京さんの優れたセンスで俺に似合うものを入れてくれた事が分かる。


 ……


 五つ目。中に入っていたのは丁寧に梱包された家電が二つ。お掃除ロボット、電気圧力鍋、そしてコーヒーメーカー。開封済みってことは多分一回使った後使わなくなったから持ってきたのだろう。


 ……


 俺は開けた段ボール箱を全て閉じた後、姉さんの方をじっと見つめる。

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