第2話

 こんな心の惨状でもう分かっているかもしれないが、俺の性癖はお姉さんだ。


 産まれた時からお姉さんを求め続けて10数年。遂にお姉さんと呼べる存在が現れたのだ。


 高校になってから一人暮らしを始められて本当に良かったと思っている。


 何故一人暮らしなのか。その理由は当然親の転勤が多いせいだ。


 小中学生の頃は一人だと問題になるということで付いていかねばいかなかったのだが、高校生になったら別に問題無いし、高校で転校を繰り返すのは流石に手間がかかりすぎるということで一人暮らしとなった。


 一人暮らしになってから一週間も経たないうちにこの完璧なお姉さんに出会ったというわけだ。


 転校を繰り返していた小中学生の頃は周りにお姉さんが現れてもすぐに俺が居なくなってしまうのでは意味が無いじゃないかと若干恨んでいたのだが、これまでの布石と考えれば全てが許せる。


 寧ろお姉さんへの感情を高めさせてくれてありがとう。本当に。


 まあ今の現状を鑑みると両手を挙げていいのかという疑問は残るのだが、中学生までの灰色の日々を思えば圧倒的に今の方が素晴らしい。


 っとそんな事をしみじみと考えている時間は無いんだった。


「今の内に部屋を片付けておきますね」


 ゆかりさんが飯を食べ終わる前に部屋の掃除をしなければならない。


「いいのに」


「駄目です。ゆかりさんに任せておいたら確実に悲惨な事になります」


「酷いなあ」


 というのもこの人、片付けが出来ないのである。


 もっと言えば一人で生活が出来ない側の人物である。


 料理や掃除だけでなく、洗濯や家計の管理まで何も出来ないのである。


 つまりおっとり系である上にダメダメお姉さんなのである。つまり最高というわけだ。


 おっとり系は俺たちの生活を助けてくれと思う人も居るかもしれない。だが、これはこれで素晴らしいと思うんだ。


 いや本当に家事が出来ないお姉さんが現れても良いように家事修行をしていて良かったと思う。


「にしても毎日来ているのによく毎回汚くしてきますね……」


「気付いたらそうなっているんだよ。本当にびっくり」


「気付いたのなら掃除をしてくださいよ」


「だって気付いた頃には疲れているんだもん。そりゃあ寝ちゃうよ」


「頑張っているのは分かっていますけどね……」


 毎日部屋が汚れている原因は大量の紙である。そこには難しい数式やら図やらがびっしりと書かれている。


 ゆかりさんが通っているのは日本一頭が良いとされる東央大学の医学部らしい。


 実際に学校で勉強している姿を見たことがないの確定ではないが、お姉さんの主張を疑ってはいけない。つまり確定である。


 だから日々尋常じゃない量の勉強をしなければならないのは分かるが、毎日大量の紙の束を部屋の各地にバラまくのだけはやめて欲しい。せめて勉強机の周囲だけにしてくれ。


 冷蔵庫の上やカーテンレールの上に何故散らばるんだ。


「まあ渚くんがいるからね」


「人を当てにしないでください。俺が高校卒業してしまったらどうするんですか」


「渚くんも東央大学に来るんだから大丈夫だよ」


「さも当然のように言わないでください。一応日本一入るのが難しい大学なんですからね」


「渚くんならいけるでしょ?」


「……無理ですよ。流石にそこまで成績が良いわけではないので」


 嘘である。正直な所、海外の大学に行くのならともかく、東央大学なら余裕で受かる自信がある。


 ただ、考えてみて欲しい。日本一の大学に通う男の事を弟のように接してくれる人間なんて存在するのだろうかと。


『少年、今は大学生かな?』


『はい』


『ちなみにどこの大学なのかな?』


『東央大学です』


『あっ、ってことは頭良いんですね』


『どうでしょう……』


 絶対こんな感じになるよ。凄い大学に行っているからって理由で若干の尊敬と迷いが入ってしまうのだ。


 そして社会人になってもそれは同様である。姉力がどれだけ高かろうと大学名を知ってしまってからも姉を継続してくれない人が大多数を占める。


 だからこそ俺は良い大学に行くとしても分かりにくい所やネタにしやすい所を選びたい。


「じゃあ私が教えてあげる。すぐに成績を上げてみせるよ」


 ……!なんとも素晴らしい提案を!?!?


 所謂家庭教師イベントではないか……


 成績に不安は無いし、楽しみだけを味わえるのでは。


 なんならスーツ姿のゆかりさんを見られるかも……


「ありがたいお話ですけど、やめときます。勉強が大変ですよね?」


 ただ、ここは理性を保ってNOと答える。


 渚流お姉さん5原則の1つに『姉の言う事は絶対』というものがある。


 しかし、その上に1つ重要な決め事がある。


『姉の将来と生活を大切にすること』


 である。


 いくらお姉さんを欲しているといえども、自分の為に人生を失わせるわけにはいかない。


 悲しいエンディングはお呼びでないのだ。


 ゆかりさんはきっと将来は世界に大きく羽ばたくはず。それは毎日の勉強内容が物語っている。


 そんな人の時間を奪ってしまうわけにはいかない。そもそも俺は成績を騙っているのでゆかりさんに失礼でもある。


「確かにそうかもね~。ごちそうさま。今日も美味しかったよ」


 散らばった紙を集めながら話をしていると、ゆかりさんが朝食を食べ終わった。


「それは良かったです。じゃあ食器を持ち帰りますね。紙は一応戸棚に片付けておきました。捨てるかどうかは夜で」


「うん、ありがとう」


「いえ。ではまた夜に」


「うん、じゃあね~」


「さようなら」


 俺は食器を持って俺の家に戻った。


「時間は……6時50分か。急がないと」


 俺はスポンジを風呂場から、洗剤をクローゼットから取り出して食器を急いで洗い始めた。


「これとこれとこれを……」


 それから5分後、


「終わった。後は水を切って……」


 俺はキッチンペーパーを勉強机の引き出しから取り出し、洗い終わった食器の水を全速力でふき取った。


「よし、後は片付けるだけ」


 まず生ごみを纏めて、袋に詰め込む。


 そしてシンクに付いている水をキッチンペーパーでざっとふき取る。


 そのままベランダに向かい、ゴミ箱に生ごみ袋とキッチンペーパーをぶち込んだ。


 使った食器とフライパンはそれぞれ棚へ。


「おっと」


 使った食器は一番上ではなくて一番下に直さないと。


 最後にスポンジと洗剤とキッチンペーパーを所定の位置に戻して、


「終了!ジャージは濡れていないな」


 やることは全て片付けたので、俺は電気を消してベッドに入って眼を瞑る。

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