天才はどこでも勉強

味噌村 幸太郎

第1話 一体なんの勉強をしているんでしょうか?

 2000年代初頭。

 僕は高校を卒業し、底辺だが大学へと進学。

 同時にカノジョもできて楽しいキャンパスライフを送っていた。


 そのリア充ライフ? を見ていつも嫉妬する友人がいた。

 彼は高校時代の男友達で、名を天才くんと言う。


「味噌村は良いよな。大学も入れて友達もたくさん出来て、カノジョまでいて……」

「いや、そんなことないよ」


 頭の良い彼なら、本来ならば、僕と同じく大学生という肩書を手に入れることは、容易いはずなのだが……。

 天才くんの夢は国内でもトップクラスの有名大学に進学することだった。


 だから、当時は浪人生という立場であった。

 妥協を許さない彼は、毎日12時間以上の勉強を自ら選んでいた。

 時には家庭教師をつけたり、予備校をコロコロと変えたり、とにかく勉強に対して貪欲で、命をかけて頑張っていた。


 ある夏、彼から電話がかかってきた。

「ちょっと頭を休めたいから、県外の静かな所に一泊旅行をしないか?」と。

 僕も大学が休みで暇だったから、その案を呑んだ。


 どうやら天才くんは勉強のしすぎで、疲れているらしい。

 なるだけ「人がいない所が良い」と言っていた。

 彼に頼まれて、僕はインターネットで調べ、とある温泉街へと行くことにした。

 山に囲まれた自然豊かな田舎だ。

 ここでなら、彼もリフレッシュできるだろうと。


 現地について、豪華な海鮮料理などを楽しみ、露天風呂で二人裸同士の付き合いをし、談笑する。

 心身共にサッパリしたところで、予約していた部屋に入る。

 あとは休むだけだが、まだ寝るには早い。


 畳の上にひいてある布団の上で、浴衣姿の僕は寝転ぶ。

 そしてなんとなく、テレビをつけてみる。

 大好きなお笑い番組を見ながら、煎餅を食べていると……。


「おい! 味噌村っ! うるさいって!」


 天才くんが急に怒鳴る。

 隣りの布団で寝転がっているものだと思っていたが、違った。

 縁側に置いてあった丸テーブルに座り、何やらノートを広げている。


「なにやってんの?」

 僕がそう尋ねると、彼は真顔でこう答えた。

「なにってお前。そりゃ勉強だろ」

 それを聞いた僕は、すごくビックリした。

「えぇ!? こんな山の中のまで、勉強道具を持ってきたの!?」

「当たり前だろ。こういう静かな所で勉強すれば、効率があがると思って、旅行をしたかったんだ」

 僕はそれを聞いて、呆れた。そこまで勉強したいのかと。

 そういえば、一度新幹線で彼のリュックサックを持った時、アホみたいに重たかったのは、参考書だったのか。


 たまには遊んで頭をリラックスするための旅行かと思ったのに……。

 僕はアホらしいとテレビの音量を下げる。彼が怒るから。

 それでも、彼は勉強しながら、僕に一々注意する。


「味噌村、音下げてもさ……お前の見る番組、気になるんだよ。変えてくれ」

「えぇ……このお笑い好きなんだけど?」

「お前は大学生だから、受験しなくてもいいだろうけど、俺は命かけてんの! もっと俺が興味わかないやつにしてくれ」

 渋々、チャンネルを変えてみる。

 今度は当時流行っているアイドルのインタビュー番組。

「あ、この子。今人気の子だよね」

 すると天才くんのペンがピタッと止まり、また怒られる。

「味噌村。俺、その子に似ている女優で毎日使ってるから、気が散るだろ?」

「またぁ?」

 仕方なく、チャンネルを変えてみる。

 ポチポチ番組を変える度に、天才くんが「それも気になる」「お笑いはやめてくれ」「そのアイドルは可愛いから無理」と止められた。


 全ての放送局を見終えたと思って、僕はテレビを諦めようとしたが、なんか見慣れないボタンが、リモコンにあるのに気がつく。

 なんだろう、これ? と押してみる。


 すると……。

『あっふ~ん! いいわぁ~!』

 なんて、いきなり女性の喘ぎ声が聞こえてきた。


 当時はまだ古いタイプのブラウン管テレビで、隣りにはコインを入れる機械がついていた。

 “そういう”大人向けのチャンネルを見るためには、100円を入れて、確か30分ぐらい見られるシステムだった。

 しかし、不良品だったのか、お金を入れてないのに、視聴できてしまった……。


「……」


 これこそ、天才君の勉強の邪魔になると、僕がリモコンで電源を消そうとしたその時だった。


「味噌村!」

 急に立ち上がる天才くん。

 また怒られるのかなと思ったら。

「それ、今では見られない名作だぜ!」

「は?」

「この女優、引退しててよ。今じゃ市場に出回ってないやつだよ!」

 偉く興奮している様子だった。

「ねぇ、勉強は?」

 僕がそう突っ込むが、彼はずしずしとテレビに近寄り、じーっと女優さんを眺める。

「すげぇ……この名作をタダで見られるなんて、俺たち超ラッキーだぜ?」

「……」


 呆れた僕は、「おやすみ」と彼に言って、頭に掛け布団をかぶる。

 女優さんの喘ぎ声がうるさいから。


 翌朝、彼にその後どうなったか聞いてみると、一晩中タダで大人のチャンネルを楽しんで、スッキリできたらしい。


「味噌村。ありがとな。これで、次の受験がんばれそうだわ!」

「うん……まあ無理はしないようにね……」


 僕はもう二度と、彼と旅行することはないと誓った。


  了

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