タンデム・ステップ・レーシング

妹尾 尻尾

2006年のサーキット

 2006年。


 あのサーキットで、僕は確かに、兄貴と走っていた。

 ミニバイクレース『関東グランプリ』、決勝戦。

 外気温は28℃。

 そして――路面温度は、45℃。

 チリチリと焼き付くような太陽光が、摩擦係数の高いサーキット特有のアスファルトに照り返されて、ヘルメットと革ツナギに全身を包んだこの身を熱する。

 電気回路サーキットを巡る信号のように、ひたすら走り続けるしか逃れる術はない。

 僕と兄貴は、しかしそんな熱さえ自身を奮い立たせる推進力として、争っていた。小さくも荒々しいレーシングマシンを駆って、お互いの存在と尊厳を賭けるかのように、由美と一緒に死ぬ権利を賭けるかのように。

 一周目から集団を抜き出た僕たちは、抜いては抜き返され、抜かれては抜き返し、時には体と体をぶつけながら、踊るように次々とコーナーをクリアしていった。

 兄貴は、速い。

 こうして追い付けているだけで、一緒に走ることができるだけで、奇跡だった。

 けれど、と喉の奥からせき立てる想いがある。負けてはいけない。絶対に勝たなくてはならない。もう、僕は、二度と――てはならない。

 兄貴との走りが拮抗し、ライディングが最適化されればされるほど、走行タイムの理想値に近づいていく。それはいい。

 問題はその先だ。この走り方では、そのタイムは確かに理想形だが、『それでもまだ勝てない』。これでは勝てないのだ。最適とされた、理想とされた型を壊し、どこかでもう一歩道を外さなければ、兄貴には勝てない。

 それこそ――道を外すコースアウトするような何かを――。


「……………………」

 そこで、目が覚めた。

 夢を見ていた。

 一ヶ月も前の暑さが、熱が――今はもう嘘のように、引いている。

 それは、ある夏の話。

 それよりもずっと前から続く、ある家族の話。

 見る夢は変わった。生きる目標も、目的も。

 だからそう――。

 前へ。

 二人で踏み出す、話をしよう。

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