第15話 ダンスパーティ当日

ここのところ、学園ではもうずっと毎日、ダンスパーティの話でもちきりだった。


噂によると、騎士学校でも、ダンスパーティの話は結構な話題になっているらしい。



何人かの令嬢たちは、あの手この手を使ってリオに散々アプローチをかけたが、リオは頑として、パートナーの席を譲らなかった。



みんながやっかんだが、何しろシエナは姉(と言うことになっている)。


別に恋人と言うわけではないので、全員の平和的解決のためには、むしろ都合がよかった。


「つまり、これからが本番と言う訳ですわ!」


いささか興奮気味にイライザ嬢が叫ぶ。


そう。ダンスパーティはパートナーだけと踊るわけではない。


つまり、リオ争奪戦のためのチャンスはみんなに平等に残されたのだ。それも、完全な形で。(パートナーが姉のシエナだから)



シエナにとって、少しだけ困った話が、ジョージとの婚約解消がまだ公開されていなかったことだ。

本来なら婚約者と入場すべきである。


だが、事実上婚約は解消されていたし、肝心のジョージが完全にお断り状態だった。


「気にしなくていいと思うな」


リオは全く気にしていなかった。



婚約者のいる者は婚約者と、いなくてもパートナーが決まっていればその者と、誰もいなければ後から入場していく。


公式のダンスパーティだが、学園主催なので、年齢的にもパートナーがいる方が少なくて当然だと思われていた。これから、婚約者を決めていく者の方が多いだろう。ダンスパーティはそのためにあるのだから。


婚約者のいる者はうらやましがられたが、婚約者と一緒に入場すると言うことは、すでに売約済みなので、手を出さないでねと言う意味もある。



「リオ」


シエナは列に並びながら、ちょっと不安だった。


姉弟なので、婚約者ではない。だから一緒に入場する意味が分からない。


「誰かが勘違いするかもしれないわ。あなたの結婚に差し支えが出なければいいのだけれど」


「誰かは、どう勘違いすると言うの?」


すっかり背が高くなったリオは少し身をかがめて、シエナに近づいて聞いた。


なんで、こんな恋人みたいな真似するんだろう! そしてどうして、それが不自然でないんだろう!


「とてもすてきだ。そのドレス。すごく似合っている」


うっとりしたようにリオは言った。


そうではなくて。


「私なんかがあなたのそばにパートナーとしてくっついていたら、あなたに良い結婚話が来ないんじゃないかしら。心配だわ」


「どうして?」


リオは賢い筈なのに、なぜわからないのかしら。シエナは思い切って解説を試みた。


「姉弟じゃないって、思われたらどうするのよ。紛らわしいわ」


「恋人同士だと思われるってことだよね」


そして、にこりと笑ったまま、シエナの顔と様子を見つめた。


「まあ、いいんじゃない? 今から結婚の心配だなんて早すぎるよ」


シエナは内心焦った。


騎士学校に通うリオが、カーラ嬢がばら撒いたシエナの悪い噂などを知っているわけがなかった。


シエナたちが通う学園の中で、シエナ個人のみならずリーズ伯爵家に関する悪意的なうわさが流れていることも知らない。


だから、シエナと一緒に居ると、「男にだらしないあばずれリーズ姉妹」の弟で、あのリーズ伯爵家の一員だと広告して歩くみたいなものだと言うこともわからないだろう。


「実は、リオ、あの……」


だが、リオがグッとシエナの手を握りしめた。


「さあ、行こう」


会場の準備ができたらしい。音楽が流れ始めた。




二人が入っていくと先にダンスパーティ会場に入っていた人々の間から、声が漏れた。


まず、リオが注目の的だった。


何しろファンクラブがすでに結成されていて、互いにけん制し合っている有様である。


他の令嬢方の目線があまりにも怖いので、シエナは完全にビビってしまっていた。


それも、イライザ嬢の結成したファンクラブなどが霞みそうなくらい強烈な視線なのだ。


あ、あの方は確かブライトン公爵家の令嬢のはず。


そしてあちらの真紅のドレスは、ダーマス侯爵家のご令嬢のアリス様だわ。


リオとシエナのダンスは息もぴったりで、まわり中がため息を漏らすほどだった。


なんなのかしら? この注目ぶりは?


目立つつもりではなかった。


だが、視線を感じる。密かにささやき声が広がっていく。


その時、聞くともなくイライザ嬢がリオ・リーズ様ファンクラブの面々に話していた内容がよみがえった。


その時は全く気にならなかった。むしろ、荒唐無稽な話だと思っていた。


イライザ嬢は、こう解説したのだ。


「まあ、私たちはリオ様のご尊顔を拝むくらいで終わってしまうかもわかりません」


リオのご尊顔て! その時、思わずシエナは吹き出しそうになった。確かにリオは昔から可愛かったが、そんな大そうなものじゃないと思うわ?


実感がなかったので、余計、頭に入らなかったのかもしれない。


「騎士学校の特待生ともなれば、将来は約束されたようなもの。ましてや、伯爵家のご子息ともなれば、高位貴族のうちに入ります。家柄的にも申し分ない。きっと、婿に迎え入れたい家が大勢あるでしょう。そんな方々がきっとダンスパーティの席には品定めに来られますわ」


これがそれか! シエナは周りを見回した。


ダンスパーティ会場は出入り自由。ギャラリーが生徒だけとは限らない。


年配のご婦人が多かったが、どこかの執事らしき人物も見受けられる。


この時ほどシエナは、自分が姉でよかったと思ったことはなかった。


姉とは結婚なんかしない。完ぺきな安全パイだ。


一曲踊り終わったあと、シエナはフロアの様子を見て肝をつぶした。


スカートさばきも鮮やかに、なぜだかきれいに家格順に令嬢方が、シエナ達目掛けて押し寄せてくるのが見えたからだ。


後から分かったことだが、リオ目当てのご令嬢方だった。


「あっ」


リオは小さく叫ぶとシエナに言った。


「ごめんね、シエナ。また、後でね」


リオは騎士学校の男性陣の中に埋没する作戦を取った。


嬉しそうに令嬢方を大歓迎して、話しかける筋肉隆々の騎士候補生の中を突破しないと、肝心のリオにはたどり着けない構造だ。


「さすがリオ様! 天才!」


イライザ嬢以下ファンクラブは高みの見物に徹し、公爵家以下高位貴族のご令嬢方が、むくつけき騎士候補生たちに大歓迎される様を観察していた。


何しろ、わざわざ自分たちのところに足を運んでくれたのである。


自分達に用事があるに違いない。


「本当に高貴でお美しい」


彼女達は立派なレディである。真剣に賛美されて、それを無下にあしらうような教育は受けていない。


「まあ、身に過ぎるお言葉を恐縮ですわ。ですが、私、少々急いでおりまして……」


「本当にお美しい。感嘆しました」


「侯爵令嬢とお話しできる機会があるとは思ってもいませんでした」


「私もあなた(みたいな方)とお話し(しなくちゃいけない羽目に陥)るだなんて想像もしていませんでしたわ」


「おお」


相手ははなはだうれしそうだった。


「気が合いますね。僕もです。ぜひこちらにお掛けください、さあさあ」


まったくどこも気なんか合っていない。かすってもいない。早く通して欲しい。


「そんなことしている場合じゃないんですの」


「そうおっしゃらず。こんなに美しい、高貴のご令嬢とお話することは俺たちには二度とないチャンスですから」


「私にとっても、今晩のダンスパーティは千載一遇のチャンスですのよ。ですから、どうか先に進ませていただきたいんですの」


「なんて、積極的なご令嬢なんだ。早くも先に進みたいだなんて」


騎士候補生の方は感嘆して、嬉しそうに侯爵家令嬢アリスの手を握ろうとして、相手を心の底から恐怖させた。


「礼儀知らず!」


パチンという派手な音が響いたのは当然の成り行きというべきか。


怒るかと思いきや、相手が「おお……」とか言って、めちゃくちゃ嬉しそうに、赤くなりつつある頬にうやうやしく触れた様子を見ると、どうやら喜んでいる……歓喜の極みに到達しているらしかった。


「侯爵令嬢……もう一度、お願いします。ぜひ」


「えぇ……?」


アリス嬢は絶句していたが、周りは、何だか楽しそうにこの活劇に見入っていた。




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