第1作目 feat. 肉級 / Cogito ergo sum

 特別な日の始まりは、案外いつもと同じようにやってくるのかもしれない。


 黒。

 カップの白とコントラストを成した液体は、ゆらゆらとカップを揺らめき、表面の数ミリの上層部の色が、黒ではなく濃い茶色の液体であることを主張する。

 いつか見た、海を思い出した。

 それは澄んで、まるでソーダゼリーのようだった。波のうねりをゲル状と見てとった僕はしかし、このカップの中身が液体であることを目視で判定している。


 それを疑った僕は、指先を液体に浸す。界面が作った波が僕の鼓膜を揺らし、ぽちゃと鳴った。あるいは空耳だろうか。

 湯はとぷとぷと注がれ、カップを落とせばガチャンと割れる……はずだと知っているから、指を液体に入れた程度で音は鳴らないだろうと、耳を塞いだ僕が作った音かも知れなかった。


 液体に触れた指先は少しだけ痛んだ。熱さと痛さの違いが一瞬頭を過ぎったが、指先から滴った茶色にもはや熱さも痛さも、液体という状態も感じない。液体であるということを、どうやって感じたのだろう。

 今の僕は、液体の入ったカップの存在すら疑った。


 ひとつため息をついた。


 カップの縁に口付け、傾ける。

 昨日も一昨日も、その前も含んだ苦く濃いカフェイン。近頃の僕は、この味しか知らない。


 瓶の蓋を開け、手のひらに乗せられるだけの錠剤を押し込むのように口に含み、苦く濃い、これまで僕を延命させてくれた液体で流し込む。


 我思う、ゆえに我あり


 僕の脳や皮膚や体のあらゆる器官は、世界の全てを感じるだろう。

 僕が最後にを付けるまで。


 最後かも知れない僕の吐息から、コーヒーの

 

 ……

 

 コーヒーの心地よい、


 …………

 ……


 生命イキルコトの香りが、した……。

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