第135話 「強くなった理由」
私とティエラが西塔に軟禁されてから数日。
あれからセオは、毎日朝と夕方に顔を見せに来てくれた。
セオはどうやら、聖王から私たちの世話をするように命令されているらしい。
体調を確認したり、足りないものがないか聞いたり、事務的なやり取りをした後に、少しだけ二人で過ごす時間を取ってくれる。
重要な情報は手紙でやり取りをして、読み終わったら見つかる前に暖炉に
ちょこっと話をするだけで滞在時間が終わってしまうので、少し寂しくもあったが、それでも私は、セオが元気そうな姿を見て安心できたのだった。
ファブロ王国の王都にいる黒猫の妖精ノラから、ハルモニア王妃に連絡が入ったのは、雨の降る午後のことだった。
しっとりと草花を濡らす雨のにおいに、外に出られる訳でもないのに、少しだけ憂鬱になる。
「ヒューゴたちが王国を出発したってよ。
フェンが話をする横に座り、ハルモニア王妃はフェンの白い毛に覆われた背中を撫でている。
私たちが彼女と直接言葉を交わすことはないが、涼やかな見目に反してその立ち振る舞いは常に優しく穏やかだ。
ほんわりと場が和むような安心感がある、不思議な人である。
「あと、ベルメール帝国にいるアシカの妖精、ししまるからも連絡が入ってる。ベルメールの皇帝も、すでに数日前に帝都を出発してこっちに向かってるらしい」
「そっか……もうすぐ三国のトップが揃うのね」
ヒューゴは正確にはまだ王太子だが、ファブロ王国の国王は眠ったまま、いまだ目を覚まさない。実質、ヒューゴが国のトップだ。
「で、あたいたち、どうすればいい?」
魔女ティエラは相変わらず眠そうな目をこすりながら、フェンに問いかける。
「国の要人が揃っている間は、聖王も大神官も動けない。その時を見計らって、城を出るぞ。メンバーは俺とハル、パステル、ティエラ、セオだ」
「城を出て、どこに?」
「『世界樹』だ。根を通って、ベルメール帝国のエルフの森にある『大海樹』に行く。ティエラ、いけるな?」
「うん、あたいに、まかせる。出口の準備は、済んでるか?」
「ああ、抜かりねえぜ。すでにメーアも帝都に向かってるし、アルバートもメーアに会いに行くっていう名目で帝都に出発してる。アルバートとメーアがエルフたちに事情を説明してくれる手筈だ。準備が終わり次第、ししまるから連絡が来ることになってる」
アルバート王子は聖王マクシミリアンとハルモニア王妃の息子で、メーアの婚約者である。
ハルモニアのエルフの血を色濃く受け継いでいるらしく、帝都を訪れるたび、メーアを無視してエルフの森で過ごしていたらしい。
メーアはそのことでアルバートを怪しんでいたし、寂しい思いもしたようだ。
だが、帝都から聖王国へ向かった際に馬車の中で根気強く話をして二人は和解し、さらにはアルバートとハルモニアの親子関係も一歩前進したようである。
「あとはセオがしくじらなけりゃあ平気だろ。セオにつけてる花の妖精からの連絡では、なんだかんだ上手くやってるようだ。心配ねえと思うぞ。ところで――」
フェンは、長い毛に覆われた尻尾をゆっくりと左右に振ると、口調を柔らかくして続ける。
「あいつ、だいぶ変わったな。感情がなかった頃は
「ええ。色々、あったからね」
「――守りてえものが見つかったんだな。あの頃のノラと同じだ」
フェンは顔を上向かせ、過去に思いを馳せている。
ノラの過去は詳しく聞いていないが、ノラとフェンの間にも色々あったみたいだ。
「なあ、パステル。昔、感情を失ったばかりの頃のセオの話に――興味あるか?」
「セオの……?」
「ああ。カイとノラがセオを連れ帰ってきてから、この城であいつがどうしてたか。お前にだったら、俺が知ってる範囲で話してもいいぜ」
私は、逡巡した。
好きな人の過去に、興味がないはずがない。
正直に言って、すごく聞きたい。
けれど――
「ううん、聞かないでおくわ。ありがとう、フェン」
聞くのなら、セオから直接聞きたい。
セオにとって知られたくない話があるかもしれないからだ。
私は、セオが過去を思い返して、悩んでいたことを知っているから。
あれは、そう――地の精霊の力を求めて、帝都から聖王都へ向かっていた時。
馬車の中で、セオは気持ちを吐露してくれた。
セオは感情を失っていたために『出来なかったこと』『気づけなかったこと』を、深く後悔していたようだった。
だから、人づてに聞くのは不誠実だし、何か違う気がする。
「私は、セオのことに、先入観を持ちたくないのよ。自分で聞いて、自分で考えて、自分の心で感じたいの」
「……そうか」
好きな人のことなら、なおさら。
私が、その心の一番近くにいたいから。
「あいつが強くなった理由が、わかった気がする。はっはっ、やっぱお前ら、面白いぜ。ハルとカイ以外にも、面白ぇ人間はいるもんだな」
フェンはひとしきり笑うと、ハルモニアに何かを聞かれ、妖精の言葉で返事をした。
話を聞くうちにハルモニアの目が輝いてきて、私に満面の笑みを向ける。
私はなんだか照れくさくなって、曖昧に微笑み返したのだった。
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