第114話 「暗黒龍」
「そんな風に人に危害を加えて……っ、私、私……許さないっ!」
七色の光が、
地の精霊に借りた力が、音を立てて大地を揺らし、私を拘束する石の枷を壊す。
「きゃあっ!?」
石の床が大きく盛り上がり、アイリスと私の間を遮ると、アイリスは悲鳴をあげて転倒した。
牢の壁には大穴が空き、星ひとつない、暗い夜空が覗く。
冷たい風が、そこからびゅうびゅうと吹き込んでくる。
「急がなくちゃ……解毒薬、魔の森にっ……!」
魔の森にあるフレッドのコテージに、父が調合した
すぐに向かえば、まだ間に合うかもしれない。
空へ飛び上がるため、風に呼びかけようとする私を遮ったのは――
「
立ち上がったアイリスが叫ぶと、ごう、と大きな音を立てて突風が吹き荒れる。
アイリスの呼びかけに応えて、壊れた石壁の外から、真っ黒なドラゴンが飛来したのだった。
「さあ、やっておしまい。殺しさえしなければ、好きに痛め付けて構わないわ!」
アイリスの命令に、黒きドラゴンは翼をはためかせる。その牙も鉤爪も、恐ろしいほど尖っている。
その巨体が振り回す尻尾もまた凶悪だ。
身体のどこかが掠っただけでも、私なんて吹き飛んでしまうに違いない。
「ドラゴン、やっぱりいたんだ……! どうすれば……!」
ずぅん、と重い音を立てて、ドラゴンは私の数メートル先に着地する。
恐ろしさで今にも足が
だが、王都にいるセオたちを、どうにかして助けなくては――
「ええい、ビビってる暇はないわよ、私っ! 行くわよ、虹よ――」
水の精霊に呼びかけ、私は氷の魔法を発動する。
だが、氷の塊は大きくなる前に腕や翼でことごとく撃ち落とされ、ドラゴンの動きを止めることは出来なかった。
「なら――」
私は狙いを変えて、大量の水をドラゴンの頭上に降らせる。
しっかりドラゴンが濡れそぼったところで、水を氷へと変化させていく。
ピキピキと音を立てて、ドラゴンの肌が凍りついていく。
その動きは徐々に鈍くなり、ついにドラゴンは動きを止めた。
「やったわ! 今のうちに……!」
続いて風の魔法を発動し、私は真っ暗な夜空に浮かび上がった。
急いでその場を離脱しようとバリアを張ったところで、アイリスの声が
「
コォォォォ……
ドラゴンがブレスを準備している音が聞こえてくる。
ブレスの熱によって、氷も徐々に溶かされているようだ。
「まずい……!」
私は急いで空へと舞い上がる。
その瞬間、紙一重で、今まで私がいた場所を炎のブレスが通り過ぎて行ったのだった。
「ひゃあああぁ! あ、危なかったっ……!」
「ちょ、ちょっと、ドラゴンちゃん! やっぱりブレスはなし! 死なれたら困るんだから」
その言葉に、二発目のブレスを溜めていたドラゴンの動きが止まる。
しかし、代わりにその大きな翼を広げて、ドラゴンは空へと飛び上がったのだった。
「いやぁぁ、もう見逃してよ!」
私は破れかぶれで、火の精霊に助けを求める。
火の魔法を発動した私は、水の魔法を使った際、地面に大量に残った水に向かって、炎弾を撃つ。
残っていた水は一気に熱せられて霧状になり、私の姿を隠した。
「くっ、小賢しいわね! ドラゴンちゃん、GO――ってあれ!? 何これ、全身に蔦が絡まって……!? こんなもの、断ち切っておしまい――」
バチバチバチィッ!!
大きな音と共に、背後で光が迸る。
「きゃあああっ!! 電撃……っ!? ちょっと、ドラゴンちゃん! 起きなさいよっ!」
霧のせいで全く見えないし、振り返る余裕もないが、何かトラブルが起きているようだ。
私は今のうちに全力で空を翔け、魔の森へと向かったのだった。
夜の魔の森には、化石樹がうろついているはず。
私は着陸する前に光の精霊に呼びかけ、強い光で化石樹の動きを止めてもらった。
急いで解毒薬を回収した私は、残る力を振り絞って、王都へと向かう。
風の力は、ギリギリまでもってくれた。
風の精霊ラスが、少しおまけしてくれたのかもしれない。
私は王城の窓から滑り込み、セオたちのいるであろう貴賓室へと、急いで走った。
そこには。
息を荒くして苦しそうに
ベッドの側でオロオロしているカイと、ノラ。
そしてベッドに寝かされているのは……
ぐったりして全く動かない、セオだった。
「みんな……っ!」
「パステル嬢! ご無事だったんすね!」
「にゃあああ、パステル! 大変なのにゃ、みんなが、みんなが……!
「俺は以前に同じ毒を受けたことがあって耐性があったので、腹が痛い程度で済んだんすけど――こんな時に限ってヒューゴ殿下もいねえし……!」
私が声をかけると、水やらタオルやらを持ってオロオロしていたカイとノラが、私の側へ走り寄ってくる。
私は大切に持ち歩いていた解毒薬を、目の前に差し出した。
「カイさん、ノラちゃん、これを! 解毒薬よ、急いでみんなに!」
「にゃっ、わかったにゃ! あっちの二人はミーたちに任せるにゃ」
「うん、私はセオを――」
解毒薬の蓋を開け、手近にあったコップに、薬を三等分して注ぐ。
「セオ、飲める? お願い、口を開けて」
セオは、声がけに全く反応しない。
薬を飲ませるために身体を起こしても、無反応だ。
私はセオの口元でコップを傾け、薬を流し込んでいく。
しかし、薬は全く喉を通っていかず、口の端からこぼれていってしまうばかり。
『口を開いて――口移しで飲ませるんだ』
突然誰かの声が、頭の中に響く。
どこか懐かしい声だった。
「く、口移し……!?」
私は思わず『声』に反論してしまった。
想像して、恥ずかしさに顔から火が出てしまいそうになる。
けれど――倒れる前、セオは私を避けていた。
意識がないとはいえ、そんな事をされたと後から知ったら、嫌ではないだろうか。
『パステル、早く』
そうだ――今は緊急事態だ。躊躇している場合ではない。
「セオ……ごめん」
私は意を決して、解毒薬を自分の口に含むと、セオに口付けをした。
あまりにも苦い口付けに涙が出そうになるが、何とかこらえる。
ゆっくりと薬を流し込んでいくと、セオは、反射的に薬を嚥下していく。
――だが。
「……どうして……? どうして、目を覚まさないの?」
セオは、目を開いてくれない。
顔色も悪く、血の気が引いたままだ。
「間に合わなかったの……?」
すでに、フレッドもメーアも落ち着いてきている。
解毒薬には、即効性があるようだ。
なのに目を覚まさないのは……。
『セオくんは弱っていたから、毒が強く作用したんだ。これから目を覚ますかどうかは、五分五分だな――もし毒を受けてすぐに薬を飲ませていたら、助かった可能性が高いが』
「だめ……セオ……」
周りの景色が、ぼやけていく。
視界がぐるぐると回る。
薬の後味も相まって、吐き気が込み上げてくる――
『パステル、まだよ。冷静になって』
「でも……どうすれば……」
『あきらめないで、パステルちゃん。まだ手段は残ってるわ』
私の心の奥から、また別の誰かの声が聞こえてくる。
「そうだ……諦めたら駄目……」
そう。まだ手段はある。
「今度は間違えない。セオを、みんなを救ってみせるわ――虹よ、闇へと導いて!」
『そう、その調子だ。息子を――救ってくれ』
四人目の声が聞こえたと同時に、藍色の光が、空を割って暗闇へと向かう。
闇の精霊の元を訪れた私は、最後のチャンスを掴むため、一度限りの
********
【注意!】
意識のない人の口に薬や水などを入れるのは、誤嚥につながり危険です。
パステルと同じことを実際に行うのはやめて下さいね!
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