第101話 「二人ともきらいっ!」
「――さて。議論の途中だったな。火の神殿に近づく方法を考えなくては」
「それなんですけど……私たちもそうですが、さっきの魔女さんを案内する時は、アイリス王女様はどうするのですか?」
「魔女殿を迎える時は、特に何の対策もするつもりはないが」
「ねえ、セオ、魔女さん大丈夫かな」
「……あ」
セオも気付いたようだ。
魔女は、情報屋フローラに身柄を狙われる可能性がある。
フローラと繋がっている可能性のあるアイリスと接触させるのは、まずい気がする。
「ヒューゴ殿下。先ほどの魔女、アイリス姉様と接触させるのは避けた方が良いかもしれません。それだけじゃない、急いで保護しないと、身柄が狙われる可能性があります」
「……なに? どういうことだ?」
「聖王マクシミリアン陛下と懇意にしている情報屋がいるのですが、彼女が『傷を癒す魔女』を捜しています。
彼女は手段を選びません。自分の望みのために、聖王国の一領主を拉致、軟禁しているほどです。
僕たちが情報屋と接触してから、もう一週間以上――早ければ今日、明日にでも、王都に情報屋の手が伸びるかもしれません」
「……それはまずいな。すぐに城に戻って護衛の騎士を手配しなくては。ノラ、それまで陰で魔女殿を護るようにとカイに伝えてくれるか?」
「わかったにゃー。任せるにゃ」
ノラは部屋からするりと出て行った。
「殿下、お一人で城までお戻りに? 大丈夫なのですか?」
「ああ。ノラが戻ったら、彼女に護衛を頼むさ。頼りになるぞ、ノラは」
ヒューゴは、そういって自信たっぷりに笑う。
私たちは、火の神殿に行く日と方法が決まり次第、ロイド子爵家に手紙を送ってもらえるように約束し、カイの家を後にしたのだった。
そこからさらに数日。
火の神殿に向かう日程が、決まった。
動いたのは、聖王城に滞在していたフレッドだ。
聖王国の関係者として、ファブロ王国を正式に訪問するらしい。
ただし、聖王でも聖王候補でもなく、元聖王でもなく、ただの一関係者として、だ。
フレッドが現聖王マクシミリアンと会談して、どういうやり取りが行われたのかは不明である。
だが、ししまると別れてから連絡が全くなかったので、私たちはひとまずフレッドの無事を喜んだ。
火の神殿に向かうのは、フレッドが王都に到着するその日。
寒さが和らぎ始め、新年を迎えてからまるまる二ヶ月が経つ頃である。
アイリスの関心を逸らす上でも、ヒューゴが彼女の側を離れる理由を作る上でも、フレッドの訪問はこれ以上ない有効手段だ。
また、カイの家でヒューゴと魔女と話をした後。
ヒューゴの手配によって、魔女には、すぐに見張りが付けられたらしい。
見張り兼護衛の騎士によると、魔女はまだ城を訪問しようという気配はないそうだ。
約束を忘れているのではないかと思いきや、時折ヒューゴから貰った手紙を眺めて考え事をしている様子とのことである。
行くかどうか、まだ悩んでいるのかもしれない。
私とセオは、フレッドが訪問するまでの間、ロイド子爵家のタウンハウスでゆったりと過ごしていた。
王都にこれほど長く滞在したのは、初めてかもしれない。
「ハニー、折角だから一度くらい茶会に参加してはどうだい?」
義父はある日突然、そのようなことを提案してきた。
今までどんな小さな集まりにも参加してこなかったのに、今更無理な話である。
義父の口調も、羽のように軽い。断られると分かった上で聞いているのだろう。
「いいえ、ごめんなさい。私には無理よ。
――それよりお義父様、社交の場で私のこと何て言ってるの? 噂になってるって聞いたけど」
「え、い、いやぁ、その」
「やっぱり何か言ったのね?」
義父の目が泳いでいる。どうやら、思い当たることがあるようだ。
「えっと、兄上と付き合いのあった伯爵に、『どうしてもう一人の娘は茶会に連れて来ないんだ、見せられないほど酷い娘なのか』って聞かれたんだ。
それでカチンと来ちゃってね、『見せたくないほど可愛いんですよ』って大声ではっきり答えてやった。
そしたら周り中から注目浴びちゃって、色々聞かれてねぇ」
やはり義父が犯人だった。あんまり目立ちたくないから、余計なことはしないでほしい。
「仰る通りですね。お気持ちは分かりますよ、ロイド子爵」
「そうでしょう!? まあ、一緒にいた娘には思いっきり足を踏まれたんですけどね。彼女には、『君は自慢したいほど可愛いからいつも連れ歩くんだ』ってフォローしたんですけど、今度はスネを蹴られました」
セオが真面目な顔をして乗っかってきて、義父は肩を揺らして笑っている。
恥ずかしいから、やめてほしい。
「あれ、パステル、真っ赤」
「本当だ。ハニー、熱でもあるのかい?」
「もう! 二人ともきらいっ!」
「「えっ……」」
揃って絶望的な顔をしている二人を置いて、私は自室に引きこもったのだった。
この数日間、私は義母に
以前は全く出来なかったのだが、色が分かるようになってきたので、始めてみようと思っていたのだ。
ひと針ひと針、想いを込めて無地のハンカチに刺繍を施していく。
少しずつ、愛しいひとのイニシャルが形になってきた。
あと数日で、セオは15歳の誕生日を迎える。
不恰好でも、想いのこもった手作りのものを、プレゼントしたかったのだ。
もちろんセオには内緒である。
その間セオは、子爵家の書庫でファブロ王国の歴史や文化、政治、経済などに関する書物を読んだり、義父や義弟から王国の情報を教えてもらったりして過ごしている。
聖王国にいた時にはファブロ王国の情報が入ってこなかったので、興味深いと言っていた。
そうして迎えた、聖王国の関係者一行が王都を訪れる日。
街は、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
沿道には人が溢れ、そこかしこの窓が開いている。
中には屋根の上に登っている者もいて、たくさんの馬車が列を成して街の中心部に向かっていくのを、多くの人が見守っていた。
私とセオは、事前に打ち合わせしていた通り街外れで待機し、カイの手引きで馬車の一つに密かに乗り込んだのだった。
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