第95話 聖王国にて(中編)★フレッド視点
フレッド視点です。
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ワシが案内された部屋に入ると、すでに大神官が待っていた。
傍らにはお抱えの騎士が控えている。
当然ながら、警戒されているようだ。
「大神官、久しいのう。ちょっと太ったかの?」
「フ、フレデリック殿下におかれましては、ままますますご健勝で」
「誰かさんのおかげで自由に暮らしておったからのう。ストレスフリーな生活、満喫させてもらったわい」
大神官は汗が止まらない様子で、時折ハンカチで拭っている。
大神官は兄ジェイコブと同世代で、ワシよりも年上だ。
今は顔色が悪いが、歳のわりに肌艶も良いし、着ているローブにも高品質の素材が使われている。
神官たちは清貧を美徳としているはずなのだが、良い暮らしをしているのは一目瞭然だった。
「のう、大神官。お主、兄上と仲が良かったのう? 先日、ちょっと興味深い記録を見つけたんじゃよ」
「……と、言いますと?」
「ふむ、今言って良いのかのう?」
ワシがそう言って目配せをすると、大神官は小さな目を目一杯見開いた。
周りに控えている騎士たちに手を振り合図すると、騎士たちは全員素早く下がっていく。
ワシも、イーストウッド侯爵を下がらせる。
全員が部屋から退出し、二人きりになったところで、ワシは本題を切り出した。
「この間、あるところで
――どうやら、四十年以上前の記録だったようじゃな」
「四十年……も、もしや」
「心当たりはあるようじゃな。
兄上は腕に赤子を抱いていたのう。四十四年前に兄上のもとに生まれた赤子、すなわち、マクシミリアンじゃ。その記録では、お主は兄上と、とある約定を交わしていたのう」
大神官は、ひゅっと息を呑んだ。
丸々とした顔は青ざめ、怒られたくない子供のように、怯えた眼差しでこちらを伺っている。
「聖王国では、赤子が生まれると、大神殿でその加護の有無を調べる。
あの日、お主はいつも通り、加護を調べておった。その日に調べた赤子は、マクシミリアン。
そして、調べた結果、マクシミリアンには精霊の加護がなかった。そうじゃな?」
「…………はい」
「そして、兄上は、それを受け入れることが出来なかった。自分の子が加護を持たない失敗作だなど――ああ、ワシはそうは思っとらんよ。精霊は気まぐれじゃから、そういうこともあろう。
じゃが、兄上はプライドの高い人じゃったから、羞恥と怒りで、耐えられなかったのじゃろう。そこで、兄上は大神官、お主にある取引を持ちかけた」
大神官は、すっかり縮こまっている。
もはや、ワシの顔から目を逸らし、カーペットの模様をなぞるように、所在なげに視線を動かしていた。
「兄上は、マクシミリアンの加護をでっち上げた。お主のサインと大神殿の印があれば、それは正式な記録になる。
兄上は魔石を国中から取り寄せマクシミリアンに持たせることで、息子の加護を
だが、それも将来マクシミリアンが即位することになった場合、誤魔化しが効かなくなる。兄上はその時のことを見据えて、もう一つ、お主と取引をした」
「……う……うぅ……」
「お主は、昔からエルフに興味があったようじゃな?
兄上は、どうやったのか知らぬがエルフ族の女性を一人、お主の元に連れてきた。お主は喜んでエルフを妻に迎え、子を設けた。それが現王妃、ハルモニアじゃな。
兄上は強引な方法で『旋律の巫女』をハルモニアに継承させ、幼い頃にマクシミリアンと婚約を結ばせた。事情を知るお主にしか頼めぬことだったし、お主も後ろ暗い気持ちがあったから、二人の婚約を承諾せざるを得なかったのじゃろう?
ハルモニアはマクシミリアンの代わりに神事で力を使い続けてきた――そして、それは今も続いている」
大神官は、床を見つめたまま沈黙している。
――大神官と、兄ジェイコブは共犯関係。
ちなみに記録を残したのは、ワシの母だろう。
ソフィアの前の『虹の巫女』だ。
無理矢理巫女の力を継承させられた『旋律の巫女』と違って、母は自らの意思でソフィアに『虹の巫女』を継がせた。
それはソフィアも同様だ。
自らの意思で、パステル嬢ちゃんに願いを込めた名を与え、魔法の力を分け与えた。
ソフィアがそれをしていなかったら、そしてソフィアが特別な精霊の加護を受けていなかったら、命を絶たれた時に自動的に親和性の最も高い者――恐らく、聖王家の一員、『
「……フレデリック殿下。私を、娘を……それから陛下を、どうされるおつもりですか?」
大神官は、震える声で、ぽつりと問いかけた。
……年上の爺さんに上目遣いされても、全く嬉しくない。
自業自得だが、あまりにも縮こまっていて、ちょっとかわいそうだった。
「……どうもせんよ。のう、大神官、ひとつワシとも取引をしてくれんかのう?」
「取引、とは……?」
「マクシミリアンが何をしようとしているのか、教えてくれんか?
ワシは聖王になる気はないし、生存を公表する気もない。ワシとの取引に応じてくれるなら、お主と兄上の取引についても公表しないし、事を荒立てるつもりはない。今他の者を下がらせたのが、その証拠じゃ。
――じゃが、甥っ子が間違った道を進もうとしているとしたら――年長者として、それを正してやらねばならん」
「……念のため聞きますが、お断りしたら……」
「そうじゃのう、本当は目立ちたくないんじゃが、どっか目立つ所でスピーチでもしようかのう。証拠は安全な場所に保管してあっていつでも再生出来るし、映像を大きな画面に投影する魔法も、地の精霊レアの得意とする所じゃったな」
ワシがそう告げると、大神官は大きくため息をつき、目を閉じた。
「……潮時ですね。ジェイコブ前陛下ももうこの世にいらっしゃらないですし、娘の……ハルモニアの安全さえ担保されるならば、お話しても構いません」
「約束しよう」
「――全ては私の欲望が招いたことです。エルフを欲しがったことも、大神殿の権力を強くしたいと思ってしまったことも、良い生活がしたいと望んだことも。私は、神官として相応しくありませんでした。――ずっと昔から」
大神官は、そう告げながらゆっくりと目を開いていく。
そこには、諦めたような、穏やかな笑みが浮かんでいたのだった。
「マクシミリアン陛下が望んでいるのは、お察しかと思いますが、『大陸を統一する』ことです。そのためにアルバート王子をベルメール帝国に、アイリス王女をファブロ王国に送り込みました。
しかし、その願いは表面的なものでしかありません。陛下の望みは――」
ワシは、予想外の『望み』に、心底驚かされることとなったのだった。
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