第80話 「お願い」


 地の神殿の最奥部。

 地の神殿は、一転してシンプルな小部屋だった。



 部屋の真ん中には小さな鳥居が建てられており、その少し奥にふかふかの座布団が置かれている。

 部屋の中央部以外は土がむき出しになっていて、野菜や穀物のほか、小型化された柿や琵琶、桃、栗などの木が、季節に関係なく実をつけていた。

 鳥居の周りにも、盆栽や観葉植物がたくさん並べられている。



 そして、鳥居の先、手触りの良さそうな座布団の上には、小さな動物の姿をしたが、ちょこんと座っていた。


 一番近い動物は、狐……だろうか。

 ぴんと立った耳、鋭い輪郭と細まった目元、ふさふさした尻尾。

 だが、その身体は雪よりも白く、額には大きな丸い宝石が埋まっている。

 そして、本物の狐よりも小さい。雪うさぎ程度の大きさだ。


「フレッド、久しぶりなんだよ〜。会わないうちに干支がひとまわりしちゃったよ〜」


「ううむ、すまんのう」


「いいよいいよ〜。元気そうでよかったよ〜」


 地の精霊は、片方の前足を顔の前でフリフリしている。

 力ある偉大な精霊だし、見た目は白狐なのに、その仕草は何だか人間らしくて可愛い。


「レアも、相変わらずのようじゃな」


「ふふん、レアの所は祈りを捧げに来る人が多いんだよ〜。だからいつでも元気なんだよ〜。

 フレッドがいない間も、お祭りの日にはちゃんと女神姿で豊穣の祭壇に出かけてたんだよ〜」


「そうかそうか、偉いのう」


「レア、偉いんだよ〜。もっと褒めてもいいよ〜」


「よしよし」


「にしし〜」


 フレッドは手を伸ばして、地の精霊レアの頭をわしゃわしゃと撫でている。

 フレッドも安心したように笑っているし、レアも嬉しそうにしている。

 神子と精霊。

 セオとラスもそうだったが、彼らは深い絆と信頼で結ばれているのだろう。


「ところでレア……」


「うん、わかってるよ〜。セオ、パステル、準備出来てる〜?」


「「はい」」


 私とセオは、同時に頷く。


「じゃあ、二人とお話ししたいから、フレッドはちょっと外で待っててくれる〜?」


「わかったわい。ならその前に聞きたいんじゃが、火の精霊のこと、何か知っとるかい?」


「あ〜、うん、ちょっと大変なことになってるみたいだよ〜。まだ大丈夫だけど、このまま魔物化しちゃうと色々大変だよ〜。


 何百年か前にレアがなっちゃった時はね、尻尾が九本に割れて、爪が鋭くなって、身体も大きくなっちゃったんだよ〜。

 その時は人間たちがなんとか止めてくれたんだけど、大陸の西の方を砂漠に変えちゃったんだよ〜。


 あの時は、人間たちも大変だったみたいだけど、レアも辛かったよ〜」


「うーむ、火の精霊はなんでそんなことになったんじゃ?」


「神子から悪意とか、破壊衝動が流れてきたんじゃないかなぁ〜? 

 レアの時は、当時の神子が戦争に駆り出されてね〜。力に取り憑かれちゃった神子の破壊衝動と、悪い魔力がたくさん流れてきたんだよ〜。


 けど、レアと違って火の精霊には神子が二人いるから、どっちかがダメでも、一人がまともでいる限りは何とか大丈夫だと思うよ〜」


「ふむ、まだ時間の猶予はあるんじゃな。レア、感謝するぞい」


「はいはい〜」


「じゃあ、ワシは外で待っとるぞ」


「またね〜」


 フレッドは私たちに目配せすると、扉を開け、外へ出ていったのだった。

 扉が閉まるのを確認すると、レアはひらひら振っていた前足を下ろして、私とセオの方を向いた。


「ふう〜。セオ、パステル。実は二人には、お願いがあるんだよ〜」


「お願い、ですか? 私たちに?」


「そうだよ〜。フレッド、最近、無理してるよね〜? 最近、すっごく、怒ってるよ〜」


「え?」


 私はレアの言葉に、目を丸くした。


 隣を見ると、セオはあまり驚いていないようだった。眉を下げ、寂しそうな、悲しそうな表情をしている。

 もしかしたら、セオは気が付いていたのかもしれない。


「精霊と神子は、常に魔力が繋がってるんだよ〜。魔力には感情が乗るんだよ〜。レアにはお見通しだよ〜」


「フレッドさんが、怒ってる……? どうして?」


「うん、半月ぐらい前からかな〜? 何があったのかわからないけど、全然冷静じゃないんだよ〜」


 私がぼそりと呟くと、レアはそれを耳聡く拾いあげ、答えてくれた。

 半月前といったら、フレッドに手紙を渡した頃だ。


 私がセオの方を向くと、セオも同じタイミングでこちらを向いた。


「……あの手紙かしら?」


「だろうね」


「一体何が書いてあったのかな?」


「うーん……」


 考えても答えは出そうにないが、とにかく実娘ソフィアからの手紙が原因とみて、間違いないだろう。


「とにかく、二人にはフレッドのことを注意して見ててほしいんだよ〜。

 フレッドは一人で何でも出来るせいで、一人で何でも解決しようとするんだよ〜。

 でも、人間も精霊も、持ちつ持たれつ、支え合う相手が必要なんだよ〜」


「……わかりました。お祖父様が無理をしないよう、説得してみます」


「頼んだよ〜。長くなってごめんよ〜。じゃあ、預かっている色を返すよ〜」


 レアは、後ろを向いてごそごそしていたかと思うと、レアの額にはまっているのと同じ色の宝石を取り出し、前足で器用に差し出した。


 私とセオは顔を見合わせて、頷き合う。


 美しくカットされた、大きなの宝石に、同時に触れる。

 その瞬間、私たちはに煌めく宝石の中、多面体の世界に吸い込まれていった――。


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