第40話 「なら、逃げません」
「……さて、マクシミリアン様は何をお望みなんだと思う?」
メーアは、鋭い表情で、私にそう問いかけた。
私は嫌なことを想像してしまい、顔から血の気が引いていくのを感じたのだった。
声すらうまく出せず、意味もなく口を開いては閉じることを繰り返す。
「答えは言わないわ。けれど、ベルメール帝国は平和と共存を望んでいるの。
帝国は強大な軍事力を保持しているけれど、それを振り
想定よりもずっとずっと大ごとだ。
私はあまりの深刻な事態に戦慄していた。
「そんなことも理解していないマクシミリアンを、私たちは認めない。幸い、真の聖王にふさわしい方と、その孫である神子、そして彼を支えられる巫女がここにいる。
……単刀直入に言うわ。パステル、私たちと一緒に戦ってくれない?」
「戦、う……?」
「まあ、戦うと言っても、余計な血を流さないための、水面下での戦いよ。
セオとフレデリック様がいない所でこうやってあなたに頼むのは卑怯かもしれない。けれど、こちらとしても
いつの間にか、マクシミリアンに対する敬称も消えている。
メーアは申し訳なさそうに眉を下げて、続けた。
「……セオとフレデリック様は優しいわ。だから、あなたを巻き込みたくないと言うでしょう。
彼らは息を潜めて証拠を集め、相手の出方を見て反撃のチャンスを探るだけ。自分から攻勢に出る気はないのだと思うわ。
けれど、それでは後手後手に回ることになってしまう――不十分なのよ」
「……私が、力になれるのでしょうか?」
「なれるわ。だって、帝国の皇女たる私が認めた唯一の女よ?
セオの横に立って、一緒に戦えるのは、あなたしかいないわ」
「メーア様……」
「ふふ、最初はね、フレデリック様が生きていることを知らなかったから、セオに婚約を申し込んだのよ。好きだったってのは勿論嘘じゃないけど、それはあくまでも建前」
メーアは一瞬、寂しそうな笑顔を見せたが、すぐに表情を引き締める。
「真の狙いはマクシミリアンの動きを見極め、封じるための政治的判断だったのよ。私の
セオは王子の移動手段として毎回連れて来られてたし、王子は私そっちのけで帝都や皇城をうろつきたがったから、セオと一緒に置いていかれることも多かったわ。だから、私がセオに興味を持ったとしても不自然には思われないでしょう?」
そんな狙いがあったのか。
確かに、水の神殿に行くというお願いをした時、流れるようにセオとの婚約へ話が向かった。
そもそも、本来のメーアは高潔で他人を思いやれる女性だ。
なのに、あの時のメーアはわざとセオを貶めるようなことを言い、ただ我儘で高圧的な女性を演じていた。
セオを好きだった気持ちは本当なのだろうし、歪んだ愛情表現しか出来なかったのも事実なのだろう。
だが、好きならなおさら、自分もセオも騙すような真似をするのは苦しかったに違いない。
きっと私だったら、好きな人に嫌われながらも一生側にいなくてはならないなんて、耐えられない気がする。
水の汚染事故が収まった後――あの時あの海で、メーアが語った内容に嘘はないと思う。
憑き物が落ちたような晴れやかな表情を見せてくれたのは、心の内を吐露出来たことに加えて、その重い呪縛から解放されたことも理由だったのかもしれない。
「――けれど、フレデリック様が生きていたなら話は早いわ。
亡命政府の柱としてフレデリック様を
マクシミリアンの犯した罪の証拠集めと
それから次代の王と王妃にセオとパステルを擁立、あなたたちは各地で精霊との絆を深めて実績を積み、信頼を獲得する……やることは他にもたくさんあるわね。パステル、質問は?」
そんなに矢継ぎ早に言われても、私の頭では理解が追いつかない。
だが、聞き捨てならない単語が混じっていたような気がする。
「……えっと……色々ありすぎてさっぱり分かりませんが、王妃って言いました? 私が?」
「いや、そこ? あれだけ話して気になったのはそこなの?」
「というかそこ以外あまりよく分からないというか、無闇にツッコめないというか」
「うーん、まあそれが普通よね」
メーアは、気が抜けたかのように苦笑している。
「フレデリック様という強力な求心力があれば、組織は結束する。けれど、その柱が折れてしまえば、そこでお終いよ。なら、総崩れにならないように、フレデリック様に並ぶ柱を用意すればいい。
セオはフレデリック様と同じく神子であり、フレデリック様の孫。でもまだ感情が完全に戻ったわけではないから、誰かが支える必要がある。それにはセオが信頼を寄せていて、巫女でもあるあなたしかいない。
あなたをセオの未来の妃とし据えておくのが、最適なのよ」
「はぁ、なるほど……?」
つまりは見せかけの王妃ということか。だが、それにしても身分とか大丈夫なのだろうか。
「でも、私、子爵令嬢で、しかも義弟が子爵になったら家を追い出される身で、身分が……」
メーアは、盛大にため息をついて肩を落とした。
「はぁ……パステルに王妃になる気がないなら、やっぱり私がセオを貰おうかしら? 私は帝国を離れられないから最適な選択肢とは言えないけど、一応神子だし条件としては可よね」
「いやあの、それは……うーん……そうですよね」
私の煮え切らない返答に、メーアの苛立ちが募っていく。
メーアは再び大きくため息をついた。
続く言葉には呆れと苛立ちが半々だった。
「……あなた、いつまで自分の心を偽るつもり? 言っとくけどね、聖王国では巫女の立場は下手な貴族家よりも上なのよ。あなたとセオが望めば、誰もあなたを妃に迎えることを反対しないわよ」
「そう、なのですか?」
「そうよ。あなたはセオの横に立つ資格を持っているのよ。気づいてないのはあなただけ。セオは多分、あなたに危険が及ぶって知った時から、既にそのつもりでいると思うわよ。あなたを守るためにね」
「……え……?」
「まあ、恋愛うんぬんの気持ちを理解してるかどうかは分からないけどね。どちらにせよ普通の婚約ではないし、聖王国に平和が戻った時にその婚約が本当に実行されるかどうかまでは知らないわよ」
「……はい」
「まったく……驚いたり明るい顔したり暗い顔したり、
とにかく、セオの想いとあなたの想いは同じものではないかもしれない。でも、少なくともあなたは、セオのことが好きなのでしょう? セオのために、隣にいて恥ずかしくない令嬢になるって言ったわよね?」
「……は、い」
「なら、問題ないわ。逃げても隠れても、あなたももう関係者。
あとはあなたが腹を括ってくれれば、フレデリック様も重い腰を上げるでしょう」
――そうか。これは、ある種の契約。
私が『王妃』そして『虹の巫女』という強力な看板を背負って立てば、フレッドを中心とした新しい組織を支える強固な柱になる。
それが、何の力も持たない私に出来る、ただ一つの戦い方なんだ。
「……分かりました。難しいことは分かりませんが、私も、戦います。虹の巫女として精霊や人々を守りたいです」
「いい返事ね。その言葉が聞けて良かったわ。正直、怖いから嫌だって駄々をこねるかと思ったわよ」
「怖いですよ。けど、私たちが立ち上がらないと、最悪精霊の怒りを買ってしまうのですよね? また……あの津波のようなことが、起きるのですよね?」
「……ええ。あれよりもっと酷い天変地異が起こるでしょうね」
「なら、逃げません」
「それでこそ巫女よ」
私は迷いなく答える。
メーアは、目をすうっと細め、不敵に笑ったのだった。
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