第15話 目覚め
ちゃっちゃと買い物を済ませ、梓川家へと戻り、夕食に出された思わず感極まるほどの絶品肉じゃがに舌鼓を打ち、ソファの上で食後の満腹感と充足感の余韻に浸っていると、あまりの待遇の良さに罪悪感を感じて来たので、「皿洗いでも手伝いますよー」とキッチンに居る美香さんに呼び掛けるが「別に良いわよー、そんな事よりお風呂沸いたから順番に入りなさーい」と言われたので、
言われた通り俺が先にさっさと入り、風呂上がりの火照った身体に網戸から入る心地の良い風に気持ち良くなってから、食卓の椅子に腰掛けカチカチとなるもうすぐ23時を指し示すアンティークな時計の長針を、これからのことを考えつつも何処かボケーっと眺めていると、ひと通りやる事の終えた二人が今日と同じ位置へと座る。
元々この家にある物だろうか、黒奈瀬はモコモコのミルク色の寝巻きを着ている、そして何故か美香さんは鎖骨と豊満な胸、健康的な脚を覗かせるサラッとした魅惑的な黒のローブパジャマを着ていた。
すっげぇ、目のやり場に困るんですけど。
チラチラと視線を彷徨わせ、ぐるんぐるんと眼球を泳がせていると、隣に座る黒奈瀬が咎めるような視線を眼前の魅惑的な女性へと送り、ハァっと溜め息を一つして風呂上がりで血行が良くなり赤く染まった唇を動かす。
「美香さん、夫が居るのに國満くんを誘惑するのは辞めてください、精通してしまいます」
「いやもうしてるよっ!!」
あ、やべ、つい何時ものノリでツッコんじゃったぞ。
「……い、いやその、してないで、いやしてるんですけど、その何というか、して、してるんですよぉ……」
思春期特有の事情を何故か唐突に隣に座るお馬鹿さんに赤裸々に暴露され、恥ずかしさから徐々に声も小さくなり、男女の比率的にもとても居た堪れなくなってしまう。
「墨音ちゃんにいつもの寝巻き貸しちゃったからこれしかなかったのよー、他のは洗濯に出してるし、それと新タくん、そんなに恥ずかしがらなくてもその年頃なら当たり前なんだから大丈夫よ。……因みにいつしたのかしら?」
「もう嫌だ、私もうお嫁に行けない……!」
興味本位で年頃の男の子に聞くような事じゃ無い事を聞かれ、思わず乙女に両手で顔を覆ってしまう。
「美香さん、セクハラよ」
「あら、ごめんなさい」
……どの口が言うんじゃい、ボケェ。
俺の心は二人の異性によって穢され、そんな針の筵に辟易しながらも、良く弾む会話を続けていると、いつの間にか時計の針は一周し、そろそろ咲月ちゃんが起きる時間になっていた。
「……そろそろ起きる頃ね、さぁ、咲月の部屋に上がりましょ」
パンッと両の掌を合わせ立ち上がり、先に行く美香さんに「分かりました」と言い追いかけ、最初と同じ道順で着いて行く。
辿り着くと『さつき』と書かれた木製のドアを美香さんが音を立てずに開け、それに続き入って行く。
⎯⎯脚を踏み入れた夜の闇が染み込んだ薄暗い部屋の中は、昼間閉まっていた筈の白のレースカーテンが開けられ、その窓からこぼれる月の光に照らされ仄かに銀色に染まっていた。
まだ目が夜の闇に慣れず、光で黒く浮き上がる視界は、昼間とは違う認識、カタチ、暗いシルエットを映し出す。
そして俺は、この世界の中心地を知覚した。
――月の光に当てられたベッドの上、そこには上体を起こし、眩い光が零れる窓の外、その煌めきを零すまんまるの水源を見つめている異国の銀の髪色をした少女は、何処か弱々しく
いつからそうしていたのか、そんな横顔が、姿が余りにも自然で、でも、だからこそ、触れ方を間違えると直ぐにでも壊れてしまいそうな、そんな危うさを感じられる。
――扉の音、空気の動き、世界の変調に気づいたその少女は、ゆっくりと顔を此方に向けた。
「……あ、お母さん……?」
「えぇ、貴方の世界でただ一人の、世界で一番美人のお母さんよ、咲月」
「この前言ってた人連れて来たから紹介するわね、明かり付けるわよ?」
「え、うん、分かった」
美香さんは娘の返事を聞くと振り返ってドアのすぐ傍にあるスイッチをカチリと押す。徐々に暗さに慣れてきていた視界に人工的な眩い光が網膜を差す。
その光に少し驚いた咲月ちゃんは「うっ……」と声を漏らして俯いてしまうが、直ぐに顔を上げ此方に視線を送る。
「……あ、墨音ちゃん……と……えっと……」
咲月ちゃんがチラチラと視線をさまよわせ、突如暗闇から現れた男にどう話したら良いか距離を図りかねているようだったので、先に此方から一歩歩み寄ることにした。
「どうも初めまして咲月ちゃん、現在高校二年、國満 新タ、君の優しいお兄ちゃんになる為にやって来た、服の下に隠すシックスパックが美しく、溢れ出る品格は気高く、されど謙虚な心を忘れない高潔な男だ。よろしくね」
膝を曲げ、腰を落とし不安げな目、そんな咲月ちゃんへと手を差し出す。
「……え……あ、梓川 咲月です。よ、よろしくお願いします……」
差し出された手を力無く握る咲月ちゃん、力を感じられ無さすぎて、どっちかと言うと触ってると言った方が近い。
「はぁ……國満くん、自己紹介の情報量は多い方が良いってもんじゃないわよ、相手は初対面の年端のいかない女の子よ、筋肉自慢なんてしてどうするの、それに言葉ももう少し分かりやすいのを選びなさい」
後ろから指摘の嵐、それに対し「ずびまぜん……」と涙ながらに答えると、黒奈瀬は更に言葉を続ける。
「ごめんなさいね、咲月ちゃん、分かりづらかったわよね……そうね……咲月ちゃんにそこの嘆かわしく、可笑しな彼のことを分かりやすく簡潔に伝えるとしたら……そう……歩く変質者よ」
「それただの変質者だろ! 歩くとか関係ないし!」
後ろにツッコミつつ改めて視線を咲月ちゃんに戻す。
俺はニコッと微笑む。
「ひっ……」
何か穢らわしいモノを触ってしまったかの様に微かな悲鳴と共に手を離されてしまった。
「……え……? あ……」
これひょっとして初顔合わせ失敗ですかい?
⋆☾·̩͙꙳✩
何処かの誰かのせいで俺史上最悪の顔合わせを終え、辿々しくも少しの会話を交わしつつ、と言うか見えない壁を作られ殆ど会話できなく、殆ど美香さんに任せる羽目に。
この状況を作り出した戦犯には後で泣きを見てもらわなければ……チラッ、「何かしら?」……無理か。
「咲月、明日から新タくんが勉強を見てくれるから、変なことをされたらちゃんと助けを呼ぶのよ?」
「……うん……」
なるほど、勉強を教えると言う事になってるのか、まぁいきなり初対面の他人と増してや歳上の男と遊んでねと言われても困るしな、というか……
「ちょっとぉ!? フォローしてくれるんじゃないんですか! これじゃあ、ますます俺が変態に……俺の立場が……」
「何言ってるのよ、貴方はこの世でも特に類稀なる変な人よ、真実から目を背けてばかりいると直ぐに足元を掬われるわよ?」
「今もうだいぶ掬われてるんですが……」
「まるでアイススケート初心者が慣れないリンクの上で滑稽に転倒を繰り返しているようね」
「……いや、俺は諦めないぞ、不屈の精神、七転び八起き、何度倒れようがおきあがりこぼしの様に再び立ち上がってみせる!」
「……ぷっ……」
「今笑ったな! 黒奈瀬!」
「まったく、仕方ないから手伝ってあげるわね、また転倒してしまわないように」
「ん、何だ……?」
黒奈瀬はこちらに近寄り、何故か俺の脚を掴む、更に「力を抜いてちょうだい」と言われたので、「仰せのままに」と力を抜く、右脚、左脚と順番に動かし内股にされる。漢字で言う所の八の字だ。
そんな黒名瀬の謎な行動に疑問顔の美香さんと咲月ちゃん。
「後は、両手を羽のように広げて見なさい」
「あ、あぁ……ん、何ですかねコレ、黒奈瀬さん?」
「よし、これで良いわね、この八の字の形を作ってから徐々に体重を止まりたい方の足に掛けていくと転ばずに上手くストップできるわよ」
「俺は別にアイススケートを滑りにきた訳じゃない!」
と、翼を広げながら俺はツッコミを入れる。女性とは脚の骨格の作りが違うせいで、内股でプルプルと震えている。
間抜けで大分情けの無い女々しい姿だ。
「ぷっ……」
「おい、また笑ったな! くろな……」
俺の滑稽な姿を見てまた嘲笑を受けたのかと体勢を戻し黒奈瀬を見るが、笑った様子は見受けられない。
あれ、勘違い? と思ったら何処からかクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「へへっ、は、あはっ、あはははははは!! ひっ、あはははははははっ!!」
「咲月……」
咲月ちゃんがめちゃ笑てはる……
「ふっ、私のお陰ね」
真面目な顔で自分の功績を主張する自尊心の高い奴は取り敢えず置いて置こう。
今はドツボにハマって苦しそうに笑っている咲月ちゃんへの対応を……
「そんなに面白かったかい、咲月ちゃん、ならもう一回やってあげよう……」
笑う少女へ俺は再び畳み掛ける。
フッと気合を一つ入れ、俺は再び両翼を展開し、キュッと両足で八の字を作って見せる。
プルプルプル……
「あひっ、あはははは! や、やめて、あはっ! あはははひっ! ふぅ、ハァッ 、あはははははは!! だ、だめっ、もう、ひっ、し、死ぬ……」
「こらっ、新タくん、ここはスケートリンクじゃ無いんだからもう辞めなさい」
美香さんは息も絶え絶えの咲月ちゃんの背中をさすりながらこちらへ一喝する。
「すみません……」
しょんぼり。気持ちが風船の様に萎んで行く。
でもふと美香さんを見遣ると、ニコニコと何処か嬉しそうに笑っていた。
「……はぁ、ふ……ふぅ、む、胸がくるしぃ……」
だ、大丈夫かな、咲月ちゃん……
咲月ちゃんがひとしきり笑い、呼吸を整えた頃、今回、咲月ちゃんとの距離を縮めてくれた貢献者へと礼を述べる。
「ありがとう、黒奈瀬、君のお陰で何とかなりそうだ」
「ええ、どういたしまして」
サラッと片手で髪を払い流すドヤ顔の神様仏様黒奈瀬様。
「ん、でも良く考えたら酷いマッチポンプだ……」
「何のことかしら」
……神様だと思ったら悪神だった。
「あ、あの、二人はど、どう言う関係なの?」
ふむ、当然の疑問だな、こんなよく分からない会話の応酬を繰り広げる馬鹿二人には。
「ん、あぁ……もちろん友」
「達と思ってるのは貴方だけかもしれないわよ、小っ恥ずかしい勘違い屋さんにはとてもよくある事ね」
「……らしいから俺達は友達では無いみたい……」
「そ、そうなんだ……悲しいね……」
「あぁ……グスン……」
涙を服の袖でそっと拭う……と言うかじゃあ俺達の関係はなんなんだ? 主従関係? 主人と執事? それとも召使い? それとも……奴隷……? 主にツッコミの。
「……黒奈瀬なんてもう知らない……俺は咲月ちゃんと友達になる……こんなボッチで哀しみを背負った男でも良いかな、咲月ちゃん?」
新たな友情に向け、改めて手を差し出す。
「……え、う、うん……宜しく、お願いします」
「ああ、宜しくな……咲月ちゃん」
握ってくれた白く壊れてしまいそうな手を優しく握り返す。
「また女の子を取っ替え引っ替えするのね、良いご身分だわ」
やれやれと頭を振りため息を吐く、勝手に捨てた筈なのに何故か捨てられた事になっている女。
「咲月ちゃん、私達の関係はあれよ、ほら、漫才ばかりする……」
「芸人さん……?」
「そうね、芸人……お笑いコンビと言ったところよ」
「違うだろ!!」
あ、やべ、くそっ、また思わずツッコんじゃった。
「……ほらね……見なさい」
「うん、確かに……」
「……まぁ、いいやもう……俺達は泣く子も笑う鬼の漫才師です……」
「イェーイ」と言ってパチパチと手を叩くノリノリ黒奈瀬。……なんかお前言ってたより咲月ちゃんとの会話できてんじゃん……子供は苦手よ……とか何とか仰ってたクセに。
「え、てことは、ま、漫才出来ないとだ、だめ?」
悲しげな表情でせっかく握ってくれていた友情の証を離そうとする咲月ちゃん。
「咲月ちゃん、漫才なんてしなくて良い!!」
その手をさっきより少し強めに両手で包みギュッと握る。
「へへ、あっ、ありがとぉ……」
……ナニコノコ可愛いー!! ウチの子にしちゃおうかしら!!
「ちなみに芸名は美女と野獣よ」
ふたりの友好を前に芸名まで言い出す相方、ボケの方。どちらが美女で野獣かは二人の性別からも明らかである。
「どうしたの? 大丈夫よ、貴方が野獣なんてまだ一言も言ってないじゃない」
「いや、俺男だから」
「何を言ってるのかしら、ひょっとしたら私、ふた〇りの可能性もあるわよ?」
……はい? ……ええぇぇ……。
驚愕。失礼ながらも黒奈瀬の下半身、主に股関節付近へと視線を落とすがそれらしいカタチは見当たらない。
「ノーうぇい……ウソだろ……」
下手なアクセントで驚きをアッピール。
それに対し黒奈瀬お嬢、首を傾げる。若干、思考停止のようにも見えるがこの感じは違う、そうこれは、何処か既視感があると思ったらこの話題に関しては例のやっちゃった件があった、黒奈瀬さん、このままだと暴走しちゃう、だから俺は——。
「——ひょいっ」と、黒奈瀬の
すると「ひゃっ、」と微かな声を洩らしぺたんと座り込んだ。きょとんとこちらを見上げる黒奈瀬、俺は「ふぅ、危なかった」と額の汗を拭う仕草をひとつ。美香さんと咲月ちゃんは疑問顔。まぁ、ブレーキかけなくても俺としては良いんだけど、黒奈瀬さん、後で気にするし。
——そんな感じで、一人ヒートアップして熱暴走を起こしそうな奴が居たが無事に機能停止をさせ、その後少しの会話を交わした後、咲月ちゃんはそろそろお風呂の時間という事で、部屋の電気をバチッと消され、美香さんは咲月ちゃん共に浴室へと向かった。
……なんで電気消した!!
まぁ、俺も良く似たような事するけど、癖みたいなもんだな。
月明かりに照らされた暗がりの中、取り残される一人と、現在正座して冷却中の高度なスーパーコンピュータ。
「おーい、黒奈瀬ー、風呂上がったら咲月ちゃんご飯らしいから下降りるぞー……おーい……」
瞬きもせず何処か遠くを見つめる黒奈瀬、目の前で手を振ってみるが身動きなし、瞳孔ガン開き。
えぇ……死んでないよな? 大丈夫だろうか、ちゃんと良い冷却ファン搭載してるのかな……というか、いつも表情が変わらないから意識する事なかったけど、こいつ目デカ。
……もういいや、置いていこう。
「じゃあな、先行ってるからな、あばよっ、で、でも追いかけて来ても良いんだからね! あ、でも別に追いかけて来て欲しい訳じゃないんだからね!」
チラチラと振り返りツンツンしながら部屋から出て行く。
「國満くん……」
「え? 今呼んだ? 何よもう! 言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ! 別に聞いてあげない事も無いんだからね! 」
「……咲月ちゃんの事、頼んだのは私だけれど……あまり無理せずにね」
「……うん? 何言ってんだ、こう見えても俺は年下の子と遊ぶのは得意だぞ、だから無理する事なんて無いな」
「……そう……」
「ああそうだ、だからほら行くぞ」
「それと國満くん……ちょっと言いづらいのだけれど……」
「……なんだよ、怖いな……」
次は何を言い出すことやら、ハイスペックなロボ子ちゃんの演算処理から繰り出される答えを予想するのは中々に難しい。
「足が痺れて動けないわ」
「動かないのそういう理由だったの!?」
という事で、何処かの部品が足りていないのか、若干抜けているポンコツロボ子を引っ張ってリビングまで行く事となった⎯⎯⎯。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます