第13話 明かされる思い




 スクッテホシイヒトガイルノン……一時的に日本語が解読不可能になり、バグり散らかした脳内を整理整頓させつつ、引っ張り出した取り敢えずの言葉を吐き出す。


「……俺は困った人がいればあっちへこっちへ首をポンポン突っ込む献身的なヒーロー活動はしていないはずだけど……頼むのならもう少し、強めの個性をお持ちの方にしてくれ……俺も筋肉には自信があるけど背中の広さが足りない気がするから」


「……ううん……あなたは必ず首を突っ込むわ……」


「どこから湧いて来るんだその自信……」


「だって、私が引っ掴んで無理矢理突っ込むもの」


「この俺がそんな簡単に上手く行くと思うか?」


「こうやってこうやってっ、こうよっ」


 乱暴に、激しく、身振り手振りで表現してみせる。


「……ウーン、ナルホドネ……」


 呆気なく言い包めら……れた気すら感じない程に、強引に、こちらが抗うすべも無く、そう言えばまだ昼飯食べてなかったなぁと思いつつ減った腹をさすりながら、開いた片腕を手綱の代わりにするかのように握られ、半ば強制連行されながら2キロ程歩き、2、30分程かけてとある民家のとある家の前まで連れて来られていた。


 因みに繋がれた手にちゃんとドキドキしていた俺のチェリーな心臓。


「着いたわよ」


「みたいだな、所で今から会う人は誰なんでしょう?」


「私の妹よ」


「お前一人っ子だろ」


「候補よ」


 こうほ……候補かよ! 


「知らない家……だけど、近くに黒奈瀬の家あるよな……というか後ろにある」


 先程まで黒奈瀬の家に用事でもあるのかと微かにきた……思っていただけにちょっとだけ驚いた。


 卑猥な思いは決してナイ。


「そうね、ご近所さんね」


 道中、手を引かれるがまま、されるがままに、ドナドナと灰色に舗装された道に視線を落とし黒奈瀬について行っていると、「ねーねー、お母さん、なんであのお姉ちゃんは、あのお兄ちゃんをまるで言うことを聞かない走る事を覚えたばかりのじゃじゃ馬なお馬さんに言うことを聞かせるかの様に手を繋いでいるの? あれじゃお馬さんが可哀想だよー……」


「こら! よく見ておきなさい、あれが家庭内での立場を逆転されて尻に敷かれている男女の縮図よ……将来はまーくんも惨めにもあの様に憐れな敗北兵になるのよ……そしていつかは諦観にも似た気持ちになって……最期にはこう言葉を口にするの……フッ……こう言うのも悪くねぇかもな……てね……」


「……えー、ヤダよーあんな惨めな男になりなくない……」


 俺の現状を勝手に決めつけてきた親子の会話を脳内の片隅に追いやりながら、目の前の家の外観を確認。


 まぁ、何処にでもある二階建ての一軒家だな、周りの民家と比べてまだ新築のように綺麗で、サイズが大きい事から割と稼ぎの良い家族が住んでいるみたいだ。


 ……なんか現金な思考だな。表札には梓川と書いてある。


 表札に目を通した所で、黒奈瀬がその表札の近くにある呼び鈴を押す。


「走って逃げるのは無しよ」


「はははっ、この歳になってピンポンダッシュはしないから大丈夫だ……」


「……あら? した事あるじゃない、私の家の呼び鈴で」


「ん、そう言えばそうだったかな……いや、あれはギリギリ未遂だ……」


「何言ってるの、殺人未遂も立派な罪よ」


「ピンポンダッシュと殺人を同列にしないでください……!」


「そうかしら? だって考えてみなさい、國満くん、殺人を犯す人もピンポンダッシュをする人もみんな口を揃えていうじゃない」


「な、なんて言うんだ?」


「最初は、やってみたかった、ほんの興味本位でと宣い……そしてやり遂げた犯人は、最後にこう言葉を口にするのよ……」


 ……ドキドキ。


「気持ちが良かった」


「怖っ!! でも……なるほど、快楽殺人か……そう考えるとピンポンダッシュも殺人も同罪な気がして来たかも……」


「そうでしょう」


 んー、やっぱり暴論だ。


 身にならない実にくだらない会話を黒奈瀬と繰り広げていると玄関チャイムからザラっとした音声が耳に届く。


「はーい、どなたですか?」


「こんにちは美香さん、黒奈瀬です」


「あー! 墨音ちゃんねー! 今開けるから待っててねー」


 ……なるほど、知り合いなのか、会話の感じから何度も会ってる仲なのかな。


 ガチャっと木製のドアが開く音がすると30代半ば、いや20代前半と言っても差支えのないまだまだ若々しさを感じさせる元気の良い女性が姿を表す。でも妹候補の方ではなさそう。


「はいこんにちはー! 墨音ちゃん今日も来てくれてありがとね……あら、そちらの男の子は昨日言ってた……?」


「……ええ」


 ……なんかイメージと違うな……ん、イメージと違うってなんだ? 俺この人と会ったこと無いよな……まぁ、いいや、取り敢えず自己紹介を。


「お姉さん初めまして、現在高校二年生、國満新タです。……それにしても凄く元気があって良いですね、俺は元気の良い子はとても好みです。あっ、そ、それと、只今、絶賛彼女募集中です」


「……人妻よ……」


 ボソッと呟く黒奈瀬。


「はーい、この家の主婦をやっております梓川 美香です。それにしても、んもう、やだー! 最近の子にしては、言葉が上手いわねー!! 主人は今海外に居るから、口説くなら今がチャンスよ……ア、ナ、タ」


「ハハハハッ! そのノリとても良いですね……段々と興味が湧いてきましたよ……」


「……國満くん、美香さん……?」


 黒奈瀬を中心に周囲の温度が下がったように感じる……ん、なんだ、冬の到来か? 少しばかり早い気がするけど。


「……じ、冗談に決まってるじゃない墨音ちゃん! きっと主人の海外ノリが移ったのよー! ……ま、それに……その仲に割り込むのは私も悪い気がするしね〜……」


 美香さんは何か小っ恥ずかしいものを見るような目でそう言うと、黒奈瀬と俺の間に視線を送る。


「……黒奈瀬さんや、ガキじゃあるまいし、逃げないからもうその手綱を離してくれ……恥ずかしいから」


「……恥ずかしいって……あなたから繋いで来たのでしょう……? まるで私から握っているかの様な変な言いがかりは辞めてくれるかしら? 分かったわ、きっと正直な事を言うのが恥ずかしいのね、美香さん、思ったよりウブな男みたいだから美香さんの好みじゃ無さそうよ……?」


「大丈夫よ、墨音ちゃん、確かに私はプレイボーイの方が好きよ、でも、いざとなったら選り好みなんてしてられないでしょ? 地球滅亡の日にはどんな男でも喰らい尽す自信があります」


 何処からきた対抗心なのか、黒奈瀬は実際の事とは異なる事を適当に言いながら、雑食でグールな美香さんを牽制し、30分弱繋がれて互いの汗でじんわりとして来ていたその手をやっとのこと離す。


「……おー、なんかすげぇ開放感」


「ほら見て、美香さん、手を離した途端まるで急にリードを離されて不安そうにしている子犬の様な目をしているわ。可哀想に」


「あら、本当ね……」


「そんなつぶらな瞳はしていません! それに普通の元気の良い子犬ならそのまま走りだして帰って来ないからな、飼った事無いから良く分からんけど」


「飼う? 何を言っているの? 飼われているのはあなたよ?」


 ……こ、こいつはほんとに……!


「ガルルルッ!、ワオーン!!」


 取り敢えず威嚇をしておいた。


「ふふっ、楽しいわね……ワンちゃん」


 軽く受け流された。


「クゥーン……」


「……ま、取り敢えず入りなさい二人とも」


「そうですね」「そうね」


 主に一人に比重の掛かったカロリー消費量の高い、ボケとツッコミのオンパレードなコミュニケーションを一先ず終え、梓川さん宅に上がらせてもらう。


「お邪魔しまーす……」


「はい、お邪魔されまーす!」


「……あまり邪魔されても困るわよ國満くん、まぁ、取り敢えず上がったらお茶でも出すわね、あっ、靴はそこでいいわよ」


「えっ、あ、ああ」


 お前はそっちの立場では無いだろう黒奈瀬……


 そろそろ疲れて来たので内心で軽くツッコミを入れつつリビングへと通される。


「おおー、綺麗にされてますね」


「ふふ、ありがとねー、今お茶出すから2人はそこのテーブルに腰掛けてていいわよ〜」


「ぁあ、お構いなくー」


「美香さん、私も手伝うわ」


 言って黒奈瀬はカーディガンを椅子に掛け美香さんと共にキッチンへ行くと、カチャカチャとお茶の準備を始めた。


 その光景を横目に、俺は取り敢えず言われた通りに椅子に腰掛け、軽くひと息をつき、辺りを改めて見渡してみる。


 こういうスタイルのインテリアは北欧系って言うんだっけ……


  ――柔らかみのある白を基調とした広くシンプルな内装に、カーテンの開かれた明るく陽が差し込む大きな窓、そこからはウッドデッキと大きな花壇がある庭を覗かせる、そして焦げ茶のソファの上には所々にある植物と同じく鮮やかな緑のクッション、よく見ると数カ所に緑色のアイテムが添えられていて、落ち着ける雰囲気を醸し出している。


「……匠の技だ……」


 と感想を一つ。


「あっ、ルームランナーもある」


 ルームランナーは良いよな、雨の日でも、雷が鳴っていても、台風が来ようが、竜巻が襲おうが、暴漢が家に入って来ようが気にせずに体力作りに励むことができる。健康マニアには非常に喜ばしい物の一つだ。


「誰が使ってるんだろう……旦那さんかな、今は海外に行ってるらしいけど」


「ブツブツ独り言ぼやいてる所悪いけれど、お茶とお菓子持って来たわよ」


「ああ悪い黒奈瀬、趣味なんだよ独り言、あとお茶ありがとうございます」


 俺の高等な趣味を一つ告げて、コトっと置かれた紅茶とクッキーに視線を落とす。

 成程、グリーンティーでは無く、北欧インテリアの雰囲気通りブラックティーだったか、紅茶が北欧発祥かは知らないけど、両方好きなのでばっちぐーだ。


 これもう死語だっけ。


「あらー、ずいぶん寂しい趣味してるのね〜、新タくんは……」


「新タくん……?」


 黒奈瀬がギロリと美香さんをミル。


「く、國満くんは……」


「……? ええ、孤高な男なので」


「か……」


「下等な男とは言って無いぞ黒奈瀬」


「にかま食べたい」


 ……そうきたか……いや、どう来た?


「ほらほら、漫才でお腹いっぱいになる前にクッキー食べなさい、海外から届いたお高めのクッキーと紅茶なのよ」


 言って美香さんが前に腰掛け、黒奈瀬が隣に腰掛けるのを見届けて、出された紅茶とクッキーを頂きますと言ってから有難く頂戴する事とする。


 カリッと子気味よい音を出したクッキーを口に運んだ後、丁度いい温度に調整された香り高い紅茶を一口。


「ちなみに、紅茶の発祥は北欧では無く中国よ」


 横からさらっと俺の数分前の思考に補足を付けて来るとても恐ろしい子。

 頭の良い奴は相手の考えてる事を読み解く能力が高いとは聞くけど、黒奈瀬のはもう念動力、テレパシーの類いだ、たまに未来予知もして来る。

 いつか実験して見るのもアリだな、本当に俺の考えてる事が分かるかどうか。


「クッキーも美味しいですけど、この紅茶もすごく美味しいですね……み」


「あらそう? ありがと」


「かさん……」


 横合いから唐突のドヤ顔黒名瀬。


「ふふっ、ちなみに紅茶を滝れたのは墨音ちゃんよ」


「お前は凄いよ、黒奈瀬」


「惚れ直したかしら……?」


「ああ、紅茶美味いから滝れ直してくれ」


「おかわりは無いわよ」


「……そうか、残念無念また来世」


「貴方にこの先用意されているのは混沌とした厭世だけよ」


「そんなぁあ!!」


 ……主に漫才? を主軸とした雑談を挟みつつ、皆、ひと息ついた頃、黒奈瀬が遠慮気味に口を開く。


「美香さん、そろそろ……」


「……そうね、今日はその為に来たんだったわね……じゃあ、そろそろ本題に入らせて貰おうかしらね」


 真剣な顔付きになり姿勢を正す美香さん。もうなんか、このまま黒奈瀬と漫才を披露して終わりかと思ってたけど遂に来るのか……数時間前に発された、黒奈瀬の言葉の意味が、遂に、明かされる⎯⎯⎯


「トイレ……には行かないわよ、嘘よ、冗談じゃない、墨音ちゃんそんなに睨まないで、何かに目覚めそうだわ」


 改めて姿勢を正しこちらを向く美香さん。


「……すごく言い難いし、図々しい話なんだけどね……國満くん……墨音ちゃんが見込んだ人だと言うことで……あなたに、頼みがあるの……うちの娘……梓川咲月と会って欲しいの……そして出来る事ならあの子の助けになって上げて欲しい……」



「……どうか……お願いします……」



 ――と言って、美香さんは、まだまだ年端の行かない俺に、深々と頭を下げたのだった――。








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