第2話 手招くウサ、キツネ……?




 ふ、ふぅ、危なかった……今のツッコミは少し遅れかけたが大分キレの良いツッコミができたんじゃないかな?


 まさかあの言い間違えが最後のツッコミに至る為の伏線だとは思わなかった。


 汗汗、別にかいていない冷や汗を拭う。


「……よし、では今から始めるからの」


「始めるって何を……うおっ」


 ――声を聞き視線を前へと戻してみれば、今にもその愛くるしいウサギの鼻にキスをせんばかりの近さまでに迫っていた。


「よいか、じっとしておれ」


 えぇ……? 何を始める気だ、身も心もボロボロで生きる希望も無くなった俺が安らかに眠れるように介錯でもしてくれるというのだろうか。


 ――では、という事で、全てを悟った俺はそっと瞼を閉じると最期の言葉を述べる。


「――悪くない人生だった……とは言えないが、最期にこんなにも心地の良いピアノの音色を聴かせてくれたんだ、良い節目だ……此処が人生の終幕であり、締め括りであり、こんなクソったれな世界との決別だ――」


 前に頭を傾ける様にして、潔く首を差し出しウサギの死刑執行を待つ。


 ワン―――――――――――……


 トゥ――――――……


 スリィ――……


 ん? なんだ、なんかやけに長いな……今は処刑具を構えてる所とかだろうか、なんだかちょっとドキドキして来たから早く逝きたいのだが、はよう介錯おぉ……お慈悲おぉ……ん、介錯だとしたらまずは自分で腹わたを抉らないといけないのかな。


「すみません、介錯の仕方を忘れてました……すぐに近くのコンビニでなにか使えそうなモノを買って来るのでちょっとだけ待っててください……」


 そのなにか使えそうなものをアレやコレやと頭に浮かべながら後ろを向く、その時だった。


 ――つい、こぼしてしまったのか、ふふっ、とウサギが笑った様に聞こえた。


 何事かと思い、後ろに歩き出そうとしていた身体を再びウサギへと向けて見ると、今まさに、その不気味な頭に手を掛け外そうとしている最中だった。


 ―リン、と何処かで鈴の音が鳴った気がする。


 ウサギは言う――


「あんまりにも潔よいから少しびっくりしてしまったわい……」


「そこまで潔よいと聞いてるこっちは逆に清々しいのう……」



 先程より月の光が増したように感じる……



 世界がその眩い白に包まれていく……



 ――それに伴い、身体の感覚が、頭と四肢から徐々に削ぎ落とされていき、視覚と意識だけの存在となる。


 その真っ白に染まりゆく世界でウサギの頭で隠されていた素顔が徐々に明かされていく。


 老人かと思われたその中身に驚き、思わず既に無い口を使って息を呑んだ。


 その素顔はさながら、美をそのまま形にしたかの様な愛くるしくも凛とした顔立ちをしていた。


 腰よりも長めで、多めの髪がふわりとなびいた透き通る様な白髪に雪の様なまつ毛。


 惹き込まれるほどに真っ赤に染まった瞳。


 その瞳の赤と遜色なく紅くした頬。


 そのまま、頭部へと視点を変えてみると、ひときわ際立つのは、髪と同じく雪の様に真っ白に染まった元気よくピンッと尖っている狐耳、視界の端にチラリと動く、思わず目で追ってしまうのはふわりと揺らめく尻尾、下から上へと視点を戻し、改めて狐の耳を見てみると、ゆらっと動く愛くるしい右耳には銀色の鈴を付けていた。


 その端正な顔立ちと不釣り合いな赤いジャージを着た妖艶さを感じさせる少女に一言、感想を述べよう――




 ……うんもう、すんげぇ、めんこい……





 ――とまぁ、そんな感じで、俺とその不思議な狐? 狐っ娘との出逢い、未知なる世界への旅立ち、そしてこれからの奇怪で波乱でそれでいて愉快な様々な人達との出逢い、辛く嬉しく懐かしい人達との出逢い、そんな新たな一歩を今歩もう。


 たけど、その前に、そんな人生ものがたりを踏み出すキッカケとなった、死なない為の意志となった決して忘れてはならない記憶、現在は封印している記憶を思い出さなければならない。この記憶は辛く、苦しく、決して楽しい話でない、そしてこれは今の俺を構成する重要な要素の一部であり、壊れてしまった要因、中心核とも言える。



 ――そう、これから明かされるのは唐突な悪意によって、ささやかな、誰にも奪う事など赦されるはずのない大切な幸せという名の日常から、絶望という名の奈落へと突き落とされた、何もする事の出来なかった1人の少年と、悲運に巻き込まれた6人の少女達の悲劇の追憶。








 ――そんな過去の再確認。











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