僕たちは同じ悩みを抱えてる
「え……?」
どこか空虚さを感じる笑みを浮かべながらそう述べたライオが、この話が始まる原因となった握り潰されたナイフを指で摘まむ。
刃先に中指を、折れた根元の部分に親指を置いた彼は、そのまま二本の指に力を込めると、いとも容易く潰された鉄を更に圧縮してみせた。
「す、すっご……!! で、でも、それだけパワフルだと、日常生活には向かないね」
「うん、そうだね。今はなんとか調節ができるようになったけど、昔は大変だったな……この体質のせいで両親から捨てられてこのザルードの教会に預けられることになったし、正直、あんまり喜べないんだよね」
広げ、閉じるといった動きを繰り返す拳を見つめながら、ライオがぼそりと呟く。
苦笑のような、それよりも悲しみを湛えているような、そんな表情を浮かべた彼は、そのままぽつぽつとモモに自分の過去を語っていった。
「僕の育ての親は、当時の司祭さまだったんだ。もう旅立ってしまったけれど、その人は上手く力の制御ができないボクの訓練に根気強く付き合ってくれて、励ましてくれた。時代遅れで野蛮だっていわれてる
「いい人だったんだね、その司祭さんは」
「……恩人だよ。僕がこうして普通の生活を送れているのは、あの人のお陰さ」
感情を込めてそう語るライオは、今は亡き恩人の面影に思いを馳せる。
瞳を閉じ、在りし日々を思い返した彼は、その中で司祭から言われた心得を口にしていった。
「こんな体に生まれたことを呪う必要はない。いつかきっと、この力が役に立つ日が来る。その日を待ち続けなさい。神の下で己の心を磨くことで、その力を正しいことに使える人間になりなさい……そう、何度も言われたっけかな」
「もしかしたら今日がその日だったのかもしれないよ? 私のこと、助けてくれたじゃん!」
「そうなのかな? ……でも、そうじゃない気がする。僕は今、自分のしたことに胸を張れていない。自分が本当に正しいことをしたのか、自信がないんだ」
今日、自分は生まれた時から持つ力と学んだ技を使って、襲われている少女を助けた。
しかし、その方法は神が禁じている暴力であり、己の力を誇示することで問題を解決した自分のことを、ライオは正しい存在なのかわからないでいる。
「修道士として学べば学ぶほど、自分が神の教えとは真逆の存在なんじゃないかって思う。でも、何もかもを禁じて日々を過ごす修道士という生き方が自分の力を抑え込んで生きる僕にとってこれ以上ない在り方だって思えるのもまた事実で……なんだか皮肉だよね」
「……ライオも悩んでるんだね。自分の在り方ってやつを」
「うん……モモ、僕は君に謝らなくちゃならない。前にグラビアアイドルだなんて止めて、普通の仕事に就けと言ったことがあっただろう? あの時は君にやりこめられちゃったけどさ……あんなことを言うべきじゃあなかった。普通に縛られて生きる苦しさを知っているはずの僕が、それを他人に強いるべきじゃあなかったんだ。本当にごめん、モモ」
「そんなこと気にしてないよ! むしろ、私もあの時、ライオの方こそ普通になれ……みたいなことを言っちゃったしさ。知らなかったとはいえ、そういう悩みを抱えてたあなたを傷付けちゃったんじゃないかなって、そう思ったから」
お互いに相手の心に一歩踏み込んだからこそ抱いた、相手への罪悪感。
それを吐露し合い、謝罪し合った後、顔を上げたモモが言う。
「……私もわかるよ、ライオの気持ち。子供の頃から発育が良くって、小学生の頃にはもう周りの子たちと比べて一回りも二回りも胸とお尻が大きくなってさ……同級生たちにはからかわれるし、変な目で見てくる人もいるし、本当に自分の体が嫌だった。でも、そんな時に出会ったのが、水着で写る女の人のグラビアだったの」
ライオとベクトルは違うが、自分もまた己の体に嫌悪感を抱いていた時期があったと告白したモモが、そこから脱却したきっかけを語っていく。
彼女を変えたのは今、彼女がなろうとしている存在……グラビアアイドルだった。
「私みたいに胸やお尻が大きい女の人が、笑顔で人気雑誌の表紙を飾ってる。沢山の人たちがそれを見て元気になったり、夢中になったりしてた。それを見て思ったんだ。私の体は何も変じゃない、恥ずかしいものでもないんだって……私自身が愛して、受け止めてあげれば、きっと周りの人たちの目にも魅力的に映る。そのことに気づいてから、変わろうと思った。二つの意味で、胸を張れる人間になろう、って……!」
大きな胸を隠すように猫背になる必要はない。
自分の体を恥だと思って卑屈になる必要もない。
これが自分だと、魅力的だろうと、堂々と周りの人間にアピールしてやればいい。
自分にだってそういう生き方をすることは許されているはずだと……そう意識を切り替えたモモは、そこから変わった。
「んで、一生懸命努力して、芸能事務所に入って……見事、夢だったグラビアアイドルになることができたのでした! めでたし、めでたし!!」
「……すごいな、モモは。自分で苦しみを乗り越えて、夢を掴んだんだ。本当に尊敬するよ」
「そんな大したことはしてないよ。私がしたことは、自分のことを好きになるってことだけ。ライオは今、自分のことが好き?」
「自分のことを……? 僕、は――」
多分、そういうことなのだろう。明るく前を向いて生きるモモに対して、ライオが悩みながら生き続けている理由はそこにある。
自分のことが好きか否か……その一点のみが、似たような悩みを抱えている二人の未来を変えた最大の違いなのだ。
「写真撮影の時にも言ったでしょ? カメラマンが被写体のことを好きになって、いいと思える瞬間を見つけ出せなきゃ素敵な写真は撮れないって……人生も同じだよ。ライオが自分自身のことを好きになりさえすれば、きっと素敵な瞬間が訪れる。だからまず、自分を愛してあげて。大丈夫、ライオはとっても魅力的な人だって、私が太鼓判を押してあげるからさ!」
「自分のことを好きになる、か……」
すぐにモモのように気持ちを切り替えることはできそうにない。
だが、彼女の前では素の自分でいられるような気がしている。
修道士ではなく、ただの男として振る舞う自分の姿をモモから賞賛してもらえたライオは、心の中にじんわりと広がる温もりを覚えていた。
「……ありがとう、モモ。君のお陰で心が軽くなったよ」
「どういたしまして! 少しは助けてもらったお礼ができたみたいでよかった!」
心からの感謝を述べたライオへと、明るい笑みを浮かべたままモモが応える。
そのまま、本日の売り上げが入った袋を差し出した彼女は、陽気な口調でこう続けた。
「さあ、暗い話はここまでにして、美味しい物でも食べよっか! 今日は私のデビュー記念ってことで、豪華なご飯を期待してます!!」
「まったく、そのお金は君が自立するための資金でしょう? 贅沢に使うためのものじゃあないって」
そう言いながらも、ライオは今日の夕食は普段よりも豪勢なものを作ろうと心に決めていた。
質素倹約がモットーの修道士ではあるが、祝い事は祝うべきであると……人間としての当然の考えに従って保管庫から食材を取り出しながら今晩の献立を考える彼の表情は、禁を破っているというのに実に晴れやかだ。
近くなったことで見えるものがあるし、理解できる心境もある。
少しずつ、モモとの距離が縮まっていることを喜ぶようになったライオは、心を弾ませながら彼女のデビューを祝うための料理を作り始めるのであった。
※教訓・偏見さえ取り除けば、人は誰しもわかり合うことができる
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