モモちゃん、グラビア写真発売決定!

「う、売りに行く……! 街に、あの写真を……!?」


 心の何処かで予想できていたことだが、こうして頼まれるとやはり動揺してしまう。

 モモ自身が、露出の多い水着姿の写真を客たちへと売ろうとしている場面を想像したライオが難しい表情を浮かべる中、彼女はこう続ける。


「お願い! あのカメラ、現像はタダでできるの! 出せるだけ写真を出して、それを売りさえすれば、丸々儲けになる! そうすれば自立に一歩近付くし、ライオに食事や服の代金だって払えるし……」


「そ、そこは気にしなくていいよ。でも、う~ん……あの写真を売る、ねえ……?」


 ライオがモモのお願いに難色を示している理由は、彼女のグラビアが卑猥だからというわけではない。

 実際にカメラマンとして撮影に臨んでから、彼も少しずつではあるがモモの考えやグラビアアイドルの仕事の真剣さというものを理解できるようになっている。

 確かにモモの写真は世の男性の性欲を刺激するものではあるが……単純にそれが=して悪であるとは思わなくなっていた。


 問題は、その意識をザルードの住民たちが理解してくれるかどうか?

 特に、ライオが所属している教会の人々がモモの考えを受け入れてくれるか、という部分だ。


 前者に関しては特に問題はない。興味がある者だけが金を支払って写真を購入すればいいだけの話で、そうでない者たちは無視すればいいのだから。

 気になるのは後者の部分、ライオと同じ修道士や修道女たちがどう思うかである。


 初めてモモと会話をした時の自分のように、彼女の考えをまるで理解できずに拒絶する可能性の方がずっと高い。

 モモのことを人々を惑わし、男の精気を吸い取るサキュバスだと考える者も絶対に出るだろうし、彼女の存在ややっていることが教会の人間にバレたら大騒動になることは目に見えていた。


(それに、モモが教会に目を付けられたら僕だって危ない。修道士の身分でありながら女性と同居して、しかも淫猥な物の製造に関わっているだなんて知られたら、ただじゃ済まないよな……)


 他にも許可もなく店を出していいのかとか、場所はどうするのだとか、そういう不安点も山ほどある。

 ただ、目下最大の問題は教会の存在であると、教会がすぐ近くにあるこのザルードでグラビア写真を販売することへのリスクを懸念して、モモの言葉に首を縦に振れずにいたライオであったが――


「本当に……お願いします! これは私がこの世界で生きていけるかどうかを試すための大事な一歩なの! 私っていう人間がこの世界の人たちに認められるかどうか、それを確かめないと何も始まらない! この世界でグラビアアイドルやっていきたいって思っている以上、私も本気だから……お願い、ライオ!」


「………」


 ――そう、深々と頭を下げて自分に懇願するモモの必死な姿を見た瞬間、彼の心は決まった。


 確かに彼女の言う通り、このまま自分の家に半ば監禁するような形で同居し続けていても、モモのためになどならない。

 グラビアアイドルを続けるにしろ、他の仕事に就くにしろ、まずは一歩目を踏み出さなければ何も始まらないのだ。


「……わかった。でも、注意してね? 君は目立つし、やろうとしていることも目立つ。もしも教会の人間にバレたら――」


「その時はその時だよ。とりあえず、動いてみなくちゃどうにもならないからさ」


 ライオの言葉を遮って、自分の考えを述べるモモ。

 そうした後、彼女は再び頭を下げて彼へと感謝を告げる。


「……ありがとう、ライオ。迷惑かけっぱなしで、世話になりっぱなしで、また負担をかけちゃうけど……私、頑張るから。ここで一旗揚げて、立派なグラビアアイドルとしてのデビューを飾ってみせるよ!」


「……僕は修道士、禁欲を神に誓った身だ。そんな立場にある人間として、こういうことを言うのは間違っているんだと思うけど……応援してるよ。頑張ってね、モモ」


「うんっ! ありがと、ライオ!」


 ライオからの激励の言葉を受けたモモが、満面の笑みを浮かべながら彼の手を取る。

 自分よりも一回り小さい女性の柔らかい手の感触に顔を赤くしたライオであったが、少しは耐性ができているせいかそれで慌てることはなかった。


「あ、そうだ! ねえ、何か書くもの貸してもらっていい?」


「え……? いいけど、何に使うの?」


「写真の裏にサイン書こうと思ってさ! 折角自分の手で売りに行くんだからさ、そういう付加価値をつけるのも大事だと思うんだよね!」


 ライオの手から羽ペンを受け取ったモモが、手近な場所にあった紙に何種類かの自作サイン案を書き込み、うんうんと唸りながら吟味し始める。

 ややあって、MoMoというローマ字にハートを逆にした桃のような絵を組み合わせたようなサインに丸を付けた彼女は、大きく頷くとそれをライオへと見せつけながら口を開いた。


「どう? かわいいでしょ!?」


「ああ、うん。よくわからないけど、いいんじゃないかな」


「えへへ! ライオのお墨付きももらえたし、私のサインはこれでけって~い!! あっ、ライオ! 昨日渡した写真、持ってきてよ! 一番最初にサインしてあげるからさ!」


「いや、いいよ。別にそんな……」


「いいから! ……私が人気になった時、プレミアが付くかもよ? それに、最初のサイン付き生写真をゲットできるだなんて、ファン冥利に尽きるでしょ?」


 彼女の文字がきちんと読めるわけでもないし、別に彼女のファンというわけでもないのだが、それでも楽しそうに笑ってそう言うモモの申し出を拒むことなんてできそうにないなと苦笑したライオは、家の中に隠してあった彼女の写真を取り出すと、それをモモに渡す。

 ニコニコと笑みを浮かべながら、上機嫌でそこに今しがた決めたばかりのサインを書き込んだモモは、それをライオに返すと弾んだ声で言った。


「はい、ライオ!」


「どうもありがとう、モモ」


 別に望んでいたわけでもない、ただ彼女の名前が書き加えられただけの写真を手に取り、それをまじまじと見つめるライオ。

 楽しそうに笑い、両手でピースする水着姿の彼女は、普通の人たちから見れば十分に魅力的に思えるものだろう。


 彼自身も、色欲以外の意味でモモに対して魅力を感じていることを自覚しながら……ただじっと、写真の中の彼女を見つめ続ける。

 こんなふうにあどけなく笑い、愛らしさや美しさを引き出したモモの姿を撮影したのは自分なのだと……そう思うと少しだけ、彼は自分のことを誇りに思えた。


 そうした後、すぐにはっとしたライオはその不埒な考えを頭の中から吹き飛ばし、気を確かにしろと自分自身に言い聞かせる。

 その間にカメラのデータを写真へと現像していたモモは、ちょっとした紙束になっているそれらに自らの手でサインを書き込んでいった。


「け、結構量があるけど、どれだけ出したわけ?」


「ん~? 正確な数はわかんないけど、百枚くらいはあるんじゃない?」


「百枚!? それ全部にサインしていくの!?」


「当然でしょ? このくらい普通だって!!」


 丁寧に、綺麗に、写真の一枚一枚に自らのサインを書いていくモモ。

 ただという行為をしているだけに見えて、結構大変なことをしている彼女を見守るライオは、これもまたグラビアアイドルに懸ける彼女の想いの表れなのかと、モモの熱意に感嘆の気持ちを抱いていた。


「……売れるといいね、その写真。応援してるよ、モモ」


「うん? ……そうだね! よ~し! ライオに恩返しするためにも、頑張っちゃうぞ~っ!!」


 報われてほしいと、心の底から思った。

 経緯はわからないが、異世界で命を落としてからこの世界にやって来て、自分のやりたいことをやるために努力する彼女の姿が、ライオの目には眩しく見えている。


 この苦労がどうか報われますようにと、少しだけ修道士としては相応しくない願いであると理解しながらも……ライオは、モモの写真が多くの人々に認められることを神へと祈りつつ、彼女を見守り続けるのであった。

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