なんか、カメラマンに任命されました
「カメラマン? 写真をバンバン撮る? ぼ、僕が?」
「うん! ああ、安心して! 流石に裸の写真をこれ以上撮らせるつもりはないからさ!」
唐突な指名に驚き、自分を指差しながら震える声でモモへと再確認するライオ。
笑顔のまま、カメラマン任命は間違いではないと告げたモモへと、彼は首をぶんぶんと左右に振りながらその役目を辞退しようとする。
「ま、待ってよ! 僕にできるわけないだろう!? 僕は今、このカメラの使い方を知ったばかりの人間だよ!?」
「それはこの世界の全員がそうでしょ? っていうか、そもそも私にこの家から出るなって言ったのはライオじゃん。顔を合わせられる人間があなた以外にいないんだから、仕方ないでしょ?」
「う、ううっ……!?」
どうにか理由をつけてモモの指名を回避しようとするライオであったが、彼女の意見を否定する材料を見つけられないでいる。
確かにこの世界の人間は全員が全員写真撮影の技術を持ち合わせていないし、なんだったら最初に経験した彼が一番の経験者といっても過言ではない。
それに、彼女に家から出るなと言ったのもライオ自身なわけで……モモが家に居続けるしかない以上、唯一彼女と触れ合えるライオが撮影を担当せざるを得ないというのは納得の理由であった。
「そ、そもそもグラビアアイドルなんてやめて、他の仕事をするって手もあるじゃない。どこかのお店の従業員だとか、異世界の出来事を本にして出版するとか……そういう普通の仕事をすればいいんじゃないかな?」
「……逆に聞くけどさ、どうしてライオは修道士なんて妙なことやってるの? 結婚もできない、質素な暮らしをしなきゃいけない、そんな縛りプレイみたいな人生を送ってる理由って、何? ライオの方こそ、私に紹介するような普通の仕事に就けばいいんじゃない?」
「そ、それは……」
モモの意見に反論しようとしたライオであったが、口をもごもごと動かすことしかできず、何も言い返すことができなかった。
そんな彼の態度に鼻を鳴らしたモモは、落ち着いた声で言い聞かせるようにして言う。
「ライオには本当に感謝してる。いくら感謝してもし足りないくらいにね。でも、私の人生は私のものだから。私はしたいことをするし、やりたくないことはやらない。私はこの世界でもグラビアアイドルがやりたい、その意見だけは曲げないよ」
「………」
モモの言葉を受け、完全に沈黙するライオ。
申し訳なさそうな表情を浮かべたモモは、彼へと頭を下げながら口を開く。
「……生活の面倒を見てもらってる分際で偉そうなことを言っちゃってごめん。ライオがどうしても私の生き方を認められないっていうんだったら、すぐに出ていくよ」
「そんな、まともな服すら持ってないっていうのに、出ていってどうするっていうんだよ? 仕事どころか、無事に生活すらできなくなるじゃないか」
要するに、これは脅しだ。モモは自分を人質にして、ライオに要求を飲むように訴えている。
目の前に突如として裸の女性が現れたとしても手を出さないどころか、素性が不明なその女性の面倒を見るくらいにお人好しな彼ならば、絶対に自分のことを見捨てないという計算があっての交渉なのだろう。
罪悪感を滲ませているモモの表情を見れば、自分が如何に卑怯なことをしているかの自覚があるということがわかる。
その上で、どうしてもこの異世界でグラビアアイドルになるという我を通そうとする彼女の本気度を感じ取ったライオは、大きく息を吐くと根負けし、彼女の要求を受け入れた。
「……わかったよ。僕の負けだ。ただし、僕が写真を撮影するのは、君が自立するまでの間だけだからね?」
「それで十分だよ。ありがとう、ライオ。それじゃあ……期間限定のカメラマン兼付き人ってことで、これからよろしく!!」
再び笑顔を浮かべ、明るい口調でそう言いながら右手を差し出すモモ。
その手を取り、握手を交わしたライオは、そこで彼女がずっと全裸であることを思い出して大慌てで顔を背けた。
「そ、それで、服はどうするの? 言っておくけど、裸の写真を売るっていうのは無しだからね!?」
「わかってるよ。その辺のことも解決済みだから! いっくよ~っ! へ~んし~んっ!!」
大声で叫んだモモが、腕を回して妙なポーズを取る。
それを合図として何かの魔法が発動したようで、突如として眩い光に包まれた彼女は、次の瞬間には大事な部分を隠す下着のような衣類を纏った状態でライオの前に立っていた。
「じゃじゃ~んっ! 神さまがくれたスキルで作った水着だよ~ん! どう? 似合ってる?」
「んんっ……!?」
裸ではないが、裸とそう変わらない服装になったモモがその格好を見せびらかすようにその場で一回転する。
大きな胸の谷間と、丸く形のいい尻を目撃したライオが小さく息を飲んで体を強張らせる中、モモは無邪気に自分の服装について説明をし始めた。
「これね、ビキニっていう水着なんだ。こっちの世界にも似たような物があるんじゃない?」
「ま、まあ、あるにはあるけど……そんなに華美なものじゃあない、かな……?」
明るいオレンジ色の、シンプルな無地の三角ビキニ。
こちらの世界でも似たような水着はあるが、ライオが知る限り、ここまで派手ではなかったと思う。
……まあ、おそらくそう思ってしまう理由は水着のデザインではなく、それを纏っている人間の方にあるのだろう。
整った形と大きさを両立したモモのバストの魅力を引き出してくれる水着姿が誇る破壊力は相当なもので、露出している胸の谷間が持つ魔力に修道士であるはずのライオも心を惹き付けられてしまっている。
色欲に心を乱されるなんて言語道断だと、そう自分自身に言い聞かせるライオであったが……そんな彼の心境を知ってか知らずか、モモは自分が持つもう一つの武器をライオへと見せつけてきた。
「んでさ~、こっちも結構自信あるんだよね! ライオ的にはどう思う?」
「ぶはっ!?」
くるんっ、と反転したモモがライオへと尻を突き出す。
胸にも負けない迫力を誇るそれが左右へとリズミカルに振られる様を目にしたライオが噴き出す中、彼女はどこか楽しそうに彼のことをからかい始めた。
「むっふっふ~……! いいでしょ~? 私のお尻~っ!! フレッシュ桃ちゃんの
胸よりは肌の露出面積は少ないが、ぴっちりと張り付いているお陰でその形がはっきりと見て取れてしまう尻。
形も大きさも素晴らしいそこにもまた胸に負けず劣らずの魅力が詰まっており、名前の通りの桃尻をアピールされたライオに未知の感覚を味わわせている。
「本当に……っ! あんまり、そういうことをするもんじゃあないと思うんだけど!?」
「何言ってるの。これからいっぱい写真を撮るんだし、ライオには私の魅力を知ってもらわないと困るじゃん。ほら、よく見て。それで、どう思ったのか、私に教えて?」
「うぐぅ……っ!!」
全裸に近い女性の姿を見ることへの拒否感と修道士としての誓いに背くことへの罪悪感に呻くライオであったが、モモの言うことにも一理ある。
曲がりなりにも彼女に協力すると約束した身だ。その契りを反故にすることもまた、彼女を自分の下へと送り込んだ神への背信になってしまう。
あくまで、修道士としての誓いは色欲を禁じるというもの。自分がモモに手を出さない限りは、それを破ったことにはならない……はずだ。
そう自分に言い聞かせたライオは顔を上げると、意を決し、水着姿のモモを直視し始める。
「……っ!!」
こうして覚悟を決めて改めて見てみると……思っていたよりも卑猥さは感じられなかった。
自分に向けられている尻も過度に突き出されているわけではなく、体勢を工夫することで上手く強調されているに過ぎないということがわかる。
セクシーさだとか、男性の興奮を誘う要素が一切ないとは口が裂けても言えないが、モモが放つ雰囲気は決して卑猥さだけが込められたものではないということをライオは感じ取ることができた。
「えへへ……! どう? 私、綺麗?」
「う、うん。その、上手く言葉にできないけど……そう、思うよ」
生まれてこの方、女性の容姿を褒めたことがないライオがぎこちないながらもモモの言葉に同意する。
くすくすと彼の反応を笑った後、モモは意地悪く一歩踏み込んだ質問を投げかけてやった。
「で? ライオ的にはおっぱいとお尻、どっちが好みなの?」
「うえっ!? ど、どっちって言われても……!?」
ニヤニヤと笑いながら、非常にセンシティブな話題を振ってきたモモの言葉にわかりやすく慌てるライオ。
ぷりんっ、とお尻を振り、たゆんっ、と胸を揺らして……そうやって、彼をからかうモモは、ずいっと距離を詰めながらライオに回答を迫る。
「ほらほら~! 教えてよ~! ライオは私のおっぱいとお尻、どっちが好きなの~!?」
「う、ぐぅ……っ!?」
仕事に必要なことだと理由をつけて、ライオへと逆セクハラを仕掛けるモモ。
ノリノリな彼女の態度に完全に押されてしまったライオであったが、困り果てる彼へと神の救いがもたらされた。
――ぐきゅ~~~っ……!
「ん……? 今の音って……?」
突如として響いた綺麗な腹の虫が鳴る音にぽかんとするライオ。
視線をモモへと向ければ、彼女は顔を真っ赤にしてお腹を押さえながら恥ずかしそうにはにかんでみせた。
「あ、あははははは……! そういえば私、朝から何も食べてないんだった。最後の最後で逆転されちゃったな~!」
言われて初めてライオも気が付いたのだが、モモは今日、一度も食事をしていなかった。
朝の出会いから自分が帰ってくるまでずっと家で一人待ち続けていたのだから、さぞやお腹が空いているであろうと考えた彼は、大慌てで食事の用意をし始める。
「ごめん! 気が付かなかった! すぐに夕食の支度をするよ! 多めに買い物してきたから、ちょっとだけ待ってて!」
「あはははは! お構いなく! じゃあ私は折角の水着が汚れないよう、脱いでおきますかね!」
「わわわっ!? ちょっと待って! だからって裸になるのは止めてーっ!!」
ドタバタ劇を繰り広げながら、少しずつお互いのことを理解していく二人。
てんやわんやの末にカメラマンという大役を担うことになったライオは、また不安の種が増えたと思いつつも、言いようのない期待を抱いている自分がいることに気が付き、僅かに困惑するのであった。
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